2017年8月10日 第32号
人生で初めて経験する出産にサポーターがいれば安心であるように、あの世への旅立ちを目前にした時、本人の思いに沿って、必要な援助を提供する専門家がそばにいれば心強いに違いない。 本人の望み通りに最期が迎えられるよう、多岐にわたる援助を行うエンド・オブ・ライフ・ドゥーラのアンダーソン佐久間雅子さん。雅子さんにドゥーラの仕事を学ぶきっかけや、ドゥーラの具体的な仕事について話を聞いた。
誕生と同様、大切な死を、正面から向き合って準備する大切さを語るアンダーソン佐久間雅子さん
雅子さんは長年ソーシャルワーカーとして病院に勤務。現在はシニアのメンタルヘルス部門で、患者や家族に関わって仕事をしている。こうした公的な業務の傍ら、近年雅子さんが個人で取得したのがエンド・オブ・ライフ・ドゥーラの民間資格だ。出産の際、妊婦のサポートに当たる「バース・ドゥーラ」のように、個人のリクエストに応えて、依頼人やその家族をサポートするのがエンド・オブ・ライフ・ドゥーラの役割だという。
ーエンド・オブ・ライフ・ドゥーラという職業に興味を持った理由はどんなことにありましたか?
私が日頃ソーシャルワーカーとして仕事の対象にしている方たちが高齢者であり、人生の終わりに近づいているため、よく「死」について話をすることになります。
また病院勤務だった時には、臨終への立ち会いも仕事の一つでした。そうした中で、死期の迫った方たちが死に正面から向き合って、安らかな最期を迎えられるよう準備してもらえたらという願いが高まってきたのです。
ーソーシャルワーカーとして臨終を見てきて、印象に残っている事例を紹介してください。
やりきれないのは、怒ったままで亡くなっていった方ですね。生前、やり残したことが多々ありフラストレーションや怒りが強かったのです。その思いを家族に向けて亡くなられたため、周りの家族も責められたままで、やり場がない。本人、家族、どちらにとっても、終止符を打つことのできないままになってしまいました。せっかくここまで生きてこられたのにと残念でなりませんでした。
その姿とは対象的に、ご本人が死を覚悟し、希望通りの形で最期を迎えられるよう準備し亡くなられた方がいらっしゃいました。とても信心深い方で、家族一人一人に感謝の言葉を残されました。「この世で私の義務はもう終わったので、もう一方の側に行きますから心配しないでね」と言われて、とても安らかに。死ぬとはこういうことなのか、と私自身学びになりました。
ー臨終も人それぞれですね。
後者の方のように死を受け入れている方はとても穏やかです。「私はもう旅立つだけだから無理して病気を治そうとしたくない」と語って、思い残すことのないよう、次のところへ行く準備をされていました。
逆に死は恐れる対象のみと捉えている方は、死が受け入れられず、ものすごく抵抗されます。すべての答えが科学にあると信じ、「薬を飲めば治るはず」と考えているため、病気が治らないと悩み続けます。そして最後まで死に近づきたくないと、苦しみ続けるため、死の準備ができないまま亡くなっていかれます。そうした姿を見てきて、私たちの人生の中に自然な流れとして誕生があり、そして死がありますから、その死が皆にとって受け入れられるものであればいいなという思いが強くなりましたね。病気を治す努力をしなくて良いという意味ではありません。安楽死のすすめでもありません。必ず自然な流れとして来る「死」を否定せず、受け入れ、幸せな最期を迎えられるように準備すべきということです。
ーそうしてエンド・オブ・ライフ・ドゥーラのトレーニング受講に至ったということですが、その仕事内容はどのようなものなのでしょうか。
死が近いと分かった時、精神的、肉体的、感情的に、皆さんそれぞれが望む安らかな最期を迎えるためのお手伝いをするのが仕事です。最期を迎える方に寄り添い、医療的サポート以外のケアを提供することにより、今までの人生を受け入れ、次の世への旅立ちの準備をお手伝いすることが目的です。例えば、医療以外の方法による肉体的な苦痛の緩和、死への不安や恐怖の軽減、人間関係の修復、看取り、さらに死後のボディーケア、葬儀等のアレンジ、ご家族へのサポートなどになります。幸せな最期を迎えるための精神的なことから事務的な事柄までサポートをしていきます。
ー幅広い援助ですね。肉体的な苦痛の緩和のためにはどのようなことを行うので すか。
医療が行うこと以外の、マッサージやレイキ、セラピューティックタッチのような代替セラピーや、呼吸法や瞑想指導などをご本人の希望に合わせて行い、それらを通じて痛みの緩和を図ります。
ー死への不安や恐怖の軽減はどのように?
