原子力とは
「原子力」とは原子核が反応することによって生じるエネルギーのことである。原子核が反応するとはどういうことなのか?
まず、原子とは陽子と中性子から成る原子核と、その周辺を回っている電子(負の電荷)から構成されている。原子核と電子は静電気力で引き合っているが、原子核内は強い力(学術用語)で固まっている。強い力は静電気力の数百万倍大きい。この強い力で結ばれている原子核が何らかの反応で分裂することを核分裂といい、同時に大きなエネルギーを出す。これが原子力である。
同じ元素ならば、原子核の陽子の数は同じだが、中性子の数が異なるものがある。同じ元素で中性子の数が異なる原子を同位体(アイソトープ)という。核内の陽子と中性子の数は質量数で表す。例えば、ウラン235とは、元素であるウランの原子核の陽子(92個)と中性子を合わせた数が235のウラン同位体であり、ウラン238はそれらを合わせた数が238のウラン同位体のことを指す。原爆や原発の燃料となるウランで核分裂するのは235である。
ウランの核分裂
ウランの場合、ウラン235の原子核に中性子が当たると核が二つに分裂する。分裂した核はどちらも放射性物質で、ヨウ素131やセシウム137がその代表である。分裂と同時に2〜3個の中性子が放出され、熱を発生する。この時放出された中性子がさらに別の原子核に当たり、また中性子を放出し、熱を発生し、二つの放射性物質となり…と連鎖反応を起こす。この繰り返しの核分裂で発生した大量の熱を使って発電するのが原子力発電である。こうして放射性物質も作り出される。
ウラン濃縮
天然ウランに含まれるウラン同位体はウラン235、238がほとんどを占めている。その中でも、235はわずか0・7パーセント。しかし、ウランは性質上、235は核分裂を起こすが、238は核分裂を起こしにくい。原爆、原発、どちらにしても核分裂を起こす235が必要となる。そこで、ウランを燃料として使用するために235を増やす「濃縮」という操作が必要となる。原子炉の場合はウラン235の割合を3〜5パーセント、原爆の場合は20〜50パーセントまで高める。先ほどのウランの核分裂の仕組みにより、ウランの濃縮度が高いほど、連鎖反応が速く起こり、エネルギー量は大きくなる。
原子炉の場合は、濃縮度を低くし、核分裂を適当な速度で起こすようにコントロールされている。
広島・長崎の原爆と福島原発の比較
以上、これまでが原子と核分裂に関する基礎知識となる。「原子力」とは人為的にウランの核分裂を促進することにより作り出されたエネルギーのこと。ここからはその影響について聞いた。
日本は原爆を受けた世界最初の国であり、放射能を語る時、広島・長崎の原爆被害と比較することが多い。
広島に落とされた原子爆弾で燃やされたウラン235は約1kgという。それであれだけのエネルギーを発した。(長崎に使用されたのはプルトニウム。プルトニウムは核分裂の時にウラン238から放射性物質と共にできるが、ここでは詳しくは触れない)
一方、現在日本の標準的原発100万kWの原子炉1基で1日に燃やされて(核分裂を起こさせて)いるウラン235は3〜4キロ。1日に原発1基で広島の3倍を燃やし、3倍の放射性物質を作っている計算になる。1年間では約1000発分に相当し、その量は1トンにもなる。放射性物質の量も増え、廃棄物も増え続けている。
放射性物質の脅威
人間には放射性許容量があると主張する人たちがいる。落合博士も地球上の自然界に放射性物質が存在するというのは事実で、人間に許容量があることも事実と言う。しかし、「だから少々の放射性物質なら大丈夫というのは問題」と語る。許容量以上を取り入れた時、どう反応するのか学術的にはまだ解明されていないからだ。そして、「私は許容量外の余裕はそれほどないのではと思っている」という。生物は余分な能力を急激に開発し、適応するようにはできていない。原子力は開発されてまだ100年も経っていない。
