2018年9月20日 第38号

日系人の遺産を後世に伝える表示板設置プロジェクト「日系人強制収容75周年記念表示プロジェクト」。 第7回は9月7日、ロードキャンプ地があったホープ-プリンストン・ハイウェイで除幕式が行われた。 同日、ここから近い日系人収容所があったタシメ(現サンシャインバレー)では、収容所時代を再現したタシメ博物館の拡張を記念したオープニングセレモニーが行われた。

この日は朝から秋晴れとなったサンシャインバレー。タシメ収容所やロードキャンプでの強制労働に関係した人々や家族が多く式典に参加。表示板の写真や博物館の展示品などを見ながら当時の様子を語り合った。

 

ハイウェイ3の休憩所に設置された表示板の前で記念撮影

 

◆知られざる事実 ハイウェイ建設への強制労働に光を当てる除幕式

 ロードキャンプ跡地とされる場所で行われた除幕式。現在でも多くの人が利用するハイウェイ3(クロウネスト・ハイウェイ)のホープから約10キロメートル東にある小さな休憩エリアに表示板は設置された。

 このハイウェイのホープ〜プリンストン間が、強制移動政策による日系人男性を強制労働として利用して建設されたことはあまり知られていない。

 当時カナダ政府が実施した日系人の強制移動は1942年2月に、このハイウェイ建設への強制労働のための移動から始まった。

 ハイウェイ建設強制労働の対象は18歳から45歳までの男性で、約1700人が約3年半働かされた。電動機械のない時代、ショベルやつるはしを使っての作業だった。劣悪な労働条件と安い賃金での強制労働。日系人男性にとって最もつらかったのは家族と引き離されていたこと。そのため1943年には近くのタシメ収容所に住む家族を訪ねることが許された。戦争終了後はブリティッシュ・コロンビア(BC)州政府が業者にハイウェイ建設を依頼し、133キロメートルのハイウェイが完成したのは1949年11月だった。

 式典では、同プロジェクト実行委員会委員長ローラ・サイモトさんが、自分の両親から収容所の様子は聞いていたが「ロードキャンプのことはほとんど知らなかった」と紹介。こうして表示板がハイウェイに設置されることで、多くの人の目に留まり、もっと知られるようになると語った。

 タシメ収容所で幼少期を過ごした実行委員会委員のひとりハワード・シモクラさんは、「なぜ日系人が強制収容されなければならなかったのか」を考えると、当時の差別主義な政治家たちによる「国家の安全」を盾にした恐怖心を煽った行動が原因だったことが今になればよく分かると語り、日系人収容はカナダの暗い歴史であり、今回のプロジェクトで少しでもそこに光が当たり、これからの教訓になればいいと思うと語った。

 今回は当時ヤードクリーク(レベルストーク-シカモス)ロードキャンプでの強制労働を経験したカズ・ヨネムラさん(95歳)も出席した。当時は1世や2世がキャンプにたくさんいたと振り返った。この日の式典に「思ってもいなかったので、すごく嬉しいです。こんなことは一生に一度、誰にもあることじゃないからね。ほんとに感謝しています」と喜んだ。

 BC州政府からはボーウィン・マ議員が出席した。当時のBC政府の働きかけによって22000人の日系人が強制移動させられた事実があったことを改めて認識し、BC州の暗い歴史の一部分としてこれを教訓として、差別ない将来へ生かしていけることを願うと語った。

 今回初めて参加したという在バンクーバー日本国総領事館多田雅代総領事代理は、「この形にまで持ってくる皆さんの情熱と努力に、ほんとに感動しています」と語った。BC州の日本人もこの事実を知らない人がたくさんいる、もっと知ってもらえるようになればいいと思うと語った。

 

◆日系収容の現実を再現して後世に伝えるサンシャインバレータシメ博物館

 除幕式のあと、タシメで博物館の拡張を記念したオープニングセレモニーが行われた。タシメ博物館を立ち上げたライアン・エランさんがあいさつ。多くの人々の協力があったからこそここまでできたと感謝した。

 あまり多くを語らないエランさんだが、あいさつのときには涙ぐむ場面も。子供の頃からよく知るテラニシ家の人々も駆けつけてくれて「すごく感動してしまった。多くの人にオープニングを祝福してもらったけど、ここまで来られたのはたくさんの人の協力のおかげです」と笑顔を見せた。

