2018年3月29日 第13号

日系カナダ人の強制収容から今年で76年が経ち、その歴史も人々の記憶の中で風化しつつある。そんな折、山岸邦夫さんが『The Return of a Shadow』と題する英文の小説を上梓した。日系カナダ人強制収容所と、強制収容が一日本人移民に与えた影響を今日的視点から掘り下げた作品だ。日系人が経験した人種差別に基づいた基本的人権の侵害行為を二度と繰り返してはならないし、またいかなる民族に対しても同様の政策がとられてはならない。幅広い読者にそれを理解してもらうためにこの小説は英語で書かれた。山岸さんは、米国における人種差別主義が再浮上しつつあり、難民受け入れをめぐってEU諸国民の間に人種偏見にみちた極右思想が勢いを増す中、この小説の発表は時機を得たものだったと語る。

 

山岸邦夫さん

 

平和なイメージを持ち、壮麗な自然を誇るカナダにも歴史上の汚点があった。日本帝国海軍による真珠湾攻撃後、日系カナダ人が日本に味方するスパイ活動、軍事的妨害に出るのを恐れたカナダ連邦政府は日系人を強制収容する。2万人余りが従順に政府の移動命令に従い、自由を奪われ、辛苦の末に築いた財産を二束三文で処分され、あまつさえ、その代金は収容所内での生活に充てさせられた。同じ敵国人であったドイツ系・イタリア系カナダ人にも強制収容はあったが、日系人に課されたような「総移動」はなかった。主な収容所が6カ所、山間の廃坑町、またはロッキー山脈に近い僻地に建設された。最初の冬は大雪で、急ごしらえの掘立小屋での生活は悲惨を極めた。この小説は第二次世界大戦中カナダにあった日系人強制収容所と、強制収容所を生き抜いた一日本人の今日の姿に新たな光を当てている。

 

プロローグ

 著者が物語の主人公、長田栄造を知るにいたった経緯と、栄造が埋葬されたバンクーバー島カンバーランドの日系人墓地に彼の墓を詣でた模様が語られる。

第一部

 主人公のトロントでの恐ろしい孤独な生活が描かれる。タイトルにある「影」とは誰のこと?なぜ影なのか?第二次世界大戦前に大日本帝国のパスポートで渡加した栄造は、43年ぶりの帰国にあたり新旅券に切り替えるため、トロントの日本国総領事館を訪れる。そこでカナダ国籍を取得した事実を打ち明ける。日本の国籍法により新旅券は発行されず、日本国籍喪失届を出す羽目になる。カナダ国籍を取得したのは、太平洋戦争開戦に伴い「敵性外国人」として強制収容所に収容された苦い経験を繰り返さないための窮余の一策だった。戦前、戦中の人種差別に苦しんだ日系人は強制収容所の体験を語らず、曖昧な微笑の陰に自己を隠してカナダ社会の中で影のように生き、栄造にあっては孤独な生活の中に自己の影を求め、また家族にとっても影に等しいという三層の「影」が集約した存在だ。経済的理由でカナダに渡った栄造は、強制収容所とその後の一時期を除き、几帳面に家族に送金を続けてきた。23年前、帰国すべく妻に手紙を書くが、妻は敗戦でがれきと化した日本に職はなく、カナダにとどまり送金を続けるようにとの返事をよこした後、音信を断つ。そうした状況下、彼は家族との再会が失敗に終わった時の用心に、トロントの老人ホームへの申し込みも怠らない。不安に苛まれながら栄造は機上の人となる。

第二部

 日本に帰国し、家族と再会した栄造が描かれる。彼を羽田空港に迎えたのは、次男だけ。息子の家で帰国第一夜を過ごした栄造は初めて会う孫の神々しさにわが目を見張り、これが自分の孫かと感動する。また次男のよそよそしさを長い離別のためと善意に解釈する。しかし、日本で栄造を待っていたのは何だったのか?彼の不在の間に家族に何が起きたのか?栄造を迎えた母国は彼が想像していた通りの日本だったのか?

第三部

 栄造は家族の拒否にあい、彼らの理解を求めて、50歳に近い息子たちにカナダにおける強制収容所での経験をこと細かに語る。戦前の人種差別にみちたカナダ社会について、カナダで初めて職に就いたカンバーランド付近のロギング・キャンプ、そこでの危険きわまる仕事と日系人ボスの搾取、戦前の日系人の生き方、大日本帝国海軍による真珠湾奇襲と在りし日のリトル・トウキョウの動揺、開戦と同時にカナダ政府が矢継ぎばやに打ち出した対日系人政策、高速道路建設のための労働キャンプへの収容、日系人が日本軍にくみして西海岸でサボタージュまたはスパイ活動に出ることを恐れたカナダ政府の人種的偏見に立った日系人総移動令の策定、ドイツおよびイタリア系カナダ人には総移動は課されなかった事実、強制収容所内の様子、カナダ政府が日系人所有の不動産を同意なしに売却し収容所生活にその代金を充てたことに対する怒り、連合国軍の勝利を視野に入れてカナダ政府が実施した日系人に対する日本帰還またはカナダ残留を問う「忠誠調査」、逆に日本の勝利と帝国軍による収容所からの解放を疑わなかった一世の終戦当日の驚愕と悲歎、日系人拡散政策によるカナダ東部への再移動、日系人の日本送還、カナダ残留を選択した日系人がアイデンティティを隠しながら白人社会の中でひっそりと生きた様子などを、さらになぜもっと早くに帰国できなかったかを語る。家族はそうした彼を受け入れたのか?受け入れなかったとしたら、なぜか。

