2019年11月7日 第45号

通常、発達障害者の家族にかかる負担は非常に大きい。ケアする立場にいる人が、ストレスから心身の不調に至らないようにするには、どんなことに気をつければ良いだろうか。

『ケアする人のためのケア』と題されたワークショップが9月28日、Twinkle Starsの主催のもと、ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー市のDDA(Developmental Disabilities Association)にて行われ、14人の参加者があった。(メディアスポンサー:バンクーバー新報)

講師は、カリフォルニア州で臨床心理学博士修士・サイコセラピスト(BC州におけるレジスタード・クリニカル・カウンセラー)として資格・経験を持つゴディン裕子さん。

ゴディンさんは、発達障害を持つ家族がいる中で育ち、それがいかに家族に影響するかを体験してきた。自身の体験談をも交えながら、セルフケアの必要性とその方法を精神医学的にも少し掘り下げ、分かりやすく解説した。

講義の終了近くには、簡単に緊張が取れるエクササイズ(プログレッシブ・マッスル・リラクゼーション)が10分ほど行われ、参加者全員がリラックスしたあと、プログラム後半のピアサポートに移った。ピアサポートではソーシャルワーカーのヒロミさんと弊紙でコラム『人生のレシピ』を連載中のBC州臨床心理療法士・加藤夕貴さんの介助があった。

 

(右から)ワークショップ主催者のバーンズちぐささん、講師のゴディン裕子さん、会後半に行われたピアサポートの介助に入った加藤夕貴さんとヒロミさん

 

鬱のサインを見逃さない

 最近、北米で正式な医療診断名となった『バーンアウト(BURNOUT/燃え尽き症候群)』。バーンアウトの状態は、他に水を注ぎ続けて、補充がないまま空っぽになってしまったグラスにも例えられる。この状態が心身の健康へと大きく影響し、『気分障害』や『不安障害』、大きな『鬱病』などの心の健康や体の不調に至ることがある。

 過剰な不安や心配が続く、落ち着かない、過度の緊張や神経の昂り、疲れやすい、集中できない、睡眠障害などは、『不安障害』の兆候でもある。

 鬱にも不安障害と同様に、憂鬱、もの悲しさ、劣等感、絶望感のような気分の低下や食欲減退、他には飲酒量の増加などの兆候が表れる。今まで楽しんでやってきたことや好きなことに対して意欲や関心が湧かなかったり、絶望感を感じたりするのは『鬱病』の大きな危険信号であるといってよいだろう。

 鬱にかかり出すと寝つきが悪くなり、睡眠時間が減少する。そして、睡眠時間の減少により脳内伝達物質のセロトニン分泌が衰え、更に鬱状態が悪化するという悪循環が起こる。

 鬱は脳内セロトニンの不足やアンバランスから起こるもので、セロトニンレベルを上げると改善されることも証明されており、心や性格が原因で起こるものではない。

 孤独や疎外感/社会的援助の不足/大きなストレスとなった人生経験/遺伝的な鬱の傾向/良好でない夫婦関係・人間関係/経済困難/幼少時に受けた虐待やトラウマとなった体験/飲酒やドラッグ乱用/失業/健康問題や常に痛みがある状態、などが鬱の危険因子となりやすい。

 

鬱とカサンドラ症候群

 『アスペルガー症候群』は、自閉症スペクトラム障害の中に位置づけられる、いわゆる高機能の自閉症障害と捉えられている。アスペルガーの人は特定の分野への強いこだわりを示し、運動機能に軽度の障害が見られることもあるが、知的障害や言語障害を伴わず集中力もあるので社会的に成功を収める人も多く、障害とは気づかれないことが多い。

 夫婦やパートナーの一方にアスペルガー症候群があると、アスペルガーではない方への影響は大きい。適切な相互間の意思疎通がはかれないことなどによる自信の喪失や情緒不安定、罪悪感や恐怖感、鬱状態、体の不調に至る可能性がある。これは『カサンドラ症候群』と呼ばれる状態で、配偶者やパートナーに原因があるとは気付かない人もいる。 現在、『カサンドラ症候群』は、正式には精神疾患ではなく対人関係による症状(状態)として捉えられている。

 

セルフケアの必要性とその方法

 セルフケアとは意識的に自分の気持ちを見つめ、自己中心的な意味ではなく、自分を労わることである。グラスが空っぽ(燃え尽きた状態)にならないうちに毎日少しずつ水(エネルギー)を注ぎ満たしてあげることである。(マリア・バラッタ博士による)

 セルフケアをすると気分が前向きになり、不安な気持ちが減少する。また、自分を理解し、一歩距離を置いて自身を見つめなおすことができ、その結果、他者との関係もスムーズになり深まる。何か問題が起こっても立ち向かうエネルギーが湧き、自分を守ることもできる。また、自分が願う最高の状態で、自己を輝かせることができる。セルフケアは誰にとっても必要だ。

