国際結婚増加の中でのハーグ条約
2007年の厚生労働省人口動態調査によれば、日本人女性と外国人男性の婚姻数は、外国での婚姻が約8700件、日本での婚姻が約8250件だ。国際結婚が増えるにしたがい、結婚が破綻した際に、配偶者や離婚した元配偶者に了承を得ず、日本人が子どもを日本に連れ帰るケースが増加している。あるいは逆に日本に暮らす日本人の配偶者に無断で、外国籍のパートナーが日本国外に子どもを連れ出すケースもある。
日本の民法では離婚後は両親いずれかの単独親権、それも養育を主に行う母親が獲得することが多い。しかし、カナダでは夫婦ともに親権を持つ、共同親権が一般的だ。
無断での子どもの国外連れ出しは大問題
「カナダや米国の国内法では、父母のいずれもが親権または監護権を有する場合、または、離婚後も子どもの親権を共同で保有する場合、一方の親が他方の親の同意を得ずに子どもを連れ去る行為は、重大な犯罪(実子誘拐罪)とされています」(在カナダ日本国大使館ウェブサイト)とあるように、パートナーに無断で子どもを連れ帰ることは、カナダや米国では大問題だ。
たとえ実の親であってもカナダの刑法違反で、14歳未満の子どもの連れ去りでは10年以下の禁錮刑等が規定されている。「カナダにおいては(中略)、父母の双方が親権を有する場合に、一方の親権者が、14歳未満の子を他方の親権者の同意を得ずに州外に連れ出すことは刑罰の対象となる可能性があります。」(在バンクーバー日本国総領事館ウェブサイト)
「カナダに住んでいる日本人の親が、他方の親の同意を得ないで子どもを日本に一方的に連れて帰ると、たとえ実の親であってもカナダの刑法に違反することとなり、カナダに再渡航した際に犯罪被疑者として逮捕される可能性があります。また、実際、居住していた国に再渡航した際に逮捕されるケースが発生しています。」「また、一方の親が単独親権を持っているとしても、他方の親がAccess(子との面会交流権)を持っている場合、その親の同意なくして日本に連れて帰れば、同様に逮捕される可能性がありますし、日本へ連れて帰るのではなく、他の州へ引っ越す場合でも、適用される可能性があります。」(在バンクーバー日本国総領事館ウェブサイト)という。そして、実際に、逮捕されるケースが発生しているようだ。
隣の米国においてもFBIのウェブサイトで『parental kidnapping』について調べると、日本人と見られる女性が数人登場する。批准されていないことから、子どもをパートナーに無断で日本へ連れ帰る人もいるが、相手の国では犯罪行為であることも認識すべきだろう。
日本人母が実子に会えなくなるケースも
逆に、「原発事故を理由に、日本人と結婚した外国人が子どもを連れて母国に帰るケースが出始めている」(1月5日付け朝日新聞)という。米国籍の配偶者が、子どもたちを連れて里帰り中に東日本大震災が起こり、日本に戻ってこないケースが紹介されていた。子どもを連れ戻すのに有効なハーグ条約を日本は締結していないことから、子を奪われた母親は八方塞がりの状態だ。
バンクーバー新報でもおなじみのSpecht & Pryerのロバート・プライヤー弁護士も、日本で暮らしていた子どもを、配偶者に無断でカナダに連れ出された女性のお手伝いをしたそうだ。カナダでは配偶者の了承なく、子どもを連れ出すのは違法だが、日本がハーグ条約に加盟していないため、RCMPなども動くことはなかった。女性が子どもを取り戻すまで、長期化した。「国際結婚が増える中で、日本人の配偶者が子どもを奪われるケースも増えてくる可能性は高いと思います。」(ロバート・プライヤー弁護士)
進む締結に向けての準備
ハーグ条約については2011年10月時点でG8諸国では日本以外の全ての国が締結している。これらの状況の下、2011年5月に、日本政府は閣議で、原則として元の居住国に子を迅速に返還するための国際協力の仕組みや国境を越えた親子の面会交流の実現のための協力を定めた「ハーグ条約」の締結に向けた準備を進めることを決定した。現在、条約を実施するために必要となる国内法案について検討を行っている。
子どもの返還手続などについては法務大臣の諮問機関である「法制審議会」において、子どもの返還申請の窓口となる中央当局の在り方については、外務省の「ハーグ条約の中央当局の在り方に関する懇談会」においておのおの議論中だ。ただし、締結・施行の時期については、「条約及び国内担保法は本年の通常国会に提出することを目指し、現在作業を進めています。他方で、実際の締結時期や効力の発生の具体的な時期は未定です。」(在バンクーバー日本国総領事館)
現在、決まっているのは、外務省に設定される「中央当局」は、
1・外国などからの子どもの返還に関する援助の申請について
(1)子どもの所在の特定
(2)子どもに対する虐待その他の危害を防止するため、必要な措置を講ずる
(3) 子の任意の返還又は当事者間の解決をもたらすための助言
(4)司法上の手続を含め日本の国内法制につき必要な情報を提供
2・子との面会交流に関する援助の申請に対する必要な事務を行うことなどだ。
また、9月30日、法務省がまとめた、ハーグ条約の締結に向けた、ハーグ条約を実施するための子の返還手続などの整備に関する中間案では、「子に重大な危険があること」があった場合には子の返還を拒否するとしている。具体的には、①子が元の居住国に返還された場合、子が申立人(連れ去られた親)から身体に対する暴力またはこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動を受けるおそれや、②子と共に帰国した相手方(連れ去った親)が子と同居する家庭において子に心理的外傷を与えることとなる暴力などを受けるおそれがある等の事情があった場合があげられている。
締結するとどう変わる?
条約は国際結婚が破綻して一方の親が無断で子供を国外へ連れ去った際、いったん子を元の居住国に戻して子供の親権問題を決着させることが原則だ。締約国はハーグ条約を締結していれば原則として「子供を連れ去られた親から子の返還申請の申し出があれば、不法に連れ去られた子の所在を確認して元の居住国に返還する」義務を負うことになる。
例えば、先に紹介した大震災後日本への帰国を拒否されているケースでは、まずは子どもは日本に戻されることになる。他方、カナダで暮らしていたものの、日本人女性が国際結婚の破綻で子どもを日本に連れ帰ったとすると、カナダに戻される。その後は一般的に元の居住国で、子どもの監護権をめぐって裁判が行われる。ただし、条約上子どもの利益を最重要として、子どもへの危害を防止するため、返還拒否も可能であり、日本の国内法でも規定がおかれる予定だ。
ハーグ条約の締結で、「国際結婚で離婚した場合、子供をつれて帰れなくなるのでは?」という懸念もあるようだが、現在でも、子どもを連れての里帰りでは空港で質問を受けることがある。そこで、「子どもを連れて一時期里帰りすることは私も認めています」などという内容の署名入りの手紙を用意するのも一案だ。
締結にはまだ時間がかかりそうなハーグ条約だが、在バンクーバー日本国総領事館では、「ハーグ条約に限らず、何かお困りのことがありましたら総領事館の領事相談まで電話かメールでも結構ですのでご相談ください。当地には、家庭の問題、虐待に対する人権の面からの対応を行っている団体及び機関が多くあり、中には日本語で対応してくれる機関もあります。また、あなたのお子さんは、相手の方のお子さんでもあります。問題の兆候が見え始めたら、総領事館ホームページのリンクも参考にして速やかに各種団体・機関にご相談されることをお勧めいたします」とアドバイスしている。
(取材 西川桂子)