2020年1月9日 第2号

作品の美しさや意図が最大限に伝わるよう、美術館では解説とともにさまざまな空間を有効に使って展示がなされている。その仕掛け人ともいえるのがキュレーターである。当地で活躍する数少ない日本人キュレーターのひとり、渡邉桐子さんが一昨年、ブリティッシュ・コロンビア(BC)州ウィスラーにあるオデイン美術館のキュレーターに就任した。

 

ウィスラーのオデイン美術館Gail & Stephen A. Jarislowsky キュレーター、渡邉桐子さん。エミリー・カー展『Emily Carr: Fresh Seeing ー French Modernism and the West Coast』の展示会場で(写真提供:オデイン美術館)

 

■芸術の世界は深く

 通っていたブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)の文化人類学博物館 (MOA)でアルバイトをしたことがきっかけで、のちに現在の職業に就いたという渡邉桐子さん。

 絵や文化作品を見るのは好きだったが、文化人類学博物館ではわからないことばかり。「勉強しているうちにそれが自分の仕事になってました」と話す。

 文化人類学科を卒業後、同大学の学芸員の修士科へ。始めのころは、英語で専門書を読み、レポートを書き、教授やクラスメート、アーティストなど専門家とコミュニケーションをとるのが大変だった。そんな中、どうやって展示作品をお客様に見せるのが効果的か、そしてアーティスト(もしくは歴史的、文化的な展示作品)の伝えようとしていることをビジュアル的に美しく、わかりやすいように見せるかを学んでいった。

 「芸術の世界は深く、今でもわからないことばかりで、理解を深める努力を続けています。それがいつの間にか美術について私が制作し、説明する立場になっておりました」

■展示を作るまで

 アーティストにとって、自分の作品を大々的に発表できる機会が展示である。その期待に応えられるよう、または超えられるように展示を作るのが、キュレーターに任された使命でもある。

 「たくさん文献を読んで、研究した内容をわかりやすくまとめて、そしてビジュアル的に魅力があるように発表しなければなりません。あちこちにある、一見つながりがなさそうなものの接点を見つけ、まとまりをつける作業です」

 多くの時間と、人々の意見、研究をまとめて展示空間を有効に使って発表する。

 「展示に関する本を合わせて出版するときは、もっとたくさんの時間と予算がかかります。子供から大人までその展示を見て、何か観点を見つけることができるようなデザインにするにはあれこれと考えます。でもそのデザインが少しずつ頭に浮かんできて、自分の中ではっきりしてきて、それが展示として形になった時にすっきりとした気持ちになります」

 作品の見せ方によって、印象はかなり変わってくる。完成した展示にアーティストが満足してくれたとき、お客様が見て喜んでくれたとき、それまでの苦労がやりがいに変わる。

■ウェストバンクーバー美術館

 カナダで初めて就いた正規の職が、こじんまりとしたウェストバンクーバー美術館だった。

 「正直、当時はあまりきちんとした英語が話せなかったのですが、小さな所だったので雇ってもらえたのだと思います」と話すが、ここで渡邉さんが手がけた代表的な展示には、ミッドセンチュリーの建築、デザインを専門にしたサルウェンプランという写真家の作品、日本のコレクターから借りて作った狂画に焦点をあてた江戸時代の浮世絵、そして、バンクーバーの美術界に深く関連したローカルの作家(ゴードン・スミス、B.C.ビニングなど)の作品展などがある。建築関連の展示やデザインに関連したプログラムも多く手がけた。

 美術館の成長とともに、キュレーターとしての知識と技術を確実に身につけ、10年が過ぎた。

■木々に囲まれたオデイン美術館

 2016年、ウィスラーにオデイン美術館が誕生。渡邉さんは2018年の夏から、キュレーターとして仕事に取り組んでいる。

 「マイケル・オデイン氏と唐沢良子氏ご夫妻のお力添えで建てられた美術館で、木々に囲まれ、ウィスラーの美しい山を背景にした洗練されたデザインです。ご夫妻が長年かけて集めた美術品を寄贈していただいたものを展示しているほか、山と海に囲まれ自然が豊富なBC州に関わりの深い、最高レベルの作品を展示しております」

 西海岸の先住民による歴史的、芸術的にも群を抜いて美しいお面をはじめ、カナダを代表する女性作家エミリー・カーの絵画や、世界を代表する数多くのBC州の現代作家の作品を常設。特別展示でも、幅広い分野で一流の作品を紹介している。

