2018年3月8日 第10号
「カナダへの日系移民の歴史と苦闘」を題材にしたセミナーが2月27日、ブリティッシュ・コロンビア(BC)州のブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)で行われた。BC州バーナビー市の日系文化センター・博物館の館長であるシェリー・カジワラさんが、セミナーのスピーカーとして招待され、お年寄りから若い大学生まで延べ30人、幅広い世代の来場者に、カナダと日本の根強い歴史的背景を強調した。終始ノートにペンを走らせる人もいたこのセミナー、今まであまり知られていなかった歴史を興味深く聞く来場者が多数いた。
日系博物館で展示されている作品を紹介するシェリーさん
セミナーの序盤では、日系移民の歴史と苦闘について講演が行われた。カナダに移住したことが記録されている最初の日本人、永野万蔵の紹介から始まり、日系移民が20世紀、フレーザー河で漁師団体として繁栄した歴史などが伝えられた。そして、内容は日系カナダ人にとって避けては通れない歴史、「差別」へと続いた。
1900年に、漁師団体の団体長である本間留吉(ほんまとめきち)が、選挙で投票しようとしたが、選挙権が政府から認められなかった。「カナダの社会に貢献した人間にもかかわらず、人権が認められない」これは、カナダにおける日系移民の社会的立場を浮き彫りにした出来事であった。1907年には、アジア排斥同盟というアジア系移民を排除することを目的とした団体が人種暴動を起こした。当時の市役所前でアジア系移民の数の制限を訴える差別的な演説をした後、興奮した群衆がチャイナタウンと日本人街を襲撃したのだ。チャイナタウンの住民が無抵抗であったのに対し、日系人住民は日本刀や瓶で抵抗したことが当時の地元紙で取り上げられ、カナダ全土が注目するところとなった。さらに、第二次世界大戦時では、日系人の財産・不動産は没収され、日本帰国やロッキー山脈の東の地域への移住を命じられた。このような日系移民の過去について、シェリーさんから伝えられた。
「75年前の移民の経済困難、人種差別、政府政策の問題を取り上げてきたが、これらは現在でも関係があること」とシェリーさんは言う。「若い世代には、歴史を学ぶことによって、現在の世界状況をより知ることができるのだ」そう語ったシェリーさんは、興味深い展示や社会問題を考える機会を提供することによって、日系移民の苦闘の歴史を風化させないように努めている。セミナーでは、日系センターがどのように歴史と向き合っているかを紹介した。日系移民と抑留キャンプの関係性を訴える芸術や、日系移民の歴史をドキュメントした過去の著作など、どれも興味深い内容の作品や活動だ。
「このような活動をし続けるのには、自身の経験も関与している」とシェリーさんは言う。出身は日本であるが、日系カナダ人の家族に養子として引き取られた略歴をもつシェリーさんは、これらの歴史を知ることなく幼少期を過ごした。日系センターで仕事をするようになって、初めて自身の家族のルーツや歴史を発見することができた彼女は、このような歴史が世の中に全く知られていないことに対して「非常にショックだった」と、その時の心境を述べた。だからこそ、「自分がインスパイアされたように、他の人も歴史を知ることによってインスパイアされ、自分のアイデンティティーを知ること」をシェリーさんは願っている。彼女の想いは、これからの世代へも続いていくだろう。
(取材 周 センジェー)