劇団モータル・コイルは、毎年スタンレー・パークで行われるゴースト・トレインで有名だが、他にも様々なフェスティバルで足長やマスク、ミュージカルなどで登場、子供たちにも圧倒的な人気を誇る団体。
そのモータル・コイルのこの夏の挑戦は、スチィーブストンのブリタニア造船所跡の公園で、特定の場所のために作成された新作「サーモン・ロウ」(Salmon Row)。
芝居は、この公園の建物などを背景に、6箇所の仮設舞台で、役者の誘導によって順次移動しながら展開していく。芝居と周りの建物や雰囲気を同時に楽しめる、面白い試みだ。
この作品は、2008年にスタンレー・パークのミニ汽車を使って公演した、「リソアニアからの手紙」に次ぐ作品になる。
今回、ムーブメント・コーチ担当の私、平野弥生が、稽古の合間に演出のピーター・ホール、作家のニコラ・ハーウッド、そして日本人を演じる二人の日系カナダ人、重松てつろう、山本ドナに話を聞いた。

 

ピーター・ホール

「リソアニアへの手紙」の後、リッチモンド市のある人から、この公園のことを聞き、見に来た。一目で気に入った。何かできそうだ、って。それから、色々調査した。「リソアニア、、」で一緒に仕事をした、ニコラに台本を依頼し、3回のワークショップを経て、約3年かかってこぎつけた。
この作品はあくまでも歴史的事実を元にした、フィクションだ。いくつかのキャラクターやシーンは、史実から選んだ。

モータル・コイルは、基本的にプロジェクトごとにスタッフ・キャストを雇うNPOだが、今回はリッチモンド市を始め、ブリタニア造船所跡公園他の多くのサポートがあって、お陰で贅沢なスタッフ・キャストに恵まれた。多才で経験豊富なプロのアーティストと仕事を一緒にできのるは、本当に楽しいし、毎日が発見と喜びの連続だ。照明のジェラルド・キング、映像のティム・マセソン、作曲のトビン・ストークス、舞台装置のイボン・モリセット。また、人種の違いも重要だった。ファースト・ネイション、日本人、中国人。自分達の勝手な理解でやらないように神経を使った。

1985年に、当時、劇団「風の子」の演出家だった関矢幸雄と劇団カレード・スコープ
の共同作品で、10週間の日本公演ツアーをした。東京を始め、横浜、名古屋、大阪、京都、博多、福島でもしたよ。楽しかった。1981年に万座温泉で「カナディアン・バラエティ・ショー」に3ヶ月ほど出演した。8月の終わりから雪の季節までね。あのころから畳の匂いが好きなんだ。今でも畳の匂いを嗅ぎたくなる。

日本人の話も出てくるが、できるだけ史実に近いものを真摯にやっているつもりだ。理解していただけると嬉しいんだが。


ニコラ・ハーウッド
「リソアニアからの手紙」の後、ピーターとプロダクションマネジャーのマリエッタから、話があった。ネルソンに住んでいるんだけど、BC州の歴史にすごく興味があって、今までもBC州の歴史を取り上げて作品を書いたり、演出したりしてきている。でも、それにしてもあまりにも豊富で広範囲な歴史で、選ぶのが大変だった。4、5本の作品ができるほどにね。今回はワーキングクラスの漁師に焦点をあてることにした。でも、どの登場人物をとってもミニ・シリーズができるほどの豊かな歴史があるから、ほんの表面的なことにしか過ぎない。漁師のライセンスやユニオンの話、選挙権にしても。こういう歴史を私は学校では教わらなかった。信じられないことが沢山あったのね。
デイビッド・スズキが「私は人種差別のあるBC州で育った。」という文があって、「ワオー!」と。今はこんなに多くのアジア人も住んでいるし、そういう時代のことを隠しておくのはよくないと思う。歴史をきちんと知らない間は、前進する、とは言えない。この作品を通して、そういう歴史を振り返るきっかけになれば、と。正義とは何かを考えることは大切だと思う。この作品は、13回書き直して、14稿が決定稿。それでも、まだ完全ではないわ。

