太い筆を手に全身のバランスを使って書いていく

 

気迫のこもった演奏の中、 筆が舞うように

「エッセンス・オブ・スプリング」と題された書と音楽のパフォーマンスが4月12日、スティーブストン仏教会で開かれた。書家・井上悦さんと尺八奏者・アルスビン龍禅ラモスさん、そしてラモスさんの弟子のクリストファー・バーネチェツさんの共演である。
バンクーバー日本国総領事館から内田晃領事、八田知美領事を迎えての同公演は、スティーブストン仏教会の生田真見開教師の司会で始まった。

 

龍に桜は、岐阜県にある臥龍桜がモチーフとなった

 

ラモスさんの尺八の音色が森閑とした雰囲気を醸し出す。やがて、尺八をギターに持ち替え、音楽は激しさを増していった。その激しさと対をなすかのように穏やかに墨を刷りだす井上さん。ラモスさんは渾身の力を込めて平家物語の一節を歌い始めた。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」。赤い半紙の上にさらさらと書き上げられた言葉は「春の夜の夢のごとし」。うたかたの夢の情感を流れる筆遣いで表現した。

 

和楽器によるジャズを展開するラモスさん。自作の楽器「天管」での演奏も披露した

 

 

書へ関心を引くアイディアとして

日本画家でもある井上さんは、かつて開催した日本画の個展の際、書を併せて展示した。しかしカナダの人々から書への関心が得られず、その場の思いつきで書道のデモンストレーションを試みた。そこで、人が寄ってきて見入る姿に手ごたえを感じた。そして始めたのが音楽と書のコラボ。ラモスさんとのセッションは10回以上になる。

「曲は全部オリジナルです」とラモスさん。今回は寺にある楽器類も巧みに使い、即興をふんだんに盛り込み演奏を行った。さらに木製楽器ディジュリドゥを模して、竹をくり抜いて製作したラモスさんオリジナルの楽器演奏も。「『天管(てんかん)』と名付けました。天国のフルートです」と紹介し、奏でられた音はディジュリドゥに似た宇宙的な音色だった。書の書き上がりとともに音楽もクライマックスに。ぴったりと息の合った二人のパフォーマンスが完結した瞬間だ。

 

「道」の字を書き上げて

 

 

ダイナミックな動きも魅力

黒のコスチュームで前半を、黒の着物と濃緑の袴で後半の書に臨んだ。エレガントながら力強い書きっぷりは見ていて気持ちがいい。「彼女は女性的に見えて、中身が男前。太い筆を手にしている時の真剣なまなざしがますます男らしくて…」と友人の由紀子さんは親しみを込めて語ってくれた。
「太古の昔から変わらぬ筆と和紙とで生まれる白黒アート、書の世界をカナダの人にも知ってもらいたい」。そんな井上さんとラモスさんの思いの詰まったセッションは、音楽という流れ行くものが書によって形となり残される。そんな感覚も覚える会だった。

(取材:平野香利 写真:平野直樹)

 

左からラモスさん、井上さん、バーネチェツさん、生田開教師

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