2018年10月18日 第42号
10月5日、ブリティッシュ・コロンビア州リッチモンド市内のJTBインターナショナル・カナダ社で日本語認知症サポート協会主催の第一回おれんじカフェ・リッチモンド「遠距離介護の心得-これだけは知っておきたい、日本の現状- 」(メディアスポンサー:バンクーバー新報)が開かれた。
講師は、弊紙に連載したコラムが記憶に新しい、アメリカ・ワシントン州で27年ソーシャルワーカーとして働く角谷紀誉子さん。
日本に住む高齢の親が心配。でも遠くにいて何ができるのか、どこから始めればいいのかわからない。そんな思いを胸に参加した約65人が、講師の話に聞き入った。
角谷紀誉子さんと著書「遠隔介護ハンドブック」(Amazon Americaで購入可)
遠隔介護ハンドブック
冒頭で、在バンクーバー日本国総領事館(後援)より児玉隆司領事が「個人的にも大変興味があり、今日のお話を楽しみにしてまいりました」と挨拶した。
講師の角谷紀誉子さんは「1988年に日本を出た私は老人ホームしか知らず、介護保険が何かも知らない。デイサービス、デイケアの違いもわからない。ショートステイって何ですかって感じでした。今はたくさんの種類の施設がありますが、ウェブで調べてもその違いがわからずに、パニック状態になりました」と話す。シアトルでのセミナー開催をきっかけに小冊子を作り、このたび『遠隔介護ハンドブック』を出版した。(以下、講演より要約・抜粋)
遠隔介護の心構え、3つのポイント
1.元気なうちに「親の希望」を聞いておく
日本に住む親の問題というのは、いつか来るのだけど、まだいいかなみたいなところがあると思います。
親が急に入院したケースがあります。元気になってから自宅で生活できるのか、または施設に入れたほうがよいのか。子供たちが親を一軒家から自分の近くのマンションに引っ越しさせたケースでは、始めはよかったが、そのうち親は庭仕事が恋しくなりました。お年寄りになってからの引っ越しは、ストレスになります。親がどういうところに住みたいか、日ごろから希望を知っておく必要があります。
2.家族間で「意見」を合わせておく
母がひとり暮らしなのですが、私は元気なうちから入れる老人ホームを、妹は高齢者用アパートを勧めました。母は、その両方に「それもいいかもね」と言って意見がまとまりませんでした。そのとき日本でケアマネージャーをしていた人が3時間かけて母と話してくれたら、母の希望は「やっぱりここで暮らしたい」だったんです。
コミュニケーションって難しい
家族で話すのはすごく大変なことです。親の世代の人ってそんな話は縁起でもないとか、まだ大丈夫だとか言います。海外に暮らす子供が帰ってきてそういう話をすると、遺産目当てじゃないかと思われることもあります。
家に住み続けるならヘルパーさんを呼ぼうと言うと、他人を家に入れたくないと言うし、よその家では娘さんが同居してくれるそうだと言われたり、なかなか話が進みません。
日本人は言霊(ことだま)主義なので、本当のことは言わないんですね。アメリカに長く住んでいるとイエスノーをはっきりさせることが自然に身についてしまい、顔色を見たり話をごまかすとかいうことがわからなくなります。一時帰国していることであせったりせず、読み取る力、観察力が必要になってきます。できるだけ親が元気で平和なときに「2年先にこういうのも必要かもしれない」みたいに話し合っておくといいです。
日本人は海外に住む人のことを、大きな家に住んで車も2台。よく日本に帰国する。金持ちに違いないと思うらしく「また帰ってきたの?いいご身分ね」と嫌味を言われることがあります。そんなことはないと説明するよりも、そう見られていることを認識して話したほうがいいと思います。
いざというときになると、いろいろな思いが出てきて、兄弟姉妹から「お前はあのとき頭金もらっただろう」とか「自分は公立なのに私学に行かせてもらった」など、やっかみも出てきます。日本では兄弟の立場、家族の役割みたいなのが決まっています。親のことで兄弟喧嘩したくないので、感情的にならないように意見を出し合うのがいいでしょう。
3.ここから始めてみませんか?