 当時2600人が生活していた収容所の中では最大だった、タシメの日系収容所を紹介するタシメ博物館は、当時の品々や写真を展示しているほか、収容所生活の部屋も再現している。建物自体は1930年代に建てられ1942年には精肉店だったもの。それを博物館へと変身させるには相当の努力が必要だったはずだ。フレーザーバレーディストリクトの協力も大きいと話す。

 そして、まだまだここで終わりではないという。今回は博物館の拡張と敷地内に当時の連邦警察(RCMP)事務所も移動して公開した。どちらの建物も窓枠や壁など当時のままの姿を残している部分が多い貴重な建築物だ。

 現在は年間を通して毎週土曜日に開館している。2017年は約1200人が訪れたが、今年はすでに1500人を超えているという。

 周辺の学校関係者はもとよりバンクーバーからもツアーが組まれるなど、興味を示しているコミュニティが増えてきたとうれしそうに語る。次のプロジェクトは、当時の幼稚園の建物を敷地内に移動させて見学できるようにすること。まだまだたくさんやることがあると笑った。

 

◆日系人の遺産を後世に引き継ぐために

 今回のプロジェクトは、昨年が日系人強制収容から75周年だったことを機に始まり、強制収容の事実を伝える記念表示板を、元収容所6カ所とロードキャンプ3カ所に設置する。主催は日系人強制収容75周年記念表示プロジェクト実行委員会。BC州政府運輸・インフラ省が協力している。

 始まりは2016年に当時のBC州自由党政権による日系人歴史遺産登録事業。そこから実行委員会が記念表示板設置プロジェクトへと発展させ、政権が新民主党(NDP)に交代してもプロジェクトは引き継がれ、今年9月28日に一応の完結をみる。

 7回目の式典が終わり、あと一つとなったことに実行委員長サイモトさんは、「ほんとに感謝の言葉しかないです」とうれしそうに語った。日系社会が一つになってやってきたプロジェクト。それぞれのコミュニティの協力も得て、すっかり一つのファミリーのようになったと話す。

 タシメ博物館のエランさんも実行委員会メンバーの一人。こうして日系の遺産がBC州全体に広がっていけばうれしいと語った。二度とあってはいけない差別による政府の政策。全ての日系人の人生を大きく変えた日系強制収容政策は今度も教訓として後世に語り継がれていくカナダの歴史の一部として捉えられることを願っていると語った。

 

◆日系人強制収容75周年記念表示プロジェクト式典とこれから

 プロジェクトの式典は8カ所で行われ、昨年10月27日のタシメ(現サンシャインバレー)が第1回。第2回は今年5月11日リルエット地区の自立収容所、第3回から5回までは6月15日に3カ所、スローカン広域地区・ニューデンバー・カスローで行われた。第6回は州内陸部南部のグリーンウッド。最後は9月28日にロードキャンプ跡地レベルストーク・シカモスで行われる。

 実行委員会では今年末まで寄付を募っている。表示板制作と設置は州政府が負担するが、式典は実行委員会で負担している。

 寄付金は式典の費用とされるほか、余裕があれば今後の教育プログラムに充てられることになっている。

 来年には、このプロジェクトで設置された表示板やタシメ博物館を巡るツアーも予定されている。

 

寄付の受付先
オンライン寄付サイトはこちら:http://bit.ly/2AiWLNN
チェックでの寄付の場合: Nikkei National Museum & Cultural Center 75th Anniversary Legacy Signage Project; 6688 Southoaks Crescent Burnaby BC V5E 4M7
電話による寄付:604-777-2122
サンシャインバレー・タシメ博物館:http://tashme.ca/

(取材 三島直美)

 

 

少年期に経験した強制収容は自身の人生に大きな影響を与えたと語るシモクラさん

 

実行委員会の貢献と協力した多くのボランティアの皆さんに敬意を表したいとあいさつする多田雅代在バンクーバー日本国総領事代理

 

設置された表示板に見入る参加者たち

 

タシメ博物館のオープニングセレモニーで。エランさん(左)を紹介するサイモトさん

 

元は精肉店のタシメ博物館外観

 

第1回記念式典で設置されたタシメを紹介する表示板とその奥にタシメ博物館

 

博物館の中を見学する実行委員会委員リンダ・カワモトさん(左)とロードキャンプ経験者ヨネムラさん

 

収容当時の部屋の中を再現した博物館内の展示

 

 

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