2017年6月8日 第23号

 

 

 

(左から)ジュデイス、吉川英治さん、ジェシー

 

 ガン患者を救うために143日連続で42キロ、計5373キロを走った義足のランナー、テリー・フォックスのドキュメンタリー「I Had a Dream / 僕には夢があった」(1981) は真の人間性に溢れている。

 「成績が良くなかったテリーは、猛勉強してSFU大学に入ったわ。バスケットボール部のコーチからは『来ても無駄だから来なくていいよ』って言われてたわ」と妹のジュディス。「部員25人のバスケット部で25番目のドンジリだった。すると彼は練習を重ねて一番の選手になったよ」とテリーの親友ダグ。

 「彼の足はガタガタでボロボロだったはず」、ボクサーだった私は思った。ボクシングの練習ではリスの動きよりも速くノンストップで動くため、足の裏の皮がベロリと剥けて、その状態で毎日5〜10キロのランニングとジムワークを繰り返す。雨水が入った長靴のように、歩くたびに靴の中で血の池がジュクジュクと音を立てる。痛くて歩くのもスローモーション。

 「義足を取り付けてる太ももの付け根から、ヒザをたどってシューズまで血が流れる。もう一方の足は爪が3枚剥がれた。僕は死ぬかも。風は猛烈だ。死んでも僕は幸せだ。やりたいことをやれてるんだから」東海岸のニューファンドランド島を出発して間もない頃のテリーの日記を、車で同行したダグが読んでくれた。一年はかかるであろう大陸横断の世話役を、ダグは大学を休んで引き受けた。食料を調達し、運転するバンを1マイル先に停めてはテリーを待つ。テリーは3339マイル走ったから、この作業を3339回、143日間にわたって繰り返している。「誰かが食べ物と寝床を運ばなきゃいけなくて、テリーはよく知ってる友達が必要だったんだ。(大陸横断が)できないなんて、ちっとも思わなかったさ。若い心には限界がなかったからね」とテリーの16キロのトレーニングコースを35年ぶりに走り終えたダグ。二人の「他人のためにすべてを投げ出す男」が集った人類史でもっとも美しいジャーニーが「Marathon of Hope / 希望のマラソン」。

○無理と言われてもやる

○他人のために自分をすてる

○人の悲しみ、苦しみを止めなきゃいけない

 「ガンにかかったことで、本当の生き方を知った」というテリーの言葉を「私は一番好きよ」と暖かい5月の日差しの中で、私に話す妹のジュディス。映画が撮影された1980年当時、幼なかった彼女は映画の中で二度登場し、パワフルなコメントと表情を残している。「あれは1980年7月10日のトロント。シャワー直後のインタビュー」と振り返る。

 「毎日、テリーのことを繰り返し学んでるけど、いつもフレッシュよ。彼のおかげで成長できるわ」とジュディスの娘のジェシー。死を知った時に人は本当の意味で生き始める。心の大きな人間になるのは人の義務だが、多くは小さく自分勝手になり、垣根を作る。「やるべきこと(人を思いやる)」をせず「やってはいけないこと(人の気持を無視)」だけするから世界の質は後退。テリーやマザー・テレサやマンデラが国籍や人種で差別するわけがないのに。国境とは狭い心の産物。

 テリーの才能は努力と根性に違いないが、根底のもっと重要な才能は「他人の苦しみを感じとる」こと。人の苦しみがわかると、助ける情熱が湧く。悲しみがわかると、行動を起こす。だから、彼は走れた。

(Lucky Day)

 

 

著者近影:Lucky Day 元プロボクサーで映画作家のコラムニスト

 

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