 セルフケアではまず、自分の限界を知ることが大切だ。日々の生活では必要な睡眠をしっかりと取ることから始め、心と体の休め方を学ぼう。そして、体に必要な栄養素がしっかりと摂取できるよう健康的に食べよう。セルフケアができると、一日を通して常に落ち着いた気持ちでいられるようになり、感情の起伏が激しい時のような無駄なエネルギーの消費もなくなる。

 何か問題が起こったときには、自分ひとりで抱え込まないで他にも相談する・任せるなどして重荷を軽減することが大切だ。身近に相談できる人がいない場合には、コミュニティなどの公的機関に頼ることもできる。常に自分と向き合う時間を作るように心がけ、自分が好きなことや手近に楽しめることを見出だし、それをできるだけ日々の生活に取り入れよう。自分自身が良い状態、できれば最高の状態になれてこそ他へのケアも可能となる。自分自身を愛し、癒してあげる時間を作ろう。

 セルフケアの方法については、良質な睡眠、エクササイズ、ヨガ、リラクセーション(プログレッシブ・マッスル・リラクセーション)、メディテーション、一人の時間を作る、家族やパートナーとの時間を作る、笑いがあふれる時間を持つ、NOリストを作ってみる、日記をつけてみる、ポジティブ日記をつけてみる、ハッピーメモリーを紙切れに書いて残す、定期的に健康診断・歯科検診を受けること、などが挙げられる。

 

良質な睡眠のためにできること

 鬱にかからないためにも、まずは体内時計のリセットをはかりたい。良質な睡眠をとるためには以下のような方法がある。

  1. 毎日同じ時間にベッドに入り、同じ時間に起きる。就寝時間が遅くなった翌朝でも起床時間は変えない。
  2. ベッドルームの明度を落とし、薄暗く静かな空間を作る。
  3. 寝付けない時も、7〜8時間は目を閉じている時間を作る。例え、眠っていなくても、見ることによる刺激をシャットダウンしていることが大切。
  4. 夕食は軽く済ませ、就寝前にはなるべく食事を控える。
  5. ベッドに入り15分から20分経っても眠たくならない場合には、一旦起きて脳が休まるようなこと(例えば読書をする、温かいミルクを飲むなど)をして、眠くなってからまたベッドに戻る。
  6. パソコンや携帯電話、アイパッドなどからはブルーライトによる脳への刺激を受けるので、ベッドルームに持ち込まないようにする。
  7. 携帯電話は引き出しに入れるなどしてスクリーンライトが視界に入らないようにする。
  8. 昼寝をしない。カフェインを摂らない。アルコールには刺激作用も含まれるので、就寝前の飲酒は避ける。
  9. なるべく毎日エクササイズをすると良いが、エクササイズの直後はセロトニンレベルが上がるので就寝前は避ける。
  10. 睡眠日記をつけて、自分の睡眠パターンなどを分析する。

 

NOリストを作成する

 例えば、以下のような『NOリスト』を作成してみてはどうだろう。自分一人の時間を大切にしたい。

  1. 夜9時以降はメールのチェックをしない。
  2. ランチやディナーの時には電話に出ない。
  3. 行きたくない集まりには無理していかない/行く回数を減らす。
  4. 問題解決の必要がある時は、パートナーと話し合う時間を決めて、それ以外の時間には口論にはならないような工夫をする。
  5. 夕食のテーブルに携帯電話やアイパッドを持ち込まない。

 

プログレッシブ・マッスル・リラクセーション(漸進的筋弛緩法/ぜんしんてき・きん・しかんほう)について

 漸進的筋弛緩法は、サイコセラピーの中でもよく使われる手法である。人間はストレスが溜まっていたり、体が強張った状態に慣れてしまうと、体に力が入った状態と抜けた(リラックスした)状態の違いが分からなくなってしまう。そこでリラックスした状態から逆の動き、つまり筋肉を数秒間極度に緊張させ、一気に力を抜いてリラックスできている状態を知るのがこの手法である。良質な睡眠を確保するためにも是非とも取り入れてみたい。

 深呼吸のあと、息を吸って体の各部分を数秒間緊張させ、一気に息を吐くとともにリラックスさせる。順番は、手のひら→手首(前後に)→二の腕→両肩→眉間→目の周りと鼻の付け根→口→首の後ろ→首の前→胸→背中→腹→尻→太もも→足首(前後に)。時間があれば各部分を数回ずつ繰り返すと良いだろう。

 日々忙しい中でも、ちょっとした工夫を凝らすことにより、自分の時間を持ち、自身を見つめることもできる。常にエネルギーに満ちた最高の自分自身となって、明日への活力を養っていきたいものだ。

(取材 中村みゆき)

 

挨拶の言葉を述べるバーンズちぐささん

 

講義中のゴディン裕子さん

 

分かりやすくユーモアに富んだ講義により、あっと言う間に過ぎた1時間20分

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。