2017年7月20日 第29号
「樫原先生、ここでも教えてください」。一人の保護者がウエスト・ポイントグレイ・コミュニティー・センターに掛け合い、教室を確保。樫原博子先生と生徒は3歳のきこちゃん一人で1997年に日本語クラスがスタートした。最初の見学者はクラスをのぞき、生徒がたった一人の様子を見て「用事を思い出しました」と退散。きこちゃんの祖母はこの日、見学者ありと先生から聞いていたが、迎えに来ると教室には孫一人きり。だが発した言葉はこうだった。「良かったね、きこ!博子先生を独り占めできて!」。樫原先生は、この経験が忘れられない。「お祖母様のその一言で勇気、励ましを頂き、心を温めていただきました」。
West Point Grey Community Centreの広い敷地で野外活動を気軽に
生徒、親、学校の相互の信頼関係が大切
あれから20年。現在は3歳児クラスから高等科まで12クラスを開講、児童・生徒数も140人になった。「ありがたいのは、ご父兄の信頼とご協力、先生方の熱心な指導、そして緑あふれる環境です」(樫原先生)。今年6月の卒業式と例年の学芸会では、保護者から日本語クラスにサプライズの大きなケーキがプレゼントされた。過去に数回、同日本語クラスを見学した記者に、生徒・保護者・教師が互いを大事にする姿が強く印象に残っている。こうした強い絆はどのように生まれたのだろうか。
幼児科では毎月1回参観日を設けている。家庭で親子が共通の話題で交流することを大切にしているからだ。また保護者は子供たちの目の前で雑巾を縫い、子供たちはその雑巾でクラスの終わりに机をふく。「まっくろくろすけ、いなくなったかな?」が合い言葉だ。おやつの時間には食べる前に丁寧に感謝の言葉を言う。「家庭で物をさっと食べようとしたら、『お父さん、お母さん、ありがとう、いただきますだよ!』と子供に諭されるんですよ」と保護者が苦笑するという。
周囲の自然を生かした活動も
クラスではトマトの苗を育てながら苗に話しかけたり、緑豊かな地の利を生かして、しばしば外でのアクティビティを行ったり。「ビーチに出かけて木々がドーム状になった場所を歩いた時に、3歳児の生徒が『ドリームみたいだね』って言いましてね」(樫原先生)。
小学科以上のクラスでは時々ゲストを招き、日本語の講演を聞く機会を設けている。保護者も自由参加だ。学芸会では保護者たちが創作して演じる劇の発表も行い、親子がそれぞれに懸命な姿を見ることが互いの共感につながっている。
生徒、教師、両方の立場がわかるようになった卒業生から
授業前の教師たちは忙しい。その日に使う教具を揃えたり、内容をわかりやすく伝えるための絵を描いたり。そんな姿を見ているチャーチャック桜さん。3歳から始めた日本語クラスを卒業後、ボランティアとして教師たちと交わるようになった。以下は樫原先生に宛てた桜さん(16歳)からのメッセージ(抜粋)だ。「先生との思い出は、先生がジェイミー君の似顔絵を描いていらっしゃった時のことです。一緒にいた私たちが『すごーい!』と言ったら、『じゃ、皆の顔も描いてあげるね』とおっしゃって、私たちの似顔絵を描いて下さいました。あの絵は今でも私の一番の宝物なんです。ピクニックの時に『おいでー』と言って、甘い手作りの食べ物を下さった思い出もあります。樫原先生は、生徒一人一人の個性、興味、趣味を把握し、皆が楽しんで日本語の勉強ができるように教材研究をして下さっています。生徒の家族皆が、参加できる場を組み込んだカリキュラム作り、そして授業後も生徒のご父兄にその日の報告、その子の良かった事を伝えてらっしゃいます。『素敵な先生だな』と思っています。先生は自分の事より、私たち生徒の事を先に考えて下さっています。先生、ありがとうございます」。先日の卒業式、将来の夢の発表で「ウエストポイントグレイ日本語クラスの先生になりたい」と語った生徒もいる。日本語の力と共に「思いやり、やる気、創造性の育成」を掲げての教師と保護者たちの取り組みは、確実に実を結んでいるようだ。
(取材 平野 香利)
卒業生と保護者からサプライズのケーキが20年間日本語クラスを運営してきた樫原博子先生に贈られた
同じく教師だった父の「教師とは生徒に夢と希望を与える探検家でありたい」の言葉を教師たちに伝える樫原先生(写真上)とテイラー・イツキ先生