2017年2月9日 第6号

突然自分が倒れて意識不明になり、心臓が止まってしまったとき、蘇生のための心臓マッサージを受けたいか、呼吸器につながれたいか。誰が意思決定をするのか。

自分が判断能力を失った際の医療看護に役立つのが事前の意思表明。それは医療看護関係者のみならず、家族や周りの人たちにとっても大きな救いとなる。

その意思表明の準備のために行われたのが、バンクーバー市の隣組での「アドバンス・ケア・プランニング」のワークショップである。第1回の1月25日には、幅広い年代の40人が参加した。

 

 

(左から)講師の田中朝絵医師、森永正雄弁護士、ブレナン・ジェイ・クラークソン弁護士、ダリアス・パゼランデ弁護士、通訳に当たったチャン&アソシエイツ法律事務所の浜川濯(ハマカワ・アロウ)さん、隣組ボランティアのユリ・ウォンさん、進行を担当した隣組スタッフの高科磨理子さん

 

◆ 骨肉の争いを招かぬためにも—アドバンス・ケア・プランニングの必要性と重要性

 ワークショップには田中朝絵医師と3人の弁護士、ダリアス・パゼランデ氏、森永正雄氏、ブレナン・クラークソン氏が出席。4人はそれぞれの経験を生かして講演を行った。以下がその概要である。

 アドバンス・ケア・プランニングの「アドバンス」はこの場合、「前もって」の意味。「アドバンス・ケア・プランニング」全体で「老後、判断能力をなくした場合に備えて、あらかじめ医療看護に関する計画を立てること」を言う。その計画すべき主要なことは、「どのような医療看護を受けたいのか」「誰に決断を託すか」の2点である。

 計画なきままに倒れてしまった場合、どんな事態が待っているのか。クラークソン弁護士は自身が扱った事例を挙げて語った。

 独り暮らしの親が倒れて判断能力をなくした。唯一の子供は、勘当されていた。実際に当人を一番世話していたのは他の親族であった。しかし法的には子であるため、法律の優先順位に従ってその子に親の医療看護方針の判断が委ねられた。しかし、医療の方針について子と親族との間で衝突。弁護士を雇って争うことになり、家族親族は時間的、経済的負担を負うことになったのである。「誰に決断を託すか」が事前に明言されていればスムーズに事が運んだであろう。

 田中医師が多く見てきたのは次のようなケースだ。長女は日本に、次女は親と共にカナダに住んでいた。親の危篤時に長女がカナダに駆け付け、それまで親を世話していなかった罪悪感から、延命を希望。反対の意見を持つ妹との間で衝突となった。

 またプランニングが必要な理由として、パゼランデ弁護士は「たとえ家族がいて、食卓の場で気楽に万が一の際の医療への希望を話していたとしても、5年後、10年後にその時が来て、はっきりと家族が本人の意思を記憶しているかは定かでない」と補足した。さらに森永弁護士が「家族や親族がなく、何も計画を立てていない場合、パブリック・ガーディアンがついて政府が判断権を握ることになる」と付け加えた。そうした事態を招かぬために、本人が事前に意思を表明しておくことが大切だ。

 

◆ 医療現場での現実

 アドバンス・ケア・プランニングに取り組むにあたり、田中医師はカナダの医療従事者の姿勢への理解を促した。「カナダには『よろしくお願いします』という言葉がありません。日本人は医師にそのように言えば、医師がその人にとって一番いいことを選んでやってくれるという考えがありますが、ここではあなたのことを他の人が考えて行動してはくれません」。

 また社会の要請としてのプランニングの必要性についても言及した。意識がないため本人の希望は不明でありながらも、周囲の判断により植物状態で延命している場合があり、そのことにより膨大な経費が発生している現状がある。その医療費を病気の早期発見などに回すほうがよいとの考えから、ブリティッシュ・コロンビア州政府はアドバンス・ケア・プランニングに取り組むよう人々に促しているという。

 

◆ アドバンス・ケア・プランニングで大事なこと

 ワークショップでの焦点は、死亡後に必要な遺言ではなく、生存中に必要な意思の表明であり、その書面を作ること。中でも、経済面ではなく医療看護に絞っての書類の準備である。信条や希望を書き留めることをスタートポイントとし、①暫定的医療代理人のリスト、②代理人契約書、③事前指示書などを準備することになるが、希望する医療看護の内容や親族の有無などによっては必要となる書類は変わってくる。

