満員御礼、みんなが金氏の言葉に耳を傾けて
会場のハイアット・リージェンシー・バンクーバーホテルには、定員いっぱいの120人が参加。明日、少しでもいい結果が出せるようにと、皆真剣な面持ちで金氏の言葉に聞き入っていた。
最初に天候のチェック。朝は寒いものの、晴れて日中の気温は14度の予想。「マラソンで走るのにベストなのは10度から15度と言われていますが、明日はぴったり当てはまりますね」と金氏の顔もほころぶ。
どんな人でも、初めてのコースというのはイメージしにくいもの。しかしこれが出来ないと、不安になったりペース配分を間違ったりして、年に一回の貴重なチャンスを生かしきれないことも多い。
海外マラソンは既に慣れっこの金氏だが、このあたりの出走者の心理も把握していて、コース図を指しながら、「ダウンタウンで10キロ、スタンレーパークに入ったら20キロ、ざっくりでいいので覚えておいてください。一番坂がきついのはバラードブリッジで、ここがポイントですね。ここを2回渡ります。一回目に渡るまでは余裕を持って走ってくださいね」と分かりやすく解説していく。
この後、参加者からの質問に氏が答えていった。

楽しんで走るためのヒント
痛みの再発を恐れていると、速く走れない(2年ほど前にスキーで痛めたひざの対処法)
マラソンは長距離・長時間の運動で、走っている間に気がつかないうちに体のバランスが崩れていくことがある。バランスが崩れたまま走ると、体に負担がかかりスピードも落ちるし痛みが出ることもあるので、走っている間はバランスを保つことに集中するといい。もし痛みが出てきそうになったら、スピードを落とし、力を抜いてバランスを取り直してみる。

マラソン中の携帯品について
外人を見ていると、結構いろんな便利グッズを持って走っている。一般的に外人は体格が大きく体重もあるので、携行品の重さは相対的に小さい。そのため全体のバランスに対する影響もそれほど大きくない。しかし体格が小さく軽い日本人には、同じ携行品でもバランスに影響してくる。先ほども述べたがバランスが崩れてくると、どこかに無理が生じて痛みが発生したりするので、携行品はなるべく少なくし、ウエストポーチなどで体の中心に来るようにする。

スタート前の過ごし方
大会の規模や季節によっては、朝の冷え込みがきつい中で待たされることもある。かといって厚手のジャケットでは走り始めてから邪魔になる。そんな時は、捨てても惜しくない雨合羽やビニールコートなどを着用。スタート地点あたりはボランティアの数も多いので、いざ出走となったら、片付けてもらえるように道端などに置いていく。

トイレ、寄るべきか我慢すべきか
わずかではあるが体重も減ることにもなるし、我慢して走るよりは済ましておいたほうが良い。しかし混んでいるトイレで待っていてはロスタイムがかさむだけ。すいているトイレを見つけたら入るぐらいの気持ちでチャンスを狙う。

ペース配分のコ
スタート直後は、周りの雰囲気もあり興奮状態。ついペースが速めになってしまうが、マラソンの大原則は「小出し、小出しに走っていく」。前半オーバーペースになると、後半まで体がもたなくなり、つらくなって後半をずっと歩いてしまうことに。これがいちばんつらい走り方。同じペースで走り続けるのがベストだが、途中で少し歩く、例えばエイドステーションに来たら、そこだけ歩くようにしてもよい。これだけなら2~3分の遅れで済むし、歩いている間は足への負荷が相当減るので足を休ませることができ、再び走り続けられる。

食事で注意すべきこと
フルマラソンを走ると、約3000キロカロリー消費すると言われている。大人の基礎代謝が2000キロカロリーぐらいなので、計5000キロカロリーを事前に蓄えておかないと体力が持たない。そのために、前日の晩に炭水化物をよく食べること。金氏は海外マラソンに参加する時には炊飯器とお米を必ず持参するそうだ。
またレース後は筋肉が壊れているので、たんぱく質を良く摂ること。たいてい、体のほうから肉類を食べたいという欲求が出てくる。