■エミリー・カーの生き様を描く

 オデイン美術館で渡邉さんが初めて手がけた展示が、エミリー・カー展『Emily Carr: Fresh Seeing ― French Modernism and the West Coast』である(今月19日まで)。 「カナダではエミリー・カーの絵画が代表的な美術館で紹介され、とてもたくさんの本が出版されております。その中で、彼女がフランスで描いた作品は今まであまり注目を浴びていませんでした。この展示はエミリー・カーがフランスに行った1910〜1911年、そしてカナダに帰ってきて作成した1912年の作品に焦点を当てています」

 それらの作品の多くが、フランスのどこで描いたものかはっきりとは詳細不明だったため、渡邉さんはエミリー・カーの研究者キャサリン・ブリッジ博士と共にリサーチをし、文献を発表。今までにはない、新しい観点で見たエミリー・カーの展示が完成した。

 「エミリー・カーがフランスで培った印象派の風景画から、光や大気の表情を強烈な色彩と激しい筆の動きの作風で描いたフォービズム(野獣派)風の作品が飾られています。エミリー・カーが100年以上も前に世界的なレベルの画家になることを強く志し、遠く離れて言葉も違うフランスに絵の勉強に行き、そしてカナダに戻ってきてからの努力や生き様を、彼女の作品を通して描いています」

 美術的なものからだけでなく、エミリー・カーが残した言葉や、先住民の環境が与えてくれるものを摂取して感謝する作者の生き方を、見てほしいという。

■カナダの国宝とも呼べる作品も

 貴重な美術品、世界にひとつしかない大事な作品を、コレクターから借りるのは容易ではない。

 「その作品を大切に扱い、ダメージを与えることなく、きちんとした形でお見せすることを保証しなければなりません。100年以上前に作られた古い作品は扱いを慎重にしなければならないし、展示をすることで傷をつけたり色があせたりしてしまうようなことがあってはなりません。私にとって、これ程規模の大きい、カナダの国宝と言っても過言ではない作品を扱った展示を作るのは初めてだったので、大変なことはとてもたくさんありました」

 予想以上の反響を得て、多くの集客につながったこの展示は、今年3月初旬から5月末までニューブランズウィック州にあるビーバーブルック・ギャラリーで公開される。

■美術界を代表するような作品を

 渡邉さんが次に手掛ける大きなプロジェクトは、日本人の現代作家、池田学さんの作品展(2021年6月に開催予定)。池田さんの作品は、以前彼がバンクーバーに住んでいたときに、ウェストバンクーバー美術館で渡邉さんがキュレーションして紹介したことがある。

 美術作品はさっと見ただけではわからないことが多いが、その作品を知り理解し始めると、もっと楽しくなってくるという。

 「今の職業に就いた一番の影響とサポートはマイケル・オデイン氏と唐沢良子氏ご夫妻です。このおふたりは私にとって人生の師であり、とても多大なサポートを受けております。このおふたりに出会うことがなかったら、キュ3レーターとして活躍できる程には成長しませんでした。そして、たくさんの方々からいろいろなことを学び、支えていただいて、今のキャリアを積むことができました」

 「オデイン美術館はまだ開館して3年ほどです。今後世界の美術界を代表する作品をどんどん紹介し、皆様に親しみを持って何度も訪れていただけるような美術館として成長していけるよう、努力していきたいと考えております」と抱負を語った。

 

渡邉桐子(わたなべきりこ)
神奈川県出身。ブリティッシュ・コロンビア州立大学(UBC)文化人類学科卒業後、同大学の学芸員の修士科を卒業。ウェストバンクーバー美術館に10年以上勤務後、2018年からウィスラーにあるオデイン美術館にキュレーターとして就任。趣味は料理とハイキング。現在は主にウィスラーに在住。

(取材 ルイーズ阿久沢)

 

ウィスラーの山々を背景に、木目が美しいオデイン美術館。世界的にも名高いパットカウ建築事務所が建築デザインを担当した(撮影:RAEF.ca)Audain Art Museum 4350 Blackcomb Way, Whistler, BC V8E 1N3 audainartmuseum.com

 

オデイン美術館で必見! ハイダ族酋長でアーティストのジム・ハート氏による彫刻作品『The Dance Screen (The Scream…)』(撮影:Bob Frid)

 

キュレーター、渡邉桐子さん近景(撮影:ルイーズ阿久沢)

 

 

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