どのように死への恐怖や不安を軽減するといいかを、ご本人と相談しながら考えていきます。その方法は人によって違いますね。
例えば対話を通して恐怖を軽減することにした場合、ドゥーラから「あの世はあると思いますか」といった形で、宗教に関わらず、その方自身が抱いている死についての信条を本人に伺っていきます。そして、その方の信条に寄り沿って、次の世界に行く移行の仕方を一緒に考えていくようにします。あるいは、その恐怖自体が何であるかを探求していきます。例えば、やり残したことがあるとか、残していく人がどうなってしまうのか考えると怖いとか。その恐怖を軽減できるようご本人と寄り添って考えていきます。
ー人間関係の修復もドゥーラの仕事の一つということですが。
まず人生の中で、その方自身に思い残すことがあれば、思いを残さないようにするにはどうしたらいいのかを一緒に考えます。その中で人間関係での確執があれば、それにどうやって取り組んでいったらいいかの計画を立てて、それに取り組むことをサポートしていきます。それには必ず許しが必要でしょうし、許しには勇気が要ります。難しく大変なことですが、それをどうやって乗り越えていくかですね。
ーさらに葬儀といった死後のことも相談に乗るのですね。
希望にあわせ、死後のボディーケアからお葬式の手配までします。
ーエンド・オブ・ライフ・ドゥーラが生まれてきた背景をどう見ていますか。
昔はコミュニティがあって、出産も死も周りの人たちがサポートしていたけれども、時代が変わってコミュニティがなくなってきたために、バース・ドゥーラやエンド・オブ・ライフ・ドゥーラという職業が現れたのではと思いますね。さらに、近年、孤独死を迎える方たちもいらっしゃいます。独居の方たちが誰にも看取られることなく最期を迎えることがないようにサポートしていくのも エンド・オブ・ライフ・ドゥーラの仕事です。孤独な方たちが生き、その最期を看取り、その存在を尊重することはとても大切なことです。
ー先ほど雅子さんが「自然な流れとして死があり」と語った通り、誕生と死は同じ自然の摂理でありながら、それぞれへの準備の姿勢は、まるで違う人が多いものですよね。
そうなんです。人が生まれてくる時、「誕生」の準備をします。それと同じように「死」にも準備が必要なのです。どんな死を迎えたいのか、そのための準備を考え、実行することは、その人の生き方の反映になりますし、死期を迎える前に行えば、生き方の見直しにもなりますね。
ドゥーラのトレーニング中、お友達にどんなふうに死にたいかを伺って相談に乗ったのですが、皆、家族や周りの人との愛にあふれた関係の中で息を引き取りたいと話されていました。そうした話を伺って、私自身、今のこの人生の中で、人間関係を大事にしていきたい思いが高まりました。
ー世の中には「死ねばすべて終わり、だから考える必要もない」といった考え方をしている方もいるでしょうね。
科学的に肉体だけのものとして死を見たら終わりですが、死は終わりではないですね。
先ほど例に出した、家族に感謝の言葉を残したおばあさんのことですが、その方の死後、ご家族にお会いした時、もちろんおばあさんの死を悲しんで泣かれるのですが、おばあさんとの楽しい思い出を話してくださって…。肉体は亡くなっているけれども、心の中で無くなってはいない。亡くなることは無くなることじゃないという存在の永遠性を強く感じました。
亡くなり方は残された方のグリーフに影響します。亡くなったらそれで終わりというわけではないんですよ。自分の希望通り亡くなっていくということは残された家族も助けることになるので、すごく大切なことだと思います。
End of Life Doula
アンダーソン佐久間雅子(さくま・まさこ)さん
連絡先 This email address is being protected from spambots. You need JavaScript enabled to view it.
2001 年よりソーシャルワーカーの仕事を通じて患者や家族のサポートに当たっている。エンド・オブ・ライフ・ドゥーラの資格を取得後、死期の迫っていない人に関しても死について考えておく大切さをますます感じ ている。
(取材 平野 香利)