2018年5月3日 第18号

 何かの理由で、周りの人と意思疎通ができなくなったときのことを考えたことはありますか?

 相手が話している言葉や書いてある文字を理解したり、言葉を用いて自分の意思を相手に伝えたりするために必要な力が「言語能力」です。「言語能力」なしでは、自分の思いや考えを完全に伝えることはできません。この言語能力を司っているのが、脳の「言語中枢」 です。「言語能力」は認知機能のひとつで、認知症になると、この「言語中枢」が障害され、「言語能力」の衰えが見られることがあります。

 「言語能力」が衰えると、言葉を話す、話を理解するといった音声に関わる機能や、文字を書く、文字を理解するといった文字に関わる機能が障害され、「失語」につながることもあります。 言葉は話せても、相手の言っていることや文章が理解できなくなる「感覚性失語」と、逆に、相手の言っていることや文章は理解できても、言葉を発したり文章を書いたりすることが困難になる「運動性失語」に大別されます。

 さて、2017年1月に発表された、2016年のカナダ国勢調査に基づく報告によると、カナダの移民人口は、2036年に全人口の24・5%から30%に達すると予想されています。最も顕著な増加が予想されるトロントの、46・0%から52・8%の増加に続き、バンクーバーの移民人口は、2036年には、人口の42・1%から48・5%に達すると予想されています。 バンクーバー以下、 カルガリー、モントリオール、ウィニペグと、移民人口比率の高い主要都市が続きます。

 移民人口の増加に伴い、カナダの公用語である英語またはフランス語を第一言語としない人の人口も増加しています。2011年には、公用語のどちらも第一言語としない人の割合は20・0%でしたが、2036年には、この数値は26・1%から30・6%に増加すると予想されています。因みに、BC州では、ほぼ3人にひとり(29・6%)が公用語以外を第一言語としています。話者が最も多い言語がパンジャビ語。続いて、広東語、北京語 、タガログ語、ドイツ語、韓国語、スペイン語、ペルシャ語、ヒンディー語、ベトナム語が上位10言語に入っています。皆さんも、公的な場所で、これらの言語による記述や、情報が記載された発行物を目にすることがあると思います。残念ながら、日本語はほとんど見かけることはありません。

 認知症の症状として、意思疎通が難しくなる時、「言語能力」の衰えに加えて、記憶障害も原因となります。新しい記憶から支障をきたすという特徴により、後から習得した第二言語の能力が低下することで、今まで過ごしてきたコミュニティーで孤立する可能性があります。例えば、認知症の症状が出るまでは、自分の会社を立ち上げて英語でビジネスをしていたとか、隣近所の人とのお付き合いも英語で難なくこなしてきたとか、カナダ生まれの子供や孫となんとか英語で話していたという人でも、症状が進むにつれて、英語でのコミュニケーション能力が低下し、第一言語である日本語を使うことが増えてきます。在宅介護で家族に日本語ができる人がいれば、とりあえず何とかなりますが、ヘルパーさんを雇うとなると、日本語ができる人はほんの一握りに限られてしまいます。まして、介護施設に入る必要が出てきた場合、入所先でたまたま日本語のできる人に当たる確率は、万にひとつでしょう。

 認知症には、完全に治せる特効薬や、 簡単に症状を改善する方法はありません。しかし、認知症が進行し、 言葉を発することができなくなっても、寝たきりになっても、耳は聞こえます。表には出せなくても、感情はなくなりません。母が入院していた病院の先生からも、とにかく話し掛けてくださいと言われました。しかし、理解できる言語でなければ、話し掛けられてもわからないことで不安が増すことや、孤立感や疎外感を助長することになるでしょう。移民の多い国や地域では、認知症への取り組みが一筋縄ではいかないのが現状です。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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