2018年11月1日 第44号

2001年から弊紙にエッセイ「外から見る日本語」を連載している矢野修三さん。今年7月26日号で連載200回を迎えた。矢野さんは自ら日本語を教えるだけでなく、日本語教師の養成にも長く携わっている。エッセイでは、日本国外で日本語を教える立場だからこそ気がついた、日本語というものの素晴らしさや不可思議さを紹介してきた。矢野さんにこれまでの歩みを振り返ってもらうと共に、今後の展望を聞いた。

 

矢野修三さん

 

これまでの連載を振り返って

 「2001年から始まって本当にこんなに長く続くとは思ってもみませんでした。5年、10年、15年と掲載を続け、確かにいろいろ苦労はありましたが、エッセイを読んでいただいた方からの反響がとてもやりがいにつながっています。特に「良かったよ」「おもしろかったよ」などと言ってもらえるとすごく励みになって、まだもう少し頑張ろう…と、そんな気になりますね。また自分の記録として残せるので、これまでの歴史を感じることができ、とても役立っています。それに文章を書くということはボケ防止になるのではと思っていますので…」

 

ネタさがしは大変なのではないかと…。

 「生徒さんから聞いたことなんかが多いです。その多くは上級者からの質問とかコメントからです。日本語教師養成講座の上級クラスを受けて、日本に帰国後、日本語教師として働く人から『こんな質問をされて困りました』と寄せられるということもあります。

 日本語学習上級者からの質問には驚くことが多いです。日本のビジネス社会には『始末書』というものがありますね。この言葉について、ある上級者からどうして『始末』と書くのかという質問を受けました。それで、事の次第を始めから終りまで説明するということ、みたいな説明をしたんです。すると『火の始末』『後始末』という言葉を出してきて、『この言葉の場合、終わりにすることなのだから、始めは関係ないんじゃないでしょうか』と。この質問には困りましたね。日本人はこういうことに疑問を持たないと思うんですよ。大阪弁では倹約することを『始末』という表現もあるそうです。これはまた不思議ですよね。

 『雨に降られた』という言い方がありますね。日本語教師養成講座の授業でも、受け身の使い方のひとつとして『雨に降られた(から困った)』という言い方を教えましょうと、紹介していたんです。ですが、7年ほど前に講座を受けた20歳前後の女性が、そんな言い方はしないというんです。『雨はコントロールできないから』という。いろいろ聞いてみると、最近の30代より下の世代はこの表現を使わないようなんです。この間も、日本の高校生に英語と日本語の違いなどを話す機会があったんですが、気になったので『雨に降られた』という言い方について聞いてみたところ『使わない』、『古文を読んでいるみたいだ』と言うんです。意味が分からないという子もいたくらい。ではなんと言うのかと聞くと、例えばハイキングに行ったときに『雨が降ってきて困った』と言ったり、『雨だった』で終わりだというんです。ここで考えさせられるのは、日本語教師として、ここで学ぶ生徒さんに『雨に降られた』という言い方を教える必要はあるのか、ということです。ほんとに言葉って時代に連れて変わるんだなと思いますね」  

 

言葉を教えることは文化の違いを教えることでもありますね。

 「エッセイの第1回目で『家庭と会社とどっちが大事』という表現について書いたんですよ。カナダに来たばかりの時、日本とカナダの人の会社に対する考え方が違うことに気がついたんです。日本人は『会社に行く』と言うが、こちらでは『go to work、仕事に行く』と言うんですね。私が日本でサラリーマンをしていた頃や、その前の世代にとっては、会社というものは大切な存在だったんです。今はそれほどではないんでしょうけど。カナダ人には『家庭と会社とどっちが大事』という質問そのものが理解できないらしい。この2つは比較対象にならないんですね。

 日本人には会社と家庭はどちらも『内』の存在なんです。『内』とは家族とかで、『外』はそれ以外の人たち。日本語で誰かに会ったときの挨拶には『おはよう』『こんにちは』『こんばんは』があるけれど、会社の上司に『おはようございます』は言えても『こんにちは』とは言えないですよね。実は『こんにちは』や『こんばんは』は『外』に対する挨拶であって、『内』に対するものは『おはよう』しかないんです。農耕民族であった日本人にとって家族というものは、朝に顔を合わせたらその後はずっと一緒にいることが多いというわけで、それ以外の挨拶が必要ではなかったということですね。この『内』と『外』の感覚は日本人独特の文化なんだと思います」

 

今後の抱負などありますか。 

 「(『外から見る日本語』の連載を通して)日本語を広める手伝いをしたいなという気持ちはあります。このエッセイの対象は主に日本の方ですが、(そういう人たちにとって)なんとかおもしろいトピックを見つけて、もうしばらく続けてみたいなと思っています。ただ、ネタ集めがやっぱり大変で…。

 最近は、日本の大企業でデータ改ざんなどといった不正が発覚するケースが増えています。日本人はもともと『うちの会社』ということからわかるように会社に帰属する意識が強いんでしょう。『内』である自分の会社の悪事は隠したい気持ちが出ちゃうんでしょうね。昔はそうした帰属意識が日本の企業の強さだと思っていたけれど、そうでもないと思うようになってきました。今の若い人たちはもうそんなに会社に思い入れは持たなくなっていますね。それはそれでいいんじゃないかなと思います。変わっていった方がいいところ、守っていきたい良いところ、カナダとの文化の違いなど、いろいろと見えてきますね。そういうことも外から日本を見ているから感じるのかもしれません。そして日本語を教えているから見えてくるということも大きくて、日本語の素晴らしさに気づくことができたと思います」

 

日本語の奥深い世界を探究

 矢野さんは現在、日本語教師養成講座を活動のメインにしているという。いま講座を受けている人は実に353期生というので驚きだ。今回のインタビューでは、日本語教師養成講座の一端を体験。矢野さんは、「ここでこの例を出して、ここを生徒に答えてもらい、それからこちらを解説して」というように、実にわかりやすく説明する。日本語を教えるためのヒントが満載、そして教えるということの楽しさを感じることができるような授業だ。 

 日本語教師になろうとは思ってなくても、カナダで暮らしていると日本語や日本文化に興味を持つ人と知り合って、日本語について説明したいと思うこともあるかもしれない。また、養成講座のような専門的な内容ではなく、もっと気軽に日本語に対する知識を深めたいと思う人のために、新たに「外から見る日本語講座」を開講した。「日本で20年間のサラリーマン生活を経て、1988年に日本語教師に、そしてカナダに移住して23年、日本語教師としてバンクーバーで感じたことをお話します。母語である日本語をじっくり外から楽しく眺めてみませんか。正に『目からうろこ…』ですよ」と矢野さんは話す。講座の内容は、挨拶の文化的背景、日本語と英語の違い、形容詞の豆知識、文化あふれる動詞、など。母語である日本語を外から見て、その不思議さや奥深さを感じることのできる興味深い話がたくさん聞ける。

 「日本語教師養成講座」や「外から見る日本語講座」の詳細は矢野アカデミーのウェブサイトを参照(www.yano.bc.ca)。

お問い合わせ/電話:778-834-0025 メール:This email address is being protected from spambots. You need JavaScript enabled to view it.

(取材 大島多紀子)

 

 

日本語教師養成講座授業中の矢野さん。少人数制なのできめ細やかな対応が可能で、アットホームな雰囲気も魅力だ

 

読者の皆様へ

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