2018年5月31日 第22号

 今にして思うと、あれは明らかな「セルフネグレクト(自己放任)」(以下、セルフネグレクト)でした。

 玄関を開けた瞬間、いつもと違う雰囲気。母の部屋に一歩足を踏み入れようとした途端、思わず絶句。居間も台所も風呂場も、家中雑然として、散らかりっ放し。その光景を目の当たりにし、咄嗟に思い浮かんだ考えは、「片付けなきゃ。でも、どこから手を付けよう」あちこち本人が片付けようとした形跡はありましたが、散らかるスピードが勝ったのか、上から物が置かれてイタチごっこ。そんな状態になるまで、何も手立てがなかったのでしょうか。

 捨てられない物が溜まりに溜まり、片付けられなくなったため、住まいが「ゴミ屋敷」や「汚部屋」の状態になってしまうことが、メディアでも取り上げられています。その背景には、だらしなくて片付けを怠るとか、いい加減だからというわけではない理由が隠されていることがあり、心の病や、自らの心や体のケアを放棄してしまう「セルフネグレクト(自己放任)」という可能性もあります。

 厚生労働省のウェブサイトでは、「セルフネグレクト」について、「在宅で、高齢者が、通常ひとりの人間として生活において当然行うべき行為を行わない、あるいは行う能力がないことから、自己の心身の安全や健康が脅かされる状態に陥ること」、と説明しています。これには、認知症のような疾患が原因で、適切な判断力が欠けていたり、いろいろな事情で生活意欲が低下していたりして、「セルフネグレクト」に陥っている場合(無意図的)と、判断力や認知力は低下しておらず、本人の自由意志により「セルフネグレクト」に陥っている場合(意図的)があります。

 「セルフネグレクト」のリスク要因として、高齢、認知症などの認知機能障害、うつ、社会的孤立およびそれに起因する支援の欠如、栄養失調が考えられます。特に一人暮らしの高齢者の場合、生活能力や意欲が低下することにより、今までできていたことが段取りよくできなくなってしまい、その変化による戸惑いや焦りから「セルフネグレクト」に陥る人もいるようです。家族や地域社会から孤立しているため、周りが気付かないうちに状況が悪化してしまうことも考えられます。今後、高齢化が増々進むことが予想される中、「セルフネグレクト」に陥る高齢者が増えることが懸念されています。

 一般的な「セルフネグレクト」の兆候に、医療措置の拒否、薬の飲み忘れ、脱水症状および栄養不足、衛生管理の欠如、気候に合わない服装、危険な住環境、物が捨てられずゴミを溜め込むなどがあります。前述のウェブサイトでは、①家の前や室内にゴミが散乱した中で住んでいる ②極端に汚れている衣類を着用し、失禁を放置している ③窓や壁などの穴が開いた、構造が傾斜している家に住み続けている ④認知症にも関わらず、介護サービスを拒否している ⑤重度の怪我を負っているにも関わらず、治療を拒否しているなどの顕著な症例も紹介されています。

 「セルフネグレクト」は、大切な人を失った喪失感や、強いストレスやトラブルなど、精神的な辛さがきっかけとなることが多いと言われています。もし、久し振りに会ったカナダの親しい友人や、日本の実家で一人暮らしをしている父親や母親が、以前に比べてゴミ捨てが面倒になっていたり、部屋が散らかっていたり、身だしなみに気を使わなくなっていたりするのは、もしかすると「セルフネグレクト」の兆候かもしれません。こちらが心配している気持ちを伝えても、「大丈夫」、「構わないで」、「自分で何とかする」というような返事が返ってきたら、そのままにせず、何からの手を打ってください。現状を正しく理解できないまま同じ生活を続けていると、命に関わることにもなり兼ねません。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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