★インタビュー「バンクーバーでの研究を通して」
佐藤氏は2011年6月からUBCで研究をしている。川と森の関係を研究していることで知られる同大学森林学部教授ジョン・リチャードソン氏の下で研究をやりたいとUBCを選んだ。
専門分野は保全生態学。特に在来サケ科魚類を対象とし、川に生息するサケ科の渓流魚をどのように守るかを研究している。しかし、生息域の保全は川の中の研究では解決しないのではないかとの考えから、川と森の関係に注目するようになった。
中でも、その関係性の中に寄生虫が大きく関わっていることに行き当たった経緯はこうだ。ある時、研究していたサケ科の魚が捕食していた虫にある一定の法則があることに気づいた。渓流魚が陸生昆虫を捕食することは知られているが、ある季節に同じ種類の虫を多く捕食している。それらの虫は森の木から落ちてくるが、ただ単に「落ちてくる」という定説に納得がいかない。何かあるはずだと、そこから虫を調べ、寄生虫の存在に行きついた。どうやらこの寄生虫が大きな役割を果たしているらしい。
これが講演の中でほぼ主役を務めた寄生虫「ハリガネムシ」。このハリガネムシは「カマドウマ」というバッタ目カマドウマ科の虫に寄生する。そしてある時期になると脳をコントロールして水に飛び込ませるということをやってのける。自然の営みの不思議に驚くばかりだが、「自分としては、それらの魚たちを守っていく時に川と森のつながりを研究することで、これまで数字として具体的なデータがなかったこの分野で貢献していきたい」と語った。
日本で研究している時は何も手を加えないで自然を観察しているという研究が多かったという。しかし、「サイエンスという世界では実験を加えて自分の仮説を証明するということが必要と感じていました」。そこでUBCのジョン・リチャードソン氏の研究室が行っている川と森を対象とした実験の数々を知って「日本ではできないことをできると思った」。サケを観察することが好きで、バンクーバーでもサケの遡上を見て興奮したという。自然を満喫するのが趣味で、フィールドワークも楽しいと話す。
在籍2年目の今年は、川と森が季節的にどう係り合っているかを実験する。これから気候変動などが起こり得る中で、サケ科魚類の南限地域である日本で「季節が変わった時に川と森のつながりがこんな風に変わるというのがあれば、究極守りたいサケ科の魚がどんな風になるか示唆を与えられると思うんです」と佐藤氏。
「川の上流というのは人間の体で言えば、毛細血管みたいなもの。小さいけれど全長にすると全体の半分以上を占める。そこで起こることは森はもちろん下流域にも影響があるはずなんですね」。
小さな寄生虫の存在は、川、森、そして里、海へとつながる問題解決の糸口を持っているのかもしれない。こうした研究は1年や2年で完結するものではなく、長いスパンが必要となる。「森林管理については日本はこれから本当に真剣にやっていかなくてはいけないと思うので、渓流魚の生態系保全だけでなく、森林管理へもこの研究が少しは貢献できるのではないかと思っています」と語った。
★講演「川と森に及ぼす『ハリガネムシ』の役割」
講演内容はハリガネムシに関する日本での研究に焦点を当て要約して紹介する。
「ハリガネムシ」は大きいものでは長さ30センチにもなる長い紐のような寄生虫で、森の虫に寄生する。サケは秋になると「カマドウマ」を多く捕食し、その中に「ハリガネムシ」が寄生していた。
この寄生虫に着目し、文献を調べると、ハリガネムシは宿主の昆虫の脳をコントロールして、川に飛び込ませることが分かった。これを「寄生虫によるホストの行動改変」という。ある時期、つまり自分の産卵時期になると行動改変を起こすことも分かった。ハリガネムシは1年で複雑な一生を送る。水中で産卵し、孵化したあと水生昆虫に寄生し、水生昆虫の羽化と共に陸に上がる。そこで陸上昆虫に寄生し、産卵期になると水中に戻ってくる。そのため、宿主をコントロールし川に誘導する必要が出てくる。
そこで、この寄生虫が川と森のエネルギー流を大きく変える可能性があるのではないかということに着目。そして「カマドウマ」と「ハリガネムシ」の関係が本当に川と森をつなぐ重要なプロセスとして成り立っているのかを証明する。
方法は、森から川に落ちてきた昆虫類のうち、ハリガネムシが寄生していたもの、そうでないものの数を調べ、エネルギー単位で推定。さらに魚が捕食する一日当たりのエネルギー量も推定した。寄生がカマドウマの行動を変えたのかを調べるために、森の中と川の中のカマドウマの寄生率も調べた。
その結果、川の中のカマドウマの寄生率は約90パーセントと高いが、森では約30パーセントにとどまった。魚の年間エネルギー量の60パーセントが寄生された虫によるものであることも分かり、寄生されていない虫はわずか22パーセント。川に生息する昆虫類は18パーセントだった。これで量的にもハリガネムシが川と森をつなぐ上で重要なことが分かった。
では、それが生態系全体にとってはどんな役割を果たすのだろうか。
実験は、川に落ちる虫の量を操作する方法で行われた。その結果、カマドウマが川に入ってこなくなっただけでも、その期間、魚は川の中の昆虫類を多く捕食するようになった。そのため、川の虫の量が3分の1ほど減少し、その影響で、藻類の量が増え、川の中に落ちている葉の分解速度も減速した。
この実験から、ハリガネムシが生態系からいなくなると、カマドウマが川に入らなくなり、そのせいで川の中の生態系全体が変わってしまうということが明らかになった。
では、こうして説明してきたハリガネムシの研究成果が、森林管理にどのように貢献するのか。ひとつは、空間的な観点で、もう一つは、時間的な観点で重要であることが分かってきている。
空間的な観点からは川からどのくらい森を残すと川と森のつながりが維持できるのかという点。去年からUBCで調査中で、ハリガネムシのように複雑な生態を持つ生き物から見えてくる新たな森林管理の提言を目指している。時間的な観点では、日本の植林政策において、皆伐から生態系が完全に回復する時間軸がこれまでの常識よりもさらに長いスパンで必要であることが分かってきており、今後、川と森のつながりを考えた森林管理の時間スケールを提唱できるといえる。
自分自身は大学の頃から、魚を守りたいと調査研究を続けてきた。そこから少し視野を広げて、川と森のつながりを保つような管理をしながらサケ科の魚が暮らせるようなことがしたいと思っていた。ハリガネムシというこれまで知られていなかった複雑な生物が、川と森をコントロールし、人間が森を大きく変えてしまうことで大きな問題を抱えることを研究してきた。
自分は川の生態学者だが、川と森のつながりを考えながら、川と森を一つのシステムとして守っていくような森林管理のあり方に少しだけ自分の研究でも貢献できればと考えている。
佐藤拓哉氏ホームページ http://ryuiki.net/sato/index.html
(取材 三島直美)