2017年2月16日 第7号

1月30日、バンクーバー市のコーストプラザ・ホテル&スイーツにて、企友会(バンクーバー日系ビジネス協会)の年次総会が開かれ、2016年度の活動・会計報告のほか、2017年度の理事選出や予算などの報告が行われた。その後は、バンクーバービジネス懇話会との共催による新春懇談会が開催された。

 

 

講演を行った岡井朝子在バンクーバー日本国総領事(左)とカナダ三井物産バンクーバー支店長、バンクーバービジネス懇話会会長佐野亨氏

 

 新春懇談会には約60人が参加。例年通り名刺の交換会から始まり互いの交流を深める姿が見られた。そして、澤田泰代企友会会長による開会の挨拶に続き、カナダ三井物産バンクーバー支店長の佐野亨氏と岡井朝子在バンクーバー日本国総領事による講演へ移った。ここで講演の概要を紹介する。

 

カナダ三井物産 バンクーバー支店長
バンクーバービジネス 懇話会会長
佐野亨氏講演
「菜種から見るカナダ」

 カナダでは、夏から秋にかけて黄色い花を咲かすアブラナの種子を菜種という。アルバータ州、マニトバ州、サスカチワン州の生産地から収穫された菜種はバンクーバー港に運ばれて海路日本へ運ばれる。搾油して出た油は食用に、残る菜種粕は畜産の飼料になる。北ヨーロッパ・西アジアを原産とする菜種は、日本では江戸時代から行灯の燃料や天ぷらを揚げる油として使われてきた。一方、北米で菜種油が食用で使われるようになったのは1985年と遅い。菜種にはエルカ酸とグルコシノレートという有害物質が含まれていることから長く普及しなかったのである。そこで、カナダでは官民が協力して菜種の品種改良に取りかかり、この2つの有害物質を同時に減少させるダブルロー(Double Low)に成功、1974年にマニトバ大学が新品種を発表した。その後も品種改良は続けられ、CANada Oil Low Acidという名称から頭文字を取ってCANOLA(キャノーラ)と名付けられた。現在カナダでのキャノーラ生産量は約2千万トンで、この数字は過去10年間で2倍の伸びとなっている。さらに、今後10年で2600万トンまで拡大するとの目標を掲げている。年間1千万トンを輸出しており、世界の輸出マーケットで約70パーセントのシェアを占めているキャノーラは、カナダ経済へも大きく貢献している。

 次に菜種から見るカナダの政治力を考察。カナダにとって最大の菜種の輸出相手国である中国が、昨年9月1日から菜種の輸入規格を厳しくする計画を発表した。菜種の中に混じっている異物、夾雑物の割合を現行の2・5パーセントから1パーセントへ下げるように通達。双方の意見が歩み寄りを見せない中、8月末から中国を訪れたカナダのトルドー首相と中国側との間で話し合いがもたれ、ぎりぎりで、この規制の延期にこぎつけた。その後、この新しい規格は2020年までは導入されないことになった。同時期にカナダは、中国が主導する国際機関、アジアインフラ投資銀行(AIIB)に加盟することを発表。これが菜種の輸出規制延期の背景にあったとも言われている。実際のところ、商業的には夾雑物を1パーセントに抑えることは可能であるという状況で、この規制の問題を2020年まで先延ばしにすることが政治的に正しい判断であったかどうかは疑問だ。

 最後のトピックは、健康に良い食用油について。食用油に含まれる脂肪酸にはいくつか種類がある。飽和脂肪酸は体の中で固まりやすく、心臓疾患などを引き起こしやすくなる。対する不飽和脂肪酸は、血中の中性脂肪やコレステロールの量を調節する働きがある。その他、オレイン酸は酸化しにくい性質を持っている。こうした点を総合すると、不飽和脂肪酸とオレイン酸のバランスがいいのは、オリーブ油であることがわかる。菜種油(キャノーラ)はオレイン酸の量はオリーブ油には劣るものの不飽和脂肪酸は多い。また、健康に良いとされている脂肪酸オメガ3には、ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、アルファリノレン酸(ALA)などがある。DHA は脳の活性化に役立ち、EPA は血液をサラサラにする働きがある。DHAや EPAは青魚に多く含まれているが、 ALAはさまざまな食品に幅広く含まれている。エゴマ油やアマニ油を含め、植物油に含まれるオメガ3はALAであり、これを意識して摂る必要はない。こうした点から、植物油は健康に良いというよりは、どの植物油を摂るかにより病気などのリスクを減らすことができるものと考えられる。  

 

在バンクーバー 日本国総領事
岡井朝子氏講演
「1月からのトランプ政権発足後の日米外交・安倍政権の方針、カナダに与える影響について」

*今年1月にトランプ大統領が就任した。岡井総領事は、アメリカの新政権の発足後、日米外交関係にどのような影響があるかについて講演した。トランプ新大統領率いる新政権の動向は日々動いており、政策についても必ずしも明らかになっていないため、この講演内容も1月30日時点での考察であることをご了承いただきたい*

