2017年2月23日 第8号

今、「オンセン」という言葉が北米で知れ渡り始めている。その背景には、マイク佐藤氏の活躍が大きく寄与している。北米の温泉開発交渉で「オンセン」という新しいコンセプトをBC州政府に最初に提示したのが佐藤氏である。

佐藤氏は大学を卒業後、世界38カ国を放浪してカナダに辿り着き、25歳でトロントで起業。この30年は、北米での温泉開発事業に携わっている。300カ所以上のアメリカの温泉を巡り、カナダでも88カ所の温泉を訪れ、「カナダで最も多くの温泉を踏破した人物」として広く知られている。時にはヘリコプターに乗り、時には熊に遭遇しながら、北米の秘境の温泉に挑戦する行動力とその温泉の知識から、北米の地質学者や温泉関係者の間では、『ミスター・ホットスプリングス』と呼ばれている。現在、ハリソンミルズのゴルフ場で温泉掘削中の佐藤氏を訪ねて、最近のカナダの温泉事情を聞いた。

(前号からの続き)

 

 

オカナガン湖畔で鉱泉調査をするマイク佐藤氏

 

カナダの温泉、現状は…

 こうして黙認されてきた源泉かけ流しだが、娯楽の多様化や交通網の発達で、北米でも温泉旅行の仕方が変化してきた。1970年代後半からヒッピー文化の影響などで、温泉地の自然の豊かさにこだわり、不便でも、本物の温泉を求める入浴者が増えた。そして旅行者が温泉に求める要素が変化し、観光地にある商業温泉プールよりも、大自然の中で湯煙をあげている簡素な野天風呂の人気がでてきた。そして大自然の中の「ほったらかし温泉」がアウトドア・レクリエーションの選択肢になり、源泉かけ流しのスタイルが娯楽として定着してきた。

 その結果、比較的アクセスのよい野天風呂には、年間何万人もの入浴者が訪れ、週末は芋の子を洗うように混雑する温泉地も出てきた。管理者不在の温泉では、かけ湯のマナーが確立してないので、入浴者が汚れをそのまま持ち込む。そうすると水質の悪化や、入浴者の飲酒や不注意による水死などの人身事故も発生してくる。

 これまでの野天風呂の規模と施設では、増加するビジターの要求に対応できなくなってきた。衛生局も方針を変更し、人気のある温泉には条例に基づいて、安全性を最優先した対応をとるよう動き始めた。衛生局が一度、大自然の中の野天風呂に介入したら、その判断には責任が伴う。事故があれば訴訟になるので、公衆の利用が安全であると判断できるだけの、自然の雰囲気を損なわない最小限の改良を命じなければならなくなる。

 ちょうどこの時期にバンクーバー島の州立公園内で、プール法との難しいすり合わせが必要になる温泉開発が持ち上がる。ところがプール法があるので、ブリティッシュ・コロンビア州パーク管理局は新しい野天風呂の改良工法を見いだせないでいた。なぜならば、厚生省のプール・エンジニアの「自然」の定義は厳格で、プール法にはほとんど抜け道がなかったからだ。彼らが温泉を視察調査して、「川遊び状態」と判断すると、「bathing beach」と見なされる。「bathing beach」と認定されれば、プールや浴槽の改装に関して保健所の建築許可は必要なく、源泉かけ流し方式を維持できる。しかし、プール法の適用が妥当と判断されれば、温泉プールになって源泉かけ流しは維持できない。北米は訴訟社会なので、このバランスが難しくなる。「bathing beach」というのは、もともと川遊び程度を想定しているので、認められる改良は源泉の近くの巨石や川石の再配置程度に限られていた。これでは排水菅も設置できず、衛生局の要求するような水質の維持や浴槽の清掃も難しくなる。プール法は上手にできていて、利用者の安全性を考慮した改良を自然の湯だまりに加えると、すぐに自然現象で形成された湯だまりや川遊びの域を超えてしまう。

 

ニッポンブランドとしての「ONSEN(オンセン)」

 そこでBC州パーク管理局では、80年代後半には、大自然の中の野天風呂の改良と管理システムの斬新なアイデアを求めるようになった。自然の雰囲気を損なわずに、巨石をふんだんに使った日本の秘湯の露天岩風呂をベースにした、新しいコンセプトの「Japanese Style Hot Springs Pool :ONSEN」をニッポンブランドとして提案したのが佐藤氏である。それまで一般的と思われてきた温泉プールとワイルドな野天風呂の中間となる、建物や設備は質素ながら、清潔で管理された鄙び系入浴施設のアイデアだ。それまではカナダの温泉開発というとバンフやハリソンのような温泉プールしかなかったので、余計な設備のない天然観光資産のような新しい開発コンセプトは、パークレンジャーや温泉愛好家、先住民などから、最適案と高い評価をされた。「bathing beach」はかなり特殊な自然環境と歴史的条件に恵まれた温泉で、湯量豊富な自然湧出泉の巨石の野天風呂が対象で、ただ日本の温泉に近い演出をしても、厚生省のエンジニアを説得できるほど甘くはない。「bathing beach」に認定されるのは大変困難である。佐藤氏がカナダで最初にプール法の適用除外にした、ミーガークリーク温泉などは、BC州林産省のレクレーションサイト(準公園)にもかかわらず、州厚生省の交渉に4年もかかり、最後は両省の大臣が協議して閣議決定「Order In Council(枢密院令)」したほどだ。源泉かけ流しの野天風呂建設に、BC州の閣議決定が必要など、日本では想像できないような難しさだ。

