『ネカアの部屋:Not Outside』は、通常の映画とは異なり、フィギュアやミニチュアの装置を観客の目の前の小さな舞台で操作し、それをビデオカメラを使って大きなスクリーンに投影して見せるライブ・パフォーマンス、ということです。興味深い試みですね。

私は元々、ライブの舞台などを、俳優やダンサー、照明デザイナーなどと一緒に作っていました。そういうのを今は一人で、とても小さい舞台でやっている…という感じでしょうか。この作品では、コンセプトから、舞台装置、サウンド、照明、パフォーマンスまで全て一人でやっています。

手の平にすっぽり入るような小さなフィギュアなどをアクターとして使うんですけど、もちろん何もしないと動かないので、いろいろなアナログなエフェクトを入れたり、フィギュアの代わりに舞台装置の方を動かしたりします。で、そのままだと、観客の方に見えませんから、ビデオカメラとプロジェクターを使って、大きく写し出します。

作品としては、こういうシーンがあって、フィギュアがこう動いてと自分の中で、できていますが、操作は全てその場で行います。声は使わず、セリフは小さい紙切れに印刷されたものをピンセットでつまんで出します。漫画の吹き出しのような感じです。

作品の中には観客にお手伝いしていただく部分、インタラクションも取り入れています。

 

作品のタイトルは、『ネカアの部屋:Not Outside』ということですが、このネカアというのはどういう意味でしょうか。

私はネカア・ラボというのを主宰していて、ネカアは屋号みたいなものです。顕微鏡ライブシネマ・シアターはアートの一つのジャンルと考えています。そして、2006年から『ネカアの部屋』というシリーズを発表してきました。リッチモンド国際フィルム&メディア芸術祭での作品、Not Outsideは、このシリーズの7つ目の作品です。『ネカアの部屋』は私が作品を上演するときの架空の部屋で、そこに皆さんをご招待します、という感じでしょうか。

 

顕微鏡ライブシネマ・シアターは、映画やメディア芸術などありますが、分野としては何になるのでしょう。
シネマ・シアターとあるとおり、映画と演劇の両方の境目…みたいな感じで、両方の要素があります。映像にすると世界は違って見えますよね。目の前にあるものでも、カメラを通すと、不思議な距離感が生まれます。

映画は既に出来上がったものなので、観る人にも安心感がありますが、顕微鏡ライブシネマ・シアターは、ライブで映像を作っている私と、できた映像の両方を同時に見ることができます。ライブならではの、次に何が起こるか分からない緊張感や、実際に目の前にあるものと映像との間のズレ等、いろんな新しい感覚を楽しむことができるアートの形式です。

 

作品に込めた思い、意図について。
日ごろどうしても大きいものに目が留まるじゃないですか。でも、小さいものに目を向けたら、そこにも物語が潜んでいます。日ごろ見ていない、小さいものに目を向けることで、そこから世界に広がりが出てくるかもしれません。

「神は細部に宿る」という言葉がありますが、私の作品は世界の細部に宿っている物語や忘れ去られていた感情と観客とをつなぐ装置のようなものだと思っています。日常の中では大きいものの陰に隠れたり、情報の洪水の中に紛れたりして、感じることができなくなっている小さく儚いものたちに目を向け、それらをそっと拾い集めて、拡大して見せる感じです。

全体を眺めるだけでなく、細部を見つめることのできる伸縮自在の観察眼を持てば、世界は無限の宝箱になり、好奇心は尽きません。観客にも細部を発見し、細部に遊ぶ感覚を一緒に楽しんで頂けたら嬉しいです。

 

海外に出た理由、きっかけ。
大学生の頃は、能や文楽、寄席芸といった日本の伝統文化が大好きで、研究もしていました。だから、最初は海外にはあまり興味がなかったのです。劇場通いをしていれば結構幸せでした。転機は、母を突然亡くした時にやってきました。母はいつも「一度、外国を見て来なさい。世界は広いのよ」と言っていました。喪失感と悲しみの中で、自分の隠れた願望がはっきりしてきました。それは「作品を作る側に立ってみたい」という願望でした。同時に、慣れ親しんでいる日本文化が「外」からはどう見えているのか、自分の目で確かめてみたくなりました。そして、「日本が大好きだから、日本を出よう」という気持ちになり、ヨーロッパにアート修行の旅に出たのです。

 

ヨーロッパですか?
日本を出て、ヨーロッパに6年…ベルギーのアントワープにいました。

あまりメジャーな街ではないですよね。どうしてアントワープですか?
アントワープにいるアーティスト、ヤン・ファーブルに弟子入りしました。普通はロンドンとかパリを考えそうなんですけど、ベルギーというよく知らない国に行ったら、面白いことが起こりそうな予感のようなものがありました。

 

ヤン・ファーブルさんというのは演劇家でしょうか?
彼は演劇と美術の両方の仕事をするアーティストで、展覧会もすれば、現代演劇やオペラの演出もします。こういう境界を跨ぐものに昔から興味があったんでしょうね。そして、ベルギーではヤンの元で演出を学んだ後、自分でも音を作ってみたいと思って、サウンドデザインの学校に行き、エレクトロアコースティックを勉強しました。

リッチモンド国際フィルム&メディア芸術祭に関わったきっかけを教えてください。
昨年はこのフェスティバルはニューアジア・フィルム・フェスティバルと言ったんですけど、友人に誘われて、実はあまり期待もせずに出掛けたんです。そしたら、はるばるシアトルから観に来ている人もいたし、スタッフの人たちの熱意がすごいんです。アートの力を信じている純粋さというか。それに惹かれました。

 

今後の活動目標のようなものがあれば。
私はアートの力というものを信じています。アートには人を自由にし、新しい発想をもたらす力を持っていると思います。私の作品を観た人は、大きなインパクトは受けないかもしれません。でも、観客の心に(こっそり)小さな種を撒く、そんなつもりで公演をしています。その種が、すぐに芽を出すかもしれないし、ずっと眠っていてある日芽を出すかもしれない。そして、その人なりの花がそこに咲いたら、そんなに素敵なことはないです。道端の小さな花が風に揺れているのに、昨日は気づかなかったけれど、今日はふと気づいた。そのくらいの変化でいい。そんな小さな変化の積み重ねが、世界をもっと美しく、楽しい場所にする、そう信じています。そのためにも、いろんな場所の、いろんな人たちと作品を通して出会い、小さな種の交換をしたいです。


(取材 西川桂子)


9月11日まで、ノースバンクーバーのギャラリー・カフェで、顕微鏡ライブ・シネマシアターの世界をインスタレーションの形にして展示中。9月8日7:30 pm~は顕微鏡ライブ・シネマシアター『Not Outside』の公演もあり。
café for contemporary art (140 East Esplande Ave., North Vancouver/ Lonsdale Quayから徒歩3分)

 

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