2018年11月15日 第46号

 そこは、東京郊外の住宅街にある施設でした。神奈川との県境にある「こどもの国」の最寄り駅を降り、坂道を上り、歩くこと約10分。「DAYS BLG!」の小さな看板はありますが、ぼんやりしていると通り過ぎてしてしまうくらい、周りの住宅と区別がつきません。表には、ウッドデッキにテーブルと椅子があり、数人がおしゃべりをしています。開け放たれた窓の横にある入口を入ると、かなり広めのスペースに、大きなテーブルと椅子が12脚ほど。ゆったり座れるソファーや、ピアノもあります。もとは二世帯住宅で、ご両親がどちらも亡くなった後、「貸主」である息子さん家族が二階に住み、一階を借りて運営しているそうです。

 そのデイサービスを運営する団体の理事長にお話を伺いながらも、耳に入ってくるのは、表のデッキでの会話。どうも、話の流れがどんどん変わっていきます。種や肥料の話をしていたはずが、そのうち結婚の話になり、施設の職員と覚しき妙齢の女性に、いくつになったら結婚するのかという質問も。後からそのスタッフに聞いてみると、表のスペースに作る予定の菜園に必要な物について話していたのが、いつの間にか、自分の結婚の話に変わっていたと、笑いながら話してくださいました。

 最初は外に3人ほどだった人数が、お暇する頃には倍以上に。どこからか帰ってきた後、果物の皮を剥く人がいるかと思うと、台所で包丁を研ぐ人もいます。包丁を研いでいる方に尋ねると、包丁は、「お客さん」に頼まれた分も研ぐそうです。お茶の準備をする人もいて、一体、誰が施設のスタッフなのかよくわかりません。私が座っていた席の近くに腰掛けた方は、商社に勤め、通算5年の海外駐在の経験もある方でした。他の方にも伺うと、そこには近所から歩いて通っている人も、少し遠くから、家族の送り迎えでやって来る人もいるようです。

 名称の「DAYS BLG!」は、いろいろな想いを込め、DAYS(毎日、日々)、B (Barriers 障害)、L (Life 生活)、G (Gathering 集う場)、!(Exclamation 発信)の頭文字を取って命名されたそうです。サービスの種類は「地域密着型通所介護」で、定員は10名。特定非営利活動法人「町田市つながりの開」が運営し、若年性認知症の人が多く通っています。併設されているサービスには、「駄菓子屋」と「子育てサロン」があります。学校が終わるには時間が早く、近所の子どもたちはまだ来ていませんでしたが、大きなテーブルのある部屋の隣には、「だがしや」の看板のある、お店用の引き出しがありました。「子育てサロン」には、入園前の子どもたちが親に連れられて遊びに来るそうです。

 実は、「DAYS BLG!」については、訪問の一週間ほど前に、たまたま行った銀行の待合スペースに置いてあった雑誌の、「認知症」の特集記事に掲載されていました。既に一週間前に発売された号で、詳しく読むために、その足でバックナンバーを買いに行きました。記事の内容が興味を引いたのは、通って来る人たちが、無償ボランティアの他に、近隣のディーラーでの展示用の車の洗車作業、業務用タマネギの皮むきやチラシ折りなど、有償ボランティアとして報酬を得ていることです。(訪問中に帰ってきたのは、洗車作業に出ていた人たちです。)また、その日の作業をスタッフが割り当てるのではなく、めいめいの希望を聞いて決めていることや、施設のサービスを利用する人もそこで働くスタッフも、集まる人すべてが「メンバー」と呼ばれていることも、一般的なデイサービスとは大きく異なります。まさか、その施設を訪ねることになるとは、思ってもみませんでした。

 認知症になると、本人の意思に関係なく事が進み、どうしてもお仕着せの活動やサービスを「与えられる」ことが増えてしまいます。また、特に、若くして認知症と診断された人にとって、主に高齢者向けの介護施設には自分の「居場所」が見つかりません。「DAYS BLG!」は、そんな「居場所」になっているようでした。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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