●指圧伝道への熱い思い
池永氏は現在、バンクーバーエリアで４つの指圧クリニックを、ノースバンクーバーでは指圧専門学校を経営している。そしてバンクーバー島ナナイモでは、 今年から本格始動したＢ＆Ｂ／レンタルコテージを運営している。指圧クリニックと専門学校、そして指圧も受けられる宿泊施設と携わる事業は多岐に渡るが、 その根にあるのは「指圧を広めたい」という純粋な思いだ。

指圧師の父を持ち、幼いときから指圧が身近だったと話す同氏は、当然のように浪越式指圧の創始者・浪越徳治郎氏の日本指圧専門学校に入学し、卒業後に指 圧師の国家資格を得て日本で働いていた。転機が訪れたのは30歳になる前に行ったアメリカ・カナダ旅行。トロントで指圧学校を開いていた母校の先輩から運 営の手助けを頼まれ、そこで働くこととなった。その後移民となり、バンクーバーで指圧師として開業する。

●日本を代表する文化、指圧
「指圧は日本独自の文化です」と強い信念を宿した目で同氏が語るように、指圧はマッサージやリフレクソロジー（足裏マッサージ）、カイロプラクティック などの手技療法と異なり、日本で生まれ日本で育った治療法で、その原点は「手当」に遡る。対して、人体に流れる「気」を中心とした「経絡理論」に基づく鍼 灸や按摩などは中国が発祥である。指圧への強い自負を持った同氏は、以前から「指圧を世に広めたい」という思いを持っていた。クリニックを開くだけでな く、学校を設立したのもそのためだ。

最初は個人レッスンの形で始まったものが、現在では２年制のカレッジとなり、クリニックも４店舗にまで増えた。これは同氏の情熱とカナダの人たちの健康 への高い関心が、うまく重なった結果だろう。指圧は解剖生理学などの西洋医療にも裏づけされた科学的治療だが、中には指圧を「東洋の神秘」による施術と勘 違いして訪れる人もいるという。しかし代替医療に関心の高いカナダの人々は、治療を受ければ正しい認識を受け入れてくれる。そして繰り返し治療に訪れるよ うになる人も少なくない。それは「指圧は信頼関係が大切」と話す同氏の誠実な姿勢によるところも大きいに違いない。

●学校やクリニックの事業も目的でなく手段
「私にとって、学生や卒業生は指圧普及のための同志でもあります」と語る同氏。指圧カレッジで学ぶ彼らに対しても、その誠実さは変わらない。同カレッジ のカリキュラムは日本の厚生労働省が定めた指導要綱に基づいており、同氏の母校とは教員が派遣されるなどの提携関係にあり、常に日本で行われている最新の 指圧が学べる。もちろん日本独自の療法である指圧を学ぶ上で、日本文化への理解は欠かせないため、その講義もカリキュラムには含まれている。

しかし最も重視されているのは臨床実習だ。指圧が持つ特色の一つに「診断即治療」があり、指圧では通常の医療において必須である事前の診断が必ずしも重 要視されない。指と掌のみを用いて体に触れ、どこが悪いかを経験から判断し、身体の機能が正常な状態に戻るように治療を行う。そのため、一人でも多くの患 者に接して経験を積むことが大切だという。やる気のある学生には、在学中も卒業後も同氏のクリニックで働く機会が与えられ、必要な場合はビザのサポートも 行っている。

一方ナナイモのＢ＆Ｂは、指圧だけでなく心も体も健康になれる理想的な施設を作りたいという思いから始められたもので、細部に同氏の情熱とこだわりが見 受けられる。山にも海にも近いまさに自然に囲まれた立地で、食事はオーガニックや地元で採れたものが中心、薪で沸かす露天風呂も完備され、まさに身も心も リラックスできる環境が用意されている。そして、ここでは「自然に帰った晴耕雨読的な生活を体験して欲しい」と語る同氏自らが指圧を施す。ここでなら指圧 の効果が最大限引き出されそうだ。

「指圧が好き」と語る同氏にとって、クリニックや学校の事業は指圧を広めるための手段の一つにすぎない。あくまで目的は指圧を広めること。もちろん二つ の企業の最高経営責任者という顔も持つが、経営者の前に一指圧師であり、その根っこには指圧において大切とされる相手に対する「おもいやりの心」がいつも あるように感じた。

（取材　青木美子）