開催地が仙台からバンクーバーに
今回のシンポジウムは、もともとは仙台国際センターと東北大学川内北キャンパスで開催される予定だったが、東日本大震災を受けて、開催地が急遽バンクーバーに変更された経緯がある。それだけに、このシンポジウムの実行委員長を務めた東北大学東北アジア研究センター長の佐藤源之氏をはじめ、日本からの参加者には、東日本大震災についての理解を広げたいという強い気持ちがあった。講演会の前に開かれたポスター展示会では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の地球観測衛星ALOS「だいち」の画像や、被災地の現地写真などが展示され、訪れた人々は真剣な表情で見入っていた。
講演会「東北地方太平洋沖地震・津波災害〜その被害と教訓」
東北大学大学院工学研究科、災害制御研究センター 越村俊一准教授
英語で行われたこの公開講演会は、さまざまな研究結果やビデオ映像などを取り入れた非常に興味深いもので、約120人の聴衆は、越村氏の説明に熱心に耳を傾けていた。以下に、講演の内容の一部を紹介する。


東日本大震災の甚大な被害
3月11日に太平洋三陸沖を震源として発生した東北地方太平洋沖地震は、東日本大震災を引き起こし、日本に未曾有の被害をもたらした。被害総額は、約16兆円~25兆円とされる。これまでに1万5千人以上の死亡が確認され、依然約4600人が行方不明だ。全壊家屋は11万を超え、今も多くの被災者が避難生活を送っている。


地震が多発する日本列島
日本列島は、北アメリカプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレート、ユーラシアプレートという4つのプレートの交差点にあり、これらのプレートがせめぎ合うため、日本では地震が多発する。東北地方太平洋沖地震は、北アメリカプレートと太平洋プレート間で起こった海溝型地震だ。海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込み、プレートの歪みと隆起が起こり、結果として大規模な地震と津波が発生した。津波の高さは、1896年に起こった明治三陸地震の記録を上回った。


被害把握のためのリモートセンシング技術の活用
リモートセンシングとは、人工衛星や航空機などを使って対象を遠隔から測定する手段だ。災害発生後は、リモートセンシング技術を活用することで、広域にわたる被害の分布や被災地の状況を把握することができる。例えば、災害前後の衛星画像の解析によって、津波浸水域や、植生・地表の変化などがわかるという。越村氏らはこのリモートセンシング技術を駆使し、それに加えて現地調査も行いながら、被害の全容を明らかにするための地道な作業を続けている。
過去に多くの地震と津波を経験しているにもかかわらず、特に沿岸の都市では、津波の予測が十分ではなかった。震災前に使用されていた津波ハザードマップと、震災後の衛星画像を比較してみると、ハザードマップには実際の浸水範囲よりもずっと狭い地域だけが含まれていたそうだ。


動画が伝える津波災害の恐ろしさ
講演の中では、被災者によって撮影された数々の動画も紹介された。あらゆる場所で撮影された個人の動画は、研究資料として重要な役割を果たしているという。ある動画の中では、被災者の自動車に搭載されたビデオカメラが、津波を鮮明に記録していた。この被災者は、地震発生後、沿岸の方向へ車で移動。津波が押し寄せ、水位がタイヤの高さを超えると、車体が浮き制御を失う。この例からわかるように、 歩くこと、走ることができる人は、車を使わないほうが原則は良いという。津波の速度は、想像をはるかに上回る。地震発生後は、絶対に海岸に津波を見に行かないことが重要だ。


不十分だった津波対策
調査が進むにつれて、日本における津波対策が不十分だったことがわかってきている。日本における主要な政策は、(1)防波堤等の海岸施設による防護、(2)津波に強いまちづくり、(3)警報、避難支援、公衆教育だった。
今回の津波は多くの防波堤を上回り,そして破壊した。10万の過去の津波のデータベースをもとにした気象庁の津波警報は、地震発生直後(3分後)には、津波を実際よりもかなり少なく見積もっていた。そのため、28分後の警報を見ると、内容が大きく修正されている。さらに、公衆教育の中では、付近に高台がない場合には、鉄筋コンクリートのビルに避難すべきだとしてきたが、今度の震災では、鉄筋コンクリートの建物も全壊するなどの被害が出た。


復興を進める中での都市計画の重要性
また、まちづくりにおいては、過去の教訓が風化してしまうこともあった。講演の中で特に興味深かったのは、岩手県釜石市の事例だ。1933年の昭和三陸地震で大きな被害を受けた唐丹本郷という集落は、翌年の1934年には高地移転を果たし、津波で浸水した場所には家を建てていなかった。その教訓がその後の年月の中で忘れられたのか、2009年の写真では、また低地に家が建てられていることが確認できる。そして、2011年、低地に建てられたこれらの家屋は流失した。歴史と教訓を記憶にとどめることの重要性について考えさせられる事例だ。


BC州での地震・津波の可能性
越村氏は講演の中で、BC州で地震や津波が起こる可能性にも言及した。カリフォルニア州北部からカナダの南西部にわたる「カスケード沈み込み帯」は、巨大地震が発生する可能性が高い地帯だ。過去3500年の間に少なくとも7回の巨大地震が発生しており、400年~600年ごとに巨大地震が起こっていることになる。そして一番最近では1700年に、今回の東北地方太平洋沖地震に匹敵する推定マグニチュード8・7~9・2のカスケード地震が起きているのだ。地震が起これば、大規模な津波が発生する可能性は高く、十分な対策をする必要がある。越村氏は、カナダ水産海洋省のウェブサイトに掲載されている津波のモデルなども資料として用いながら説明した。


津波から助かるために
地震と津波が発生する可能性と、そのための対策を常に把握しておくことで、被害を軽減することができる。まず、津波から助かるためには、強い揺れを感じたら、すぐに行動を起こすこと。津波警報が出るのを待たずに、より高い場所に向かって走る。高い場所がない場合には、耐震性の高い建物に避難するべきだ。自然の力を決して侮ってはいけない。越村氏は、「科学は自然の力にかなわない時もあることを忘れずに」と聴衆に呼びかけ、講演を締めくくった。
東北地方太平洋沖地震発生から数ヶ月が経過し、調査が進む中で、地震と津波災害の詳細が徐々に明らかになってきている。これは、今後の対策を考える中で、非常に有益な情報だ。バンクーバーでのポスター展示会と講演会は、地震と津波の対策について改めて考えるきっかけになった。

(取材 船山祐衣)

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