 2月10日に安倍首相がトランプ大統領との初めての日米首脳会談を行うことが決まった。米国の新政権は建国以来の理念と異なることを行っているとの見方も出ている中、世界がこの日米首脳会談に注目している。安倍首相はトランプ大統領就任の際、日米同盟は日本の外交・安全保障の基軸であり、信頼関係の上に揺るぎない同盟の絆を一層強化していきたいとの祝辞を送り、この週末の電話会談でもその点について確認している。首脳会談に先立ち、2月初旬にはマティス米国防長官が来日する。ここでも日米の同盟関係の重要さを確認して首脳会談につなげたい考えだが、マティス氏とこの基本理念は共有できる見通しとなっている。

 先ごろトランプ大統領は、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)から離脱するための大統領令に署名した。米通商代表部(USTR)からもニュージーランドにある事務局に、TPPに対する手続きをこれ以上行わないという通知がなされている。しかしTPP協定上、同協定発効前の脱退に関する規定はなく、米国の通知により原署名国としての地位が失われるわけではないことから、将来的に米国の政策変更によるTPP協定発効の可能性は残されているものと考える。ただし、TPP協定発効条件を満たすためには米国の参加が必須であることから、当面発効の見通しが立たなくなっているのも事実である。米側には日米2国間での自由貿易協定を結びたいとの意向があるようであり、安倍首相はTPPについては粘り強く働きかけていくが、その一方で2国間の自由貿易協定等締結の可能性も否定しないとの見解を示した。

 2009年のオバマ政権発足以来、 アジア太平洋圏に21世紀型の新しい貿易モデルを作るという目標のもと、TPPの交渉が加速化した。TPPの交渉はモノ・サービス・投資・電子取引・知的財産法・環境問題・労務関係・貿易円滑化などのさまざまなルール作りに絡んでいる。参加12カ国のGDPを合わせると世界の3分の1を占める大きな地域で、ボーダレスで効率的、もっとも開かれた経済圏をつくるという理念のもと、日米が中心となって交渉をリードしてきた。交渉参加国の足かけ7年の交渉にあたっての人員投入や労力は多大なものになる。日本も交渉に参画してから3年間、その戦略的意義を見いだし、ものすごい労力をつぎ込んできたものだけに、簡単に取り下げられないという背景がある。

 また、TPP原署名国12カ国のうち、日米でそのGDPの約8割を占めるが、米国を含めて始めて全体としてバランスの取れたパッケージとなっている。仮に米国以外の原署名国だけまとまる、ないしは米国を含めそれぞれ2国間で自由貿易協定等を結ぶとすると、日本にとってのメリットが低減してしまう可能性がある。日本にとって最も有益な方策は、米国を含めてTPP協定を発効させることに変わりがない。また、トランプ大統領は、米国、カナダ、メキシコとの間で結ばれている北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しを図り、再交渉することを宣言している。その内容によっては、世界経済に多大な影響を及ぼす可能性がある。北米大陸にはNAFTAを前提にグローバル・バリュー・チェーンがすでに確立しており、中間財の貿易も盛んに行われている。その体制を覆すことは米国にとっても不利益が及ぶのではないか。

 次に、日本を取り巻く安全保障環境についてだが、北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の急速な軍事力拡大など昨今厳しさを増している。日米安保条約は一方的に米国が日本を守ることを規定しているのではなく、極東における国際的な平和及び安全の維持に寄与するため、日米双方で取り組むことが取り決められている。日米安保体制を強化し、日米同盟の抑止力を向上させていくことは、日本のみならずアジア太平洋地域の平和と安定にとって不可欠だ。2015年に公表された新ガイドラインに基づき、日米両国は、それぞれの役割や任務、政策的な方向性を確認し、平時から緊急事態までのあらゆる段階において、抑止力や対処力の強化に努めてきている。在日米軍駐留経費についても合意に基づき日本は応分の負担をしてきている。そのことからも日本政府は、強固な日米同盟は両国だけでなく、周辺地域の安全維持のためにも重要だということを、トランプ新政権とも改めて確認したい考えだ。

 トランプ大統領が選挙キャンペーン中に発表した選挙公約のすべてを実現するかどうか、今後どのような政策を打ち出していくかはいまだ不透明である。「米国第一」主義を主張しているが、自国の利益のみならず、移民対策、テロ対策、パリ協定を基軸とする気候変動対策を含むグローバルな課題についても、日本及び各国と手を携えて国際社会をけん引していく役割を担っていってほしいと考える。  

 両氏による興味深い話に参加者はみな熱心に耳を傾けていた。最後は、バンクーバービジネス懇話会副会長である双日カナダ会社支店長の石川満氏による閉会の挨拶で締めくくられた。

 (取材 大島 多紀子)

 

 

佐野亨氏

 

 

岡井総領事

 

 

講演中の会場

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。