2017年7月13日 第28号

 社会の高齢化に伴い、認知症患者が増え続けていると同時に、認知症が原因で起こる問題が社会問題にもなっています。中でも、介護をしている家族や介護施設職員に直接影響するのが、認知症患者の「徘徊」です。「徘徊」により、行方不明になり、本人の命に関わるだけでなく、他人を巻き込む事故や事件に発展する場合もあります。

 正確に言うと、認知症患者の「徘徊」は、本来の意味の「徘徊」とは少し異なります。「徘徊」の元々の意味は、「目的もなくうろうろ歩き回ること」ですが、認知症の場合、目的があって歩き回ることが多いのです。例えば、認知機能が低下しているため、今いる所を自宅だと認識できず、自分にとっての「家」に帰ろうと、家を出てしまうことがあります。また、それまで、精力的に仕事を続けていた人が 、自分がまだ現役という思い込みから、仕事に出かけるつもりで家を出てしまいます。本人は目的をもって出かけようとしているため、周囲の人が止めようとしたり怒ったりしても、なぜだか理解できず、却って腹を立てたりすることになります。しかし、最初は目的があっても、途中で何を探しているのか、どこへ行こうとしているのかを忘れ、ただ歩き続けます。認知症では、疲れの感覚も鈍くなるため、かなり遠くまで行ってしまうこともあります。

 家を出たまま行方不明になっても、無事帰宅する場合もありますが、捜索願が出された後、何十キロも離れた所で保護されることもあります。しかし、身元が分からないため、 保護された地域の自治体が介護施設に入所させる「緊急一時保護」の対象となり、見知らぬ土地で生活する認知症患者も少なくありません。保護されても、家族や保護監督権を持つ人に連絡する手段がなく、施設で亡くなるケースもあります。また、発見時に既に死亡している場合もあります。

 ご存じの方もいらっしゃると思いますが、日本で、認知症患者の徘徊が裁判に発展したケースがあります。要介護1の妻が目を離した隙に、認知症を患う要介護4の夫が線路内に入り、電車にはねられ死亡した事故をめぐり、JR東海が遺族に損害賠償を求める訴訟を起こしました。一審では、妻と長男に約760万円の支払い命令、その後の控訴審判決で、夫の監督責任を認め、妻のみに約360万円の支払い命令が出ました。

 同居している家族や、介護施設の職員が気付かないうちに出て行ってしまう場合の解決策は、基本的に、見守りを強化することしかありません。しかし、見守りにも限界があります。出て行く前に気付けるように、徘徊防止センサーやアラームなどを設置することもひとつの方法ですが、本人がセンサーに反応するキーを身につけていないと機能を果たしません。最近では、追跡用のGPS機器が普及し、携帯電話のアプリと連動させて使用するキーホルダー大の物から、月々の利用料金を支払い、機器を利用するものまで、選択肢が広がっています。ただし、いずれの場合も、本人が身につけることを拒んだり、失くしてしまうと使えません。

 認知症が原因で起こる問題は、本人の判断能力や責任能力の有無、また、介護をする側の監督責任が争点になり、対処や解決は一筋縄ではいかないのが現状です。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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