最初は役者もやっていたし、演出もした。でも、だんだん書くことが面白くなって。5年くらい劇団をもっていたけど、劇団を抱えるより、コンピューターを抱えるほうが楽だったから、ね。(笑)

この題の由来は、Row は「並び」という意味の他に、船を漕ぐ、そしてRoeというのは卵でしょ。全部にかけてるのよね。そして、サーモンの卵はメタフォーで、サーモンが川に戻って来るために戦うのと一緒で、人間も生き残るために戦うっていう。私にとって、自然を守ることと、人間を守ることは同じなの。お互いに「あってこそ」の関係でしょ。コミュニティもね。

ドナ・山本
私は3世。両親はカナダで生まれて、母方の祖父母もカナダで生まれた。

まずは稽古を夏の屋外でやれるのを楽しんでいるわ。(笑)ここ、5,6年は舞台から遠ざかっていたけれど、1年に1本くらいの割合で、今まで20作品ほどの舞台の仕事をしている。今回はいろんなことを学べるの。足長やマイム、歌、ダンスの稽古をしたり。この稽古が始まってすぐのころに、ジョージア湾缶詰工場歴史跡に皆で見学に行った。その時、祖母の写真を見つけた。祖母が缶詰工場で働いていた時のね。
ここは、私にとって、祖母の匂いがする。モンクトンに住んでいた祖母のところに夏によく遊びにきた。祖母は何も言わなかった。でも彼女が背負っていた歴史の重み、を、今感じるわ。
舞台の仕事は映画やテレビと違って、出演者皆が一緒に成長できるのよね、人間として、アーティストとして。私は公演そのものよりも、稽古の過程が好き。今回も、今までにマイムをやったことがなかったけど、こうして学べる機会ができて、目が覚める思い。
とにかく、この夏一番ホットな芝居。参加できることを誇りに思っています。

ドナは、自分のしたい仕事をするために、北バンクーバーに店を持つ。www.goodnaturehealthfoods.ca

 

重松てつろう
僕はイギリスで生まれた2世。両親は日本から来た日本人。舞台はこれが去年の村上春樹の「地震の後」に続いて2作目なんだが、昨日が役者人生で最高に楽しい日だった。朝、まず宣伝写真を撮影して、歌の練習をして、午後には、当時の舟で実際に漕ぐ体験をして。。同時に歴史の勉強もして。毎日が楽しい。この日本人用飯場小屋(インタビューをした、劇の中心となる建物。)の壁にあった、断熱材のために使った当時の日本語の新聞の切れ端を見つけたんだ。歴史に囲まれてるという感じがする。今までの仕事の中でも一番有意義で面白い。とにかく、日系カナダ人として、日系人の歴史を演じることができる機会ができたのは、役者冥利につきる。シェクスピアをやるのもいいけど、日本人としてこの新作に出会えたのは、幸せだ。

日本から来た日本人に歴史を教えることもあるんだが、皆、日本人の歴史は一つじゃない、ってことを以外と知らないんだよね。ブラジル、アメリカ、カナダに住む日本人にも歴史があるってこと。多分、僕らは日本人じゃないと思っているかも知れない。でも、血はどこか日本人なんだよね。例えば、この芝居の中でも出てくる言葉で、ドナが演じるスミが「どうして私たち日本人に魚を獲らせたくないの?」と言うと、ファーストネイションのツカヤが「うますぎるんだよ!」って言う。そういう日本人独特の工夫をするとか、耐えるとか、という気質が自分の中にもある。

映画との違いは、まず、出演料が全然ちがうよね。安い。(笑)でも、出演者同士が家族のようになる。ドナは僕にとって、「お姉ちゃん」みたいな存在。オーディションの時に「歌ったことないから心配。」と言ったら、「心配ないわよ。もっと下手な人の歌、沢山聞いたもの。」ってね。お互いに助け合うっていうか。テレビや映画ではない信頼とか繋がりができるよね。てつろうのホームページは、 http://www.shiggy.com

 

8月20日(土)初日~28日(日)まで、(但し、22日は休演)8時開演、入場は無料。(但し、要予約。www.mortalcioil.ca


(取材 平野弥生)

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