吉田義男先生

昨今、日本の柔道界が、競技に偏りすぎている、という指摘がされるようになった。『勝つこと』のみにこだわり、その根本にある日本の柔道精神を忘れかけている、といった声だ。 今や、オリンピックの正式種目として定着しているなか、世界の柔道選手の誰もが、NO.1を目指すのは当然だが、『礼に始まり礼に終わる』…敗者も称える、といった柔道精神がおろそかにされているケースがあまりにも目立ってきたことへの反省だろう。 そんな中、カナダ・カムループスでしっかり根を張っている日本柔道を見て、原点を再認識させられたという、「愛知国際柔道自然塾」の代表師範・高濱久和さん(講道館柔道8段)に話を聞いた。

 

柔道家 吉田義男先生(1929〜2011年)(写真提供 高濱久和)

 

収容キャンプの中で弟子を育てた吉田先生

 42年前、UBCで柔道を指導するため、カナダへ来るようになり、今ではカムループスとバンクーバーに支部を設け、年間、数回行き来しているという高濱久和さん。その間に、出会ったのが、柔道家の吉田義男先生。「2011年に惜しくも他界されましたが、先生は1929年バンクーバー島で生まれ、10歳ごろから柔道を習い始めましたが、1941年世界大戦の勃発で、カナダ内陸部のタシュナの収容所での生活を余儀なくされたそうです。このとき、幸いにも柔道師範の指導を受けることができたそうです。練習場所というのは、薄暗い倉庫の中や空き地の枯れ草の上にシートを敷いただけの粗末なものでしたが、伝統的な練習形式は省略されることなく『礼に始まり礼に終わる』が徹底され、人間形成の元になったと語っておられました」。戦後、家族とともにカムループスに移り、27歳の時念願の『吉田道場』を開設。ここでも基本は変わることなく、自分の成長を図りながら世の中に尽くす、という自己研鑽の目標に向かい、青少年の育成に邁進された。

 

柔道一直線の人生を支えた心優しい奥様(左)(写真提供 高濱久和)

 

 この姿が、カムループス市民の共感を呼び、市当局からも資金や土地の提供を得て、現在も『カムループス柔道クラブ』として継承されている。1996年にはカムループス賞の特別市民として殿堂入りをした。そのため、近く吉田先生の友人や弟子たちによって先生の肖像画が殿堂に寄贈される予定だという。「私は、吉田先生のそうしたご活躍や、練習生が柔道の練習、試合などを間近に接する中で、柔道の技術以上に、日本柔道の真髄を大事に教えておられたことに、感銘を受けました」と語る高濱さん。

 

「視野の広さは柔道だけではなく、人生にとっても重要なことだと子どもたちに伝えて生きたい」

 高濱さんのモットーは「伝えたい日本の『心』」。海外経験も豊富で人脈も幅広い。国境を問わない、友を得ながら、ますます日本の伝統文化、精神の優れたところに気づかされるという。また、多くの外国の友人からも理解され、支持される。そうした裏づけのもと、『愛知国際柔道自然塾』が設立された。この塾は、柔道を核として、日本文化の交流を図る。青少年を他国の自然や異文化に直接触れさせ、生活体験をさせ、国際感覚の向上を目的とする。そのため、カナダ・カムループス国際柔道大会へも積極参加をさせ、多くの国々の選手との交流や、現地でのホームステイを通じ、国際的に通じる人間教育を行なっている。

 『礼に始まり礼に終わる』、柔道の精神には敗者への思いやりも包括されているという。

 

愛知国際柔道自然塾 代表師範 高濱久和さん

 

 技ばかりではなく、礼儀、感動…柔道からは多くのことが学べる。またそれは、グローバルな人材がますます要求される時代にあって、貴重なスキルを身につけることになるだろう。

 

(取材 笹川守)

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