国際結婚している人が家族やお子さんを連れて日本に帰ると、その人たちのバケーションになってしまうんです。親は何がうれしいかというと子供との時間なんです。だからひとりで帰国し、時間を共有することが大切です。日本に帰る費用というのは必要経費で、ぜいたくではありません。結婚相手がハッピーでいることで家庭も丸くなるわけです。
家族との会話を始める、見聞を広める
地域包括支援センターというのがあります。その地域に住んでいるお年寄りが、よろず相談できるところで、ケアマネジャー、社会福祉士、保健師がいます。介護保険を利用して何かするときの、関所のようなところです。地域によっては名称が違うところもあります。「そんな年寄りじみたところには行きたくない」という人がいるので、古い映画を上映したり、大学のマンドリンクラブが演奏したりなど、参加しやすくしてあります。
施設入居は国の負担が大きいため、今、日本ではなるべく自宅にヘルパーさんを頼んだり、こういうセンターを利用してもらおうという動きがあります。「お父さん行ってね」と言っても絶対行きませんから、帰国したときに一緒に見学してみてください。
介護保険
医療保険を使えばどの医者にもかかれますが、介護保険というのは申請しなければなりません。医者の診断を受けて、介護1とか介護2という認定がされます。子どもが代筆する場合は三文判でいいので、判子を作っておいてください。
飲んでいる薬を記載する『お薬手帳』というのもあります。私の母は持って行くのを忘れて毎回新しいのを作ってもらい、何冊も持ってます(笑)。
海外生活者が気をつけたいこと
日本の制度やシステムをある程度知っておくことが必要です。『介護老人保健施設』というのがあり、それは家と病院の中間のようなもので、3カ月で家に帰すためリハビリに力を入れています。
病院や医者が家族にしか教えない情報もあるので、そういう人といい関係を持ちましょう。兄弟姉妹は親を検査に連れていくために仕事を休まなければならない、送迎に費用もかかります。お嫁さんが親の面倒を見ている場合、気に入らなくても感謝して“お金出して、口ださず”を心がけましょう。医療費は必要ないと言われたら、直接介護してくれている家族に「温泉にでも行ってね」などと、お金を渡してあげるといいでしょう。
いずれ入るかもしれない施設がある場合、帰国のたびに何か持っていって挨拶し、印象づけておくといいと思います。
結婚のときに親に反対されて海外に出た人もいると思います。親の介護のときに名誉挽回しようと張り切っちゃう人がいますが、それは自分のニーズです。あくまでも親が何をほしいのか、何がしたいのかを汲みとってあげることが親孝行だと思います。
海外で苦労しているとか、わざわざ介護に来てくれたとか、なかなかわかってくれる兄弟はいません。それは期待しないで、自分のためにやっていると思ったほうが気分的に楽です。こういうセミナーで知り合った人と話したりして、あまりひとりで抱え込まないようにしてください。
親の介護をする頃って、年齢的に体がきついんですよ。自分の体調を整え、精神状態を健全にしておくことも大切です。
終了後の感想
参加者からは「わかりやすく話してくれて良かったです。親が元気なうちに勉強しておこうと思いました」「海外に住んでいる自分がどうみられているか客観的に教えていただけたことは、日本の家族とのコミュニケーションに役立つと思う」、また協会役員からは「海外に住む私たちは、親、兄妹、親戚と「遠距離介護」は、避けては通れない問題。念願だったこの重い課題を明るく提供できたことは、私共にとってもうれしいことでした。今後も、必要な方に有益な情報がお届けできるよう、研鑽を重ね、取り組んでいきたいと考えています」との感想が聞かれた。
(取材 ルイーズ阿久沢)
角谷紀誉子(かくたに・きよこ):
アメリカ・ワシントン州認定ソーシャルワーカー。サクセス・アブロード・カウンセリング代表。著書に『在米心理カウンセラーが教える、留学サクセスマニュアル』(アルク社)、『遠隔介護ハンドブック』(クラウドファンディングで出版)など。
『日本語認知症サポート協会』
2017年2月設立の非営利法人団体。毎月『おれんじカフェ・バンクーバー(認知症カフェ)』を開催。今年2月にリッチモンド支部を設立した。
講演に聞き入る参加者たち
(左から)日本語認知症サポート協会の福島誉子さん、杉浦留奈さん、バンクーバー総領事館より児玉隆司領事、ガーリック康子さん、辻奈緒子さん