 栄造は傷心のうちに再びカナダに戻り、81歳の生涯を閉じる。栄造の友人とその息子が遺灰をカンバーランドの日系人墓地に納め、碑を建立して帰途についた時、カナダ連邦政府が戦時下の日系人強制収容を非と認めて公式謝罪をしたというニュースが車のラジオから流れる。

エピローグ

 カナダ連邦政府が行った日系人に対する公式謝罪と補償、人種差別をなくすための基金設立の内容が紹介される。

 

 著者の山岸さんは、史実を追いかけ、数人の強制収容所生存者とのインタビューを経て、この作品を脱稿した。第一部:カナダ、第二部:日本、第三部:強制収容所。25章の構成、380ページ。強制収容所の余波と人間の業を追及した長編。出版社:Austin Macauley Publishers Ltd.(英国)

 山岸さんは、主人公は虚構上の人物で、多くの日系人一世のイメージを凝縮した人物像だが、本書中で栄造が語るカナダ連邦政府の対日系人政策および強制収容所の生活内容はすべて史実に基づくと語る。

 

著者・山岸邦夫さんへのインタビュー

Q: この小説を書いたきっかけは?

A: 1972年にカナダに来ました。それ以前の日本では日系アメリカ人の強制収容はよく知られた事実でしたが、カナダにおける日系人強制収容は伝えられていませんでした。少なくとも、私は知りませんでした。トロントに着いて知ったわけですが、その時はショックを受け、その後長い間心の中でわだかまりとなって残っていました。これは是非もっと伝えなければならないと思い、2度日本の雑誌に記事を掲載しました。その後子育てに追われたり、また家族で日本に、そして米国に転勤したりで機会がありませんでしたが、この度やっと小説として出版にこぎつけました。

Q: そのわだかまりをどう解消しましたか?

A: 一つには連邦政府が戦時中の日系人強制収容を非と認めて公式に謝罪したことです。二つ目はどの国も過去に傷を持たない国はないという考え方です。日本にも過去の侵略戦争、アイヌ問題などがあります。米国ではいま人種差別主義が再び勢いを得てきており、EU諸国では難民受け入れをめぐって人種差別を標榜する極右勢力が台頭しています。そうした状況下、カナダにも先住民に対する犯罪・居住環境の改善など解決すべき問題が山積していますが、連邦政府の国際・国内両分野における平和主義的なアプローチは高く評価していいと思います。三つ目は、他の国と違って、多くのカナダ人が人種差別に対してアレルギーを持っているように見えることです。最後に、この小説を書いたことによって私の責務を果たしたことです。いかなる民族に対しても日系人の強制収容のごとき事態が起こってはならないと思います。

Q: 主人公、長田栄造のイメージはどのようにしてできたのですか?

A: トロントの日本総領事館に勤めていた時、一人の老齢の日本人が大日本帝国発行の古いパスポートを新旅券に書き換えるために来館しました。日本に帰国するためで、黒表紙の擦り切れたパスポートを持参していました。その人は黒い帽子と黒いオーバーコートを着ており、どこか人生に疲れたようなところがありました。この人を見た時、これだ、と思い、物語の大筋と主人公のイメージができ上がりました。

Q: 専攻は経済学のようですが?

A: そうです。大学では経済学を専攻しましたが、文学が好きで、文学への思いは募るばかりでした。

Q: どの作家、どの作品が好きですか?

A: 古典が大好きで、ゲーテからマルキ・ド・サドまで読みました。古典が好きな理由は長年の風雪に耐えてきた作品ばかりで、芸術性も高く、人間の本性を突いているからです。欲張りですが、シェイクスピア、ドストエフスキー、トルストイ、セルバンテス、カフカ、ジャン・ジュネ、D.H.ロレンスが好きで、日本の作家では、安部公房、大江健三郎、遠藤周作です。カフカとジャン・ジュネの作品は今でも文学の未来を指し示しているような気がします。彼らの作品の中でも、4大悲劇、「罪と罰」、「戦争と平和」、「アンナ・カレーニナ」、「ドン・キホーテ」、「変身」、「泥棒日記」、「チャタレイ夫人の恋人」、などはいうまでもなく傑出した作品です。

Q: 出版後の反応はいかがですか?

A: 反応はとてもいいです。カナダ、英国、米国、日本からも激励文が届いています。コメントは主に物語の展開の意外性、細部の書き込み、心理描写などについてです。英国ケンブリッジ大学の一教授から寄せられたこの小説を評価する一文には感激しました。同教授は、かの高名な宇宙物理学者、故スティーブン・ホーキング博士の元同僚です。

Q: この小説で苦心した点は?

A: 日系人の強制収容は厳然とした事実です。しかし、これは学術書ではないので、事実の羅列では無味乾燥になってしまいますし、そうした本はすでにたくさん出版されています。強制収容所の悲惨さと日系人に残した傷跡を効果的に訴えなければなりません。そのためには、物語にするのが一番ですし、しっかりした筋書きと緻密な細部の組み立てが必要です。栄造は虚構上の人物ですが、同時に血の通った人間であり、血を通わせるのに苦心しました。また書き進むうちに、主人公が彼らしくない行動や発言をしてしまい、その都度書き直さなければならず、また栄造の性格と行動の一貫性に気を配りました。ビリーバブルな虚構上の人物を作り上げるのはとても難しい仕事です。勿論、カフカなどの作品はこの領域をはるかに超えて、極めて抽象的であり、また象徴的です。

 

山岸邦夫氏略歴:福島県福島市生まれ。法政大学卒業後カナダに移住、在トロント日本国総領事館でリサーチに従事。カナダの証券会社に転職後、トロントのベイ・ストリート、東京の金融街、またニューヨークのウォール街で証券業務に携わる。現在BC州バンクーバー島在住。

(文・編集部 / 写真提供・山岸邦夫さん)

 

The Return of a Shadow

 

本の裏表紙

 

 

 

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