 しかし佐藤氏はあきらめずに、岩に錐もみで穴をあけるような地道で粘り強い交渉力で、その後の野天風呂開発では、「bathing beach」と認識される、この基準をベースにし温泉地の地形条件や先住民の意向に沿いながら、基準を少しずつ拡大解釈、プール法の修正に影響を与えるような改修も手掛けるようになった。

 そしてこの「源泉かけ流し野天風呂(Flow-Through Hot Springs Pool)」を佐藤氏は「ONSEN」と宣伝して、その後の国立や州立公園内の野天風呂の改良のコンセプトに定着させた。このコンセプトは、自然の景観にこだわる温泉ファンや公園関係者に大歓迎され、かけ流し野天風呂が、この30年で十数カ所オープンした。さらに、この十数年はネットで簡単に温泉情報を入手できるようになった。一般の観光客でも、大自然の中のかけ流し野天風呂のほうが、入って気持ちが良いという。ONSENの人気が高いので商業温泉の経営者や、保健所の関係者からも、商業温泉施設にすることが可能かという問い合わせもある。ところが、これはプール法の適用を免れるためのコンセプトなので、日本風といっても、実際に日本にある露天風呂とは工法が異なり、カナダのほうがより自然に近い野天風呂となっている。日本で一般的なコンクリートと石の組み合わせや檜風呂などでは、完全な人工建造物になってしまうからだ。

 佐藤氏がまだ苦闘中なのが、カナダの商業温泉施設に「ONSEN」のアイデアを取り入れることだ。商業温泉では、ユーコン州のタキーニ温泉(Takhini Hot Springs)がテストケースとして、日本風の小さな露天岩風呂を造る計画をしている。岡田前在バンクーバー日本国総領事もユーコン州視察のたびに、首相や観光大臣に日本風の露天風呂の良さを話して助力してくれた。ところが、観光大臣が賛同しても環境保健局は、温浴施設は風情や見栄えが良くても、プールが法律に基づいて建設され、清潔で安全でなければ意味がないという立場で、4年経過した今も建築許可が下りていない。

 佐藤氏は 「温水プール」とも違う、新たな「ONSEN」の概念を普及させようとカナダやアメリカで奮闘している。佐藤氏が掲げている目標は、北米で「ONSEN」の概念にもとづく商業温泉施設を普及させ、もっと多くのカナダやアメリカの人に親しみを持って温泉に入ってもらうことである。そうなれば近い将来、「プール法」が改正され、北米の温泉施設も変化できる。現在はカナダだけではなく、アメリカと合わせて十数件ものコンサルティング依頼を受けている佐藤氏。BC州ではウィスラーやハリソンミルズで温泉発掘のボーリングをしており、自然に湧き出たものではないものの、北米での新たな温泉の開拓に今日も尽力している。温泉というものは国によって定義は違えど、疲れた身体を癒すなど、その目的は共通している。一つでも多くの温泉が誕生することによって、カナダも世界に誇れる温泉大国として知られる日も、そう遠くはないかもしれない。

 

マイク佐藤氏は語る

 BC州では温泉 (ホットスプリングス)と表示できるのは「MINERALIZED WATER: COMM. POOL」という水利権(Water Licence)を保持している施設だけなので、その有無を調べれば本物の温泉であるかどうかは簡単にわかる。北米では環境行政や水利権の関係で、日本のように偽装温泉を営業するのは難しい。しかし日本人の旅行関係者、雑誌記者、ネット情報発信者などで、スパや「日本風のお風呂モドキ」の施設を「ONSEN」と間違って発信する例がよくあり、かえって温泉に対しては日本人のほうが「井の中の蛙」状態の傾向がみられる。

 例えばカナダには千カ所以上のスパ施設があるが、その99%はエステサロンで、温浴施設のあるスパは1%もない。そのわずか1%の中で、源泉が温泉や鉱泉なのは6施設で、温泉がBC州に4カ所、鉱泉と掘削温泉が、サスカチワン州にそれぞれ1カ所あるだけだ。もちろん温泉や鉱泉が源泉の施設はカナダの東部にはなく、カナダのスパ施設の99%は上水道、井戸水、川の水を使用して、温泉や鉱泉とは関係ないので、日本人がSPAを温泉と直訳しているネット情報などを見ると、もう少し勉強してほしいと思う。

 一般論としてスパ施設の名称での簡単な見分け方としては、温泉が源泉の場合は「Harrison Hot Springs Resort & Spa」のように「Hot Springs」が先に表示されるのが通例で、源泉が鉱泉と掘削温泉の場合は「Manitou Springs Hotel and Mineral Spa」や「Temple Gardens Mineral Spa Resort」のように「Mineral」が表示されている。○○ Spaの名称だと、ほとんどがエステサロンとなる。近年、北米にもできはじめた「Hot Pool」がメインの温浴施設「Scandinave Spa etc.」などは日本風の温泉施設に類似しているが、源泉は鉱泉や温泉でないので、これも○○ Spaとなっている。日本では、自然に湧き出たもの、掘り出したものの双方を温泉と呼べるが、カナダでは日本のような檜風呂や露天風呂施設を建設しても、「ONSEN」とはならないので注意が必要だ。

(取材 榊原 理人)
(写真提供 マイク佐藤氏)

 

 

ハリソンのゴルフ場のボーリング作業

 

 

 

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