2017年6月29日 第26号

6月25日バンクーバーのバンシティシアター、185席が満席の会場。映画上映後、集まった人々の心の中に温かい灯がともされた。アルツハイマー型認知症を取り上げた仙台放送制作のドキュメンタリー映画『僕がジョンと呼ばれるまで』上映実行委員会のメンバーたちに充実感と安堵の表情が広がった。

 

上映会終了後の実行委員とボランティアの皆さん(写真一番左の男性が新庄一範さん、前列右端がガーリック康子さん)(写真提供 Bob Garlickさん)

 

● 介護研究から自主上映に

 今回の自主上映は、介護の仕事に関わる阿部山優子さん主催の勉強会に端を発する。滋賀県の7カ所で高齢者対象のデイサービスを運営する新庄一範さんを勉強会のゲストに招いた際、新庄さんから同映画が紹介された。ぜひ観たいとの思いから有志が上映実行員会を結成、準備に奔走した。当日はボランティアの協力を得ながら、実行委員が会場で受け付けや案内を。そして寄付で得たコーヒーや菓子を無料で提供した。

 

● 認知症患者に学習プログラムを実施

 映画は米国オハイオ州の高齢者介護施設で数名のアルツハイマー型認知症患者の半年間を追いかけたドキュメンタリー。93歳のエブリンはかつてとても社交的で積極的、辛口のジョークが得意な女性だったが、撮影当初、その面影はなかった。他人と交わりを持つことなく、いつも落ち着きなくテーブルのナプキンを触っていた。施設入居前は自分で物を隠しては誰かが盗んだと言って家族を困らせていたと言う。

 施設で働くジョンがエブリンに話しかける。「僕の名前を知っていますか?」その5分後に、また同じ質問を行う。「わからないわ」と答える日々が続く。

 施設ではスタッフ指導のもと、入居者にごく簡単な読み書きや計算など行っていく。スタッフは取り組みを促す際、その効果を毎回丁寧に伝える。「この簡単なエクササイズをすることで脳が活性化し、血流が増えて脳の状態が向上するんですよ」。日付欄に名字を書くエブリン。だがスタッフは「きれいな字!素晴らしいわ」と称える。褒められたり達成感を感じることが脳にいい影響を及ぼすという。「朗読や計算ができるようになることが目標ではない。目標は自分らしさを取り戻すこと」とナレーションが流れた。

 それから半年後のエブリンの姿。笑顔が増え、おしゃれになり、辛口のジョークが復活。できなくなっていた編み物までするようになるその歩みを、季節の移り変わり、そして家族の悲嘆から喜びへの移り変わりとともに見届けることができた。それはまさしく希望。しかもエブリンだけでなく、学習プログラムに取り組んだ皆が着実に向上し、施設に笑顔が弾けるようになったのである。

 

● 映画プロデューサーからのビデオレターも

 同映画は2013年のアメリカ・ドキュメンタリー映画祭観客賞他の受賞など、世界の映画界で高評価を得ている。この作品が仙台放送の制作であること、内容の中核を成す認知症患者への学習プログラムが東北大学加齢研究所・川島隆太さんの構築したものであることに「日本の誇りと感じました」と観客から感想が語られた。

 会場では特別に制作されたビデオレターにより、同映画のプロデューサー太田茂さんから撮影の裏話が紹介された。曰く、川島氏の「薬を使わず認知症を改善したい」との願いから開発した学習プログラムにより、日本では5万人以上の認知症患者が効果を上げているという。

 上映後、ゲスト参加の岡井朝子在バンクーバー日本国総領事と、日系シニアズ・ヘルスケア住宅協会会長のルース・コールズさんから、この映画で知ったことをさらに広めていきたいと意欲的な感想が語られた。観客へ向け、丁寧に同映画の上映の協力団体を紹介し、日英両語での司会も務めた実行委員会代表のガーリック康子さんは「観客の皆さんの認知症への関心の高さを垣間見たイベントでした」と上映後の気持ちを聞かせてくれた。

 なお実行委員会メンバーの一部が立ち上げた日本語認知症サポート協会が、今年3月から毎月第1木曜日にカフェで認知症患者と家族や友人が集う「バンクーバー・オレンジカフェ」を実施している。 詳しくはThis email address is being protected from spambots. You need JavaScript enabled to view it.まで 問い合わせを。

(取材 平野香利)

 

「学習プログラムは認知症の予防にも生かせるのでは」と岡井朝子在バンクーバー日本国総領事

 

映画に登場する施設のサポーターたちが入居者と「心から一緒にやっていこうという姿勢が見られる」と日系シニアズ・ヘルスケア住宅協会会長のルース・コールズさん

 

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