2018年11月29日 第48号
11月23日、ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー市内のビジュアルスペースで、舞踏家の平野弥生さんがダンテの『神曲』をテーマにした作品『LIFE AS “COMEDY”』の第1回試作発表会を開いた。
約1時間、ほとんどせりふのないパントマイムを全身全霊で表現。迫力のパフォーマンスに観客約30人が、釘づけにされた夜だった。
(左から)マリーナ・ハッセルバーグさんと平野弥生さん。公演前に即興で
地獄の世界を歩く
照明を落とした暗い場内。コーヒーテーブルほどの、小さな台の上に縮こまったカラダ。底深い音とともに、丸めた背中がゆっくりと動き出す。スポットライトが当たると、白い壁に映し出される黒いシルエットが美しい。
華奢なカラダが暗闇をさまよい歩く。崖のようなところをよじ登ったり、急な坂を駆け下りたり。その表情は、警戒したり驚いたり、恐れおののいたり。
目の前で繰り広げられる全身全霊、無言のパントマイムが恐怖と緊迫感を引き起こす。
人はどのように生きて、何を成し遂げ、何を悔やむのだろう。平野さんはこれらの問いかけについて、芸術を通して追求する。
原点に戻りマイムを
文化庁の在外研修員としてドイツでパントマイムを学んだ平野さんだが、2002年にバンクーバーに拠点を移してからは、日本をテーマに作品を作り続けてきた。ところが今回取り組んだのは、パントマイム中心の作品。
「パントマイムはボディートークですので、言葉を理解して楽しむというようなことは必要ないのです」
「今の世の中、世界中であまりにも変なことが起きていて、人間の原点に戻ったほうがいいのではないかと思ってしまうことが多々ありますよね。子供のころ、悪いことをしたり嘘をついたりしたら地獄にいくよ〜、と親に脅されたものです。また、最近知り合いが亡くなったこともあり、本当にやりたいことをまだ体が動くときにやらなきゃと、このテーマを思い出し選びました」
チェロと一体となって
平野さんは1995年に東京の草月ホールで、この作品を上演している。そのときはダンサーとフルート奏者との舞台だったが、今回の出演はチェロ奏者のマリーナ・ハッセルバーグさんのみ。BGMとして旋律が流れるのではなく、ところどころでチェロが動物の唸り声や風の音を奏でる。平野さんとは初顔合わせから数回めというが、ほとんとアドリブで、平野さんの動きと一体となって効果音を添えていった。
観客と一緒に作っていく
イタリアの詩人、ダンテの『神曲』は3部からなる長編抒情詩である。
「1回めはプレリュードから地獄、2回めはプレリュードから煉獄、そして3回めがプレリュードから天国になります。その間、お客さまのご意見などもお聞きしながら、じっくりと練り上げていきたいと思っています」
今編には、1本の綱(糸)につかまり必死に上っていくシーンがあった。両足で何かを強く蹴落としながら。「原作にはないのですが、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』からヒントを得ました」
3回に分けて作品を仕上げ、4回めに映像を加えて最後の試演会をし、来年11月に本公演を予定しているとのこと。早くも2回めが楽しみである。
(取材 ルイーズ阿久沢 /撮影 Yukiko Onley)
平野弥生さん。『LIFE AS “COMEDY”』より「誕生」のシーン
(左から)平野弥生さんと マリーナ・ハッセルバーグさん
『LIFE AS “COMEDY”』より。「地獄」の1シーン