2016年12月1日 第49号
11月18日、ブリティッシュ・コロンビア州バーナビー市の日系文化センター・博物館で、廣田瑛太郎さん、渡辺裕一さん二人の建築家による講演会が行われた。主催の建友会は、グレーターバンクーバーおよび近郊の建築・建設関係者で構成するグループで、業界の環境整備や相互協力などを目指して2012年から活動。今回の講演会はコミュニティへの貢献活動として開催された。「人をつなぐ空間づくり」をテーマに紹介されたのは、家屋建築の歴史や、さまざまな建築と街のデザイン事例、そしてその姿の背景にある意図だ。本講演会は参加した約40人の人々にとって、生活空間を俯瞰する視点を得た有意義な時間となった。以下、盛りだくさんの講演内容の1部を紹介する。
第1部 「人をつなげる 空間とは?」
講師 廣田瑛太郎さん
廣田さんは「人をつなげる空間」について、そのポテンシャルを語るとして、建築物の特性・特徴に沿って「見た目と形」「役割と機能」「象徴と名所」の切り口で、世界の建築物を紹介。「今や百年持つ建造物を作るのは簡単なことだが、人が集まり、使われ続けるようにすることが難しい」と語った。継続利用の鍵は、使い勝手がよくて経済的であることに加えて、芸術性豊かで斬新であること。さらに建築物自体のあり方以外にも、人々の思い入れの有無も重要な鍵だと言えるとして、統一感のあるヨーロッパの街並みや、日本の「結」の精神が司る合掌造りなどの民家の例を紹介した。またそうした人々の建築物への愛着とは真逆の例として、米国でトランプ次期大統領が住むといわれているトランプタワーに言及。トランプタワーではその街の住人が、トランプの名を冠することを嫌がってデモを行っている。バンクーバーダウンタウンに建設中のトランプタワーの今後も注目されるところだ。ちなみに、こちらのトランプタワーは、ダウンタウンで最高の高さになるといわれている。
このトランプタワーのように、バンクーバーの場合、目立つ建築物の多くが高層のコンドミニアムである。東京のランドマークタワーが行楽の目的地とされ、人が集まる公共の場であるのとは対照的だ。コンドの作り手には敷地や建物に公共性を持たせたいとの願いがあるが、コンドの住民はプライベート性を重視。廣田さんは人々の交わりを持たせるべく「私有地の公共的利用についてもっと両者で協議しては」と自身のアイディアを語った。
第2部 「楽しい街の 作られ方とは」
講師 渡辺裕一さん
渡辺さんは東京とバンクーバーを例に取り、家・通り・街のあり方を対比して紹介。道路幅4メートルの中をバスも歩行者も通り、緑地を配した都市計画が失敗し、雑多な光景を持つ東京。だが外国人旅行者からは「東京は地域ごとに色合いが違い、街を歩いているとサプライズがある」と評される。また住居と商店の混在により『サザエさん』に象徴される人々の交流ストーリーも生まれやすい街である。一方、快適な住環境確保が優先されて、土地の使用用途が明確に定められ、路地の道幅が18〜20メートルと決められ開発されたバンクーバーの景色は美しい。だが、車中心の都市計画が、歩いて買い物にも行けない郊外の住宅地を作ってきた。また、厳密な緑地確保のために、居住地域が制限され、住宅価格の高騰の一因となっているともいわれる。
ヨーロッパの都市に見られる建物の色も高さも制限された街並みも紹介され、参加者には都市の方針が街の姿を決めることがはっきりと見て取れた。
意図が形になって
第1部、第2部それぞれに廣田さん、渡辺さんの手掛けてきたプロジェクトも紹介された。
廣田さんが内装を設計したバンクーバーのカフェ「KAHVE」では、棚として活用する高さを超えて、壁一面全体に棚を設えた。そうすることで棚はもはや棚ではなく「個性的な壁」に。「少しオーバーに表現」することが廣田さんの一つのスタイルだ。
渡辺さんが設計に携わったプロジェクトの一つは、カナダラインのマリンドライブステーションのエリア開発。そのエリアが昼も夜も人の行き来のある空間となるよう、スーパーマーケット、カフェ、レストラン、映画館を配し、ビルとビルの間の空間を照らすライトを空中に設置。そして安心快適な場が生まれた。話からは建築家二人の思慮に富んだ設計の姿勢が伝わってきた。
第3部 質疑応答
第3部は、事前に参加者から寄せられた質問を司会の建友会会長・伊藤公久さんが丁寧に読み上げることから始まった。
「日本人向けに水回りをリノベーションした場合、家を売却する時に不利になりますか。カウンタートップの高さを変えるつもりはありません」との質問に、廣田さんは「不動産業者でないため、わかる範囲で」と前置きし、「空間自体に魅力があればいいこと。それでプレミアが付くこともあり、日本式にして高く売れたケースもあります」と回答。
「建築家のポリシーと依頼主のポリシーがぶつかったときはどうするのか」の質問に、廣田さんは「それはいつも悩んでいること。クライアントの言うままでは自分のプロとしての役割がない。クライアントが言いたかったことを見つけてあげるのが僕の仕事と思っている」と語り、コストについてはクライアント側の望むものと予算が具体的で明快なほど、その予算額に合ったものが作れる旨を回答した。渡辺さんは廣田さんの補足をして「集合住宅や公共の施設の場合はクライアントが必ずしも使い手ではありません。クライアントの優先事項は投資の見返りです。それに対してユーザーが本当に欲しいと思っているものとのバランスをどう取るか。それがコストにもつながっています」と語り、必ずしも値段の高さが良さを決めるわけではないと回答。
コストは特に材料、材質、工法の複雑さによって決まるが、工法を簡素にして材料を簡素にすれば当然コストは下がる。大理石でも木でも、人の過ごし方や空間の構成などが変わることはないと説明した。そのほか質問は、耐震性、収納の工夫など多岐にわたった。
講演会に参加した今井さんは「日本式のバスルームにすることも可能なのか相談してみようという気持ちになりました」。バンクーバーの設計施工事務所でインターンを経験中の原口紘一さんは「多様な都市計画の姿があること。そして答えのないものであることを知りました」。高校生の金子君は「建築に利用者の心理的なことが細かに配慮されていることを知って感心しました」と感想を聞かせてくれた。
充実した内容に加えて、伊藤さんのこなれた司会、内容理解のためのクイズなども、会の魅力をいっそう高めていた。本講演会は廣田さん、渡辺さん、伊藤さん三人の経験と叡智の一部をコミュニティに還元する素晴らしい機会だったと言えるだろう。
プロフィール
廣田瑛太郎(ひろた・えいたろう)さん
現在NSDA Architects社でプロジェクト・アーキテクトとしてさまざまな福祉施設のデザインと施工管理に携わっている。
渡辺裕一(わたなべ・ゆういち)さん
現在Perkins+Will社にアーキテクト/アーバン・デザイナーとして勤務。設計とリサーチを専門とするLABOを主宰。
(取材 平野 香利)
東京とバンクーバーの道幅の違いがよくわかる
司会の建友会会長の伊藤公久(いとう・きみひさ)さんは家屋の耐震性についての回答でも活躍
壁の1面を棚にした廣田さんの設計
マリンドライブ駅エリア開発の計画時のことを語る渡辺さん