 これらの書類を準備するために、考えるべき事は前述の2点である。

(1)どのような医療看護を受けたいのか
(2)誰に決断を託すか  

(1)については、「自分がどのような信念や信仰を持っているのか」「どのような価値観を持っているのか」「その価値観に沿った具体的な医療看護の指示」の3点を書き出すことで明らかになる。たとえば「自分に特定の信仰はない。家族の幸せが一番大事である。家族に経済面にも物理的にも負担がかからないようにしたい。そのためチューブからの栄養注入は希望しない。心肺蘇生は行わないでほしい」といった具合である。そして、この内容を身近な人に伝える必要がある。

 緊急時の対応を想定し、救急隊員にこの内容を伝えるにはどうしたらよいか。救急隊員は患者の財布を確認し、身分証明となるもの、特にドライバーライセンスは必ず確認するという。それを踏まえて、財布の中に、持病や服用中の薬の情報と共に、緊急時の連絡先、③の事前指示書の所在や指示の要点などを書いて入れておくとよい。また、自宅に駆け付けたときには必ず冷蔵庫を見るので、どこに事前指示書があるのか冷蔵庫に掲示しておくとよい。

 (2)の「誰に決断を託すか」に関し、BC州の法律では、医療看護の意思決定を許される代理人は、配偶者、子供、親、兄弟、祖父母、孫、その他の親戚、仲のよい友達、義理の親戚の順で選ばれる。もしこの順番以外を希望する場合には、それを指示する暫定的医療代理人リストを用意する必要がある。

 そして治療を円滑に進めるために、代理人候補者の名前と電話番号を家族か友人に渡しておいたり、すぐ分かる場所に保管することが大事である。

 会では、医療指示の具体例や暫定的医療代理人の資格などの詳細説明が行われた後、実際に(1)の意思を書き出す時間を設けた。参加者は弁護士や医師に質問しながら、各自の思いを書き出していった。次回2月22日のワークショップでは、それらの書類を法的に有効なものとするための説明等が行われる予定である。

 当ワークショップを推進する隣組の高科磨理子さんは、シニアの救急処置に立ち会った経験から、アドバンス・ケア・プランニングの重要さを痛感。「遺言と同様に大事な、万が一の際の医療処置の拒否と希望の意思を準備してもらえれば」と語る。

 会に参加した人々は「万一に備えて準備を」「周囲の人たちの準備を手伝うために」と参加の理由を語り、受講後は「安心感が増しました」と感想を語ってくれた。

 

◆ 田中医師から日本人に向けての緊急医療時の一言アドバイス ◆

 「英語がわからなくてもニコニコして、イエスと言ってしまいがちな人は、日頃からわからないときは困った表情を練習するといいかもしれません」。

(取材 平野 香利)

 

◆ 講師紹介 ◆

ダリアス・パゼランデ(Darius Pazirandeh)弁護士
米国カルフォルニア州出身。カルフォルニア大学卒業後、アラスカ州上訴裁判所で調査官として2年勤務後バンクーバーに移住。現在はチャン&アソシエイツ法律事務所にて主に家族法(特にコラボレーティブ離婚)、損害賠償訴訟を専門とし活躍。

ブレナン・J・クラークソン(Brennan J. Clarkson)弁護士
ブリティッシュ・コロンビア大学で文学士号取得後、アルバータ大学法律学部を卒業。 BC州とアルバータ州にて弁護士資格を得る。遺言、遺産相続、高齢者のケアに関わる訴訟を中心に扱ってきた。

森永正雄(Masao Morinaga)弁護士
バンクーバーで生まれ育ち、2010年にブリティッシュ・コロンビア大学法学部を卒業し、現在リッチモンドのローレンス・ウォン&アソシエイツで、民事訴訟と政府に対する訴訟を主に扱っている。

田中朝絵(Asae Tanaka)医師
BC州医師・ファミリードクター。日加ヘルスケア協会理事長。 サイモンフレーザー大学で生物学、ブリティッシュ・コロンビア大学で生理学を学び医学博士を取得、ダルハウジー大学(ハリファックス)で家庭医の研修を終え、BC州内の緊急病棟、ファミリードクターのオフィスに勤務。日本語で診療や講演のできる貴重な存在。

 

 

容認か、拒否かを考えるための具体的な医療行為についても説明した田中朝絵医師

 

 

各弁護士から、アドバンス・ケア・プランニングの必要性を語った

 

 

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