今回、福島で起きた原発事故で放出された放射性物質の量が正確には把握できていないことは、人体に及ぼす影響がどれくらい出るかわからないということになる。
広島や長崎の場合、エネルギー量は、爆風50パーセント、高熱35パーセント、放射能15パーセントで、熱風やその場で大量の放射線を浴びた急性放射線症の影響まではわかっているが、低放射線量の影響は原因と結果がなかなかはっきりしない。それで今でも苦しんでいる人たちがいる。「放射能の影響に対するデータはまだまだ不足している。人類が納得できるだけのデータがない」そう主張する。情報源としての機関、国際放射線防護委員会(ICRP)の情報には科学的根拠が乏しいことが最近の報道で明らかになった。放射性物質の脅威は、目に見えない、臭わない、感じないというその特性だけでなく、影響力の不明確性も伴っている。
環境への影響
原発が推進された背景には、原子力の平和利用と環境への配慮がある。しかし、これもまやかしに過ぎないと語る。
発電時に温室効果ガスである二酸化炭素を排出しないというのは事実。しかし、それだけでは地球温暖化防止に貢献しているとは言えないという。
根拠は3〜4キロのウラン235から出る熱量(これは簡単に計算できる)と発電量を比べると電力に変わっているのは熱量全体の約3分の1。あとは環境に熱として放出されている。直接的に環境を熱している。さらに、ウランの採掘や濃縮など原子炉に燃料を運ぶまでの過程で電力をかなり使用する。こうした点を考慮すると原発の地球温暖化抑制効果はほとんど期待できないというのが落合博士の見解だ。
日本の役割
福島原発事故で、事故が起こった場合の放射性物質の放出が注目されたが、上記した通り、核分裂をしていれば事故が起こらなくても放射性物質はもちろん作られ続けている。燃料が燃え尽きた後も主成分のウラン238は残り数十億年にもわたり放射線を出し続ける。しかし、燃えた後の燃料の廃棄方法はいまだ確立されていない。人工的に作り出される放射性物質は人体の許容量をはるかに超えている。こうした化学的考察により、人為的に放射性物質を作り続けることは人類や地球上の生命にとって自殺行為であると落合博士は結論付ける。その他にも、事故が起こった時の人的、精神的被害や補償などの経済的負担、電力と引き換えに抱える人類の負債はあまりにも大きく原子力は決してエネルギーの解決策とは言えないと言う。
「私は絶対に止めるべきだと思う」。落合博士はそう主張する。世界的には電力を必要としている人々がいて、工業化による経済発展を目指している発展途上国では大量の電力が必要不可欠であることも事実で、そうした国で原子力が利用されることも理解できる。
しかし、日本は福島を経験し、エネルギーを考え直すきっかけとして、この機を逃さず自然エネルギーに力を入れることが重要だと語る。
世界に核の危険性を訴えられるのは日本であり、クリーンエネルギーを主力エネルギー源として国を動かしていけることを証明できるとすれば、それもまた日本であると思うと語った。
今回のインタビューでは、去年11月にUBCの人類学博物館で行われた落合先生の講演会記事で化学的知識が乏しいかったために誤った掲載をしたことをきっかけに、化学の初歩からレクチャーを受けた。「原発事故は化学の基礎が分からないと理解するのが難しい側面もあるから」と丁寧に教えてもらったが、実際インタビューのあと事故記事を見直すとその仕組みがよくわかる。最先端技術というのは知識がない人間にとってはわかりにくい。しかし、手を伸ばせば分かり易く解説してくれる専門家もいるし、情報もある。「理解したうえで、国民一人ひとりが意識を持って、国の政策を動かしていく」。これがこれから必要だとも博士は語った。
(取材 三島直美)
プロフィール:落合栄一郎氏
1936年東京生まれ。工学博士。UBC、トロント大学、米国ペンシルバニア州ジュニアータ大などで教鞭を執る。ペンシルバニアではスリーマイル島原発事故から2年後に約100キロの所に住んでいた経験も持つ。現在はバンクーバー在住で「憲法九条を守る会」などの運動にかかわっている。東大卒。