2017年2月9日 第6号
「戦争が終わったらどうなる?」「大丈夫さ。また他の戦争を始めるから」「だからこの仕事はいい。将来は保証されてる。略奪者の子孫だから」…終戦間近の軍医達の会話。
「私は科学者じゃない。そこらにいる『薄汚れた小役人』と同じだ。権力で人をコントロールしてる」…軍に雇われた物理学者ロバート・オッペンハイマー。
こうした真実のセリフが登場する映画は案の定、日本では上映禁止に。当時、快進撃中だった『キリング・フィールド』や『ミッション』のローランド・ジョフィ監督作品でも一向に関係ない。次々に新作が公開されても「知るべき事実」は、『薄汚れた小役人』たちがきちんとはじいている。仕事は何もしていないのは確かだが、余計なことはちゃんとやってる。市民のために尽くす公務員たちのおかげで庶民は天下泰平。
グローヴス将軍の軍人特有の狂気の目がすごい。「ジャップに思い知らせる。『パールハーバー』や『バターンの死の行進』を忘れるな」…演じるのは、実際にカミカゼ攻撃で戦友たちを失ったポール・ニューマン。実在のボクサー、ロッキー・グラジアノを演じた『傷だらけの栄光』(1956) でスターになったポールは、人類史上トップクラスの慈善家。「いかにお金を貯めるか」というテーマをへっちゃらで堂々と講義する人も多いが「いかに人のために使うか」を実践した彼は、莫大な契約を蹴り、ビバリーヒルズを嫌って、遥か東部のコネティカット州に住んだ。難病の子たちの病室を道化師姿で訪れてマジックを披露。去ったあとで誰かが「さっきのはポール・ニューマンよ」と言うと、みんな大仰天。自ら開発したサラダドレッシング『Newman's Own』の収益は全額寄付し、その額は500億円ほどで、今も更新中。1963年8月のワシントン大行進他にも参加し、反戦、反核。「(本人や一味が裕福だから)富裕層の税金カット」を進めたブッシュ大統領には「俺みたいな金持ちからお金を取らないでどうするんだ!」と文句。彼から浮かび上がるのは「貯めるケチ=自分勝手=原発・戦争支持」と「分かち合う=平等=反戦」する人という世の図式。
映画の後半「我々は原爆開発に技術を提供するだけ。使うのは政府と軍人」と言い逃れをする科学者オッペンハイマーのことばには無責任さが溢れる。猛毒入りの料理を作っておいて「食べる奴が悪い」?
作品中、アメリカ本土壊滅が目標の日本側の原爆開発には触れず。筆者は同計画の指揮を取っていた人物に生前会った。戦後、開発装置が東京湾に沈められるニュース映像は当時、劇場で流された。物理学者のアルバートは原爆開発の「マンハッタン計画」に大金で誘われても断わり、軍需産業には決して関わらなかった。その娘は「♫ いったい何人の人が死ねば戦争は無くなるのか♫」とボブ・ディランの『風に吹かれて』を歌い、薄汚い小役人達に洗脳された市民の目を覚まさせた。彼女の名前はジョーン・バエズ。さすがのパパには、さすがの娘。軍需企業なのを知ってて「俺は関係ない」とオッペンハイマー流言い訳を続ける人達がいなくなれば、企業は続かず、武器も作れないのに残念。
スコア担当は『ミッション』(1986) に続けてローランド監督と組むエンニオ・モリコーネ。エンニオに会った2001年7月は『Musashi』のレコーディング最中。「吉川英治の原作は本当に美しい!」との言葉に天才イタリアンの感性が溢れていた。ナターシャ・リチャードソンの沈黙の演技は『ウエスタン』のクラウディア・カルディナーレと同じ演出。出番は短いが印象に残る。脇役のエド・ローターはセリフがない。この曲者俳優にはセリフはあったはずだが、最終版でカットされたのだろう。いつか監督にきいてみよう。エド・ローターを知る人は映画通。
「戦争が終わったらどうなる?」「大丈夫さ。また他の戦争を始めるから」のセリフは世界の現実。「大事な作品を上映禁止しても大丈夫?」「もちろん。温泉とごちそう番組で大衆はハッピーさ」という見え見え作戦もスムーズに運んでる。
(Lucky Day)
著者近影:Lucky Day 元プロボクサーで映画作家のコラムニスト