レース後のケア
マラソン後は腰から下、ほぼ全部の筋肉が炎症を起こして熱を持っている状態で、そのままにしておくと炎症がひどくなっていく。それを少しでも和らげるために、特に下半身を冷やすこと(アイシング)を忘れずに。
最初は普通に風呂(シャワー)に入ってかまわないが、最後に30秒ぐらいの水シャワーを、お湯と交互に何回か繰り返してからあがるようにすれば、あとの筋肉痛の度合いがかなり違ってくる。


上半身がまっすぐになっていて肩甲骨が自由に動けば、いいフォームで走れる
良い走り方とは、上半身の筋肉―腹筋、背筋、お尻の筋肉など-をうまく使った走り方。これが出来ると、意外と足の筋肉を使わずに走れる。その走りをする秘訣のひとつが、良い姿勢を維持すること。その姿勢を簡単に作るには、手を使わないで椅子から立ってみる。(ひざに手をついて「よっこいしょ」とやると、猫背になる。)へその下あたりに手を当てて、力を入れてやるともっとやりやすい。またこの姿勢を作るため、普段から肩甲骨を動かし(ひじを後ろにぐっと引いて)、自由に動くようにしておくと姿勢が良くなり、自然と腹筋やおしりの筋肉を使えるようになる。
デスクワークが多いと猫背のクセがつきやすいので、普段から「良い姿勢」を意識する。

バンクーバーで、走る
講演後、金氏にこれからジョギングやマラソンを始めようとしている、特に中高年の人へのアドバイスを伺った。
初心者の場合、地面からのショックを十分吸収できるほどに筋力がついてないので、最初のうちは未舗装のところで走ると怪我のリスクが少ないです。そういった意味で、街のすぐ隣にあり、大きな自然とトレールが多いスタンレーパークは理想的な場所ですね。
40~50代ですと、大会参加も無理な年代ではありませんので、1年後ぐらいにレースに出ることを目標にランニングを始めてみるといいでしょう。そうすると、それが生活の一部になってきます。例えば、朝起きたら走るとか、土日のどちらかは走るとか。自然と走れる習慣がつけば体も健康になってきます。ランニングは、何か特別なことではなく、無理なく出来るものなのです。
60代以上の方は、最初にウォーキングの習慣をつけるようにします。それに慣れてきたら、最初は5分だけ走りを入れてみて、徐々に長くしていくようにします。また基礎体力が衰えていますので、ご自宅で筋力トレーニングをすることをお勧めします。ジムに通うほどではなく、毎日屈伸運動をするなど、体を動かし筋力アップを心がけましょう。

マラソンを走っても、被災者の方々の助けになることはできないか
講演の終わりには、今回の企画を担当し、自らもフルマラソンに参加するBC州観光局の鈴木結佳さんが、日本の被災者支援のための「Unity with Japan」の文字が刻まれたリストバンドを紹介。
被災地の人々のことを思うと、海外マラソンに参加することに迷いを感じながら走る人も多いのではないか、との思いから生まれたバンドだ。
「被災者の方々は、これからも孤独感や喪失感、心や体の痛み感じていくことでしょう。そんな時、私たちがずっと忘れないで、彼らのことを想ってあげることで支えになればと考えました。一瞬で過ぎ去る瞬発力ではない、継続した力というのは、長い距離を一歩一歩ゴールに近づいていくマラソンを走ることにも通じると思います。」
「また今回の震災をきっかけに、やみくもに早さや便利さを求めてきた価値観を見直し、無理や無駄、無茶をやめようという方向に進むかもしれません。これも、無理のないトレーニング、無茶な目標を立てない、そして無駄のない走りを目指すという、マラソンの趣旨にそのまま当てはまります。」
「このように、マラソンを走ることと被災地を継続して応援していくことには、多くの共通点があると思います。そこで、このリストバンドを今だけではなく、走る時はいつもつけることで、今の想いをずっと持ち続けようという願いを込めて作りました。」
リストバンドには先住民アーティスト、ランドン・ガン氏によるハミングバードの絵もデザインされている。愛や不滅のシンボルと言われているこの鳥は、大きなイベントの前に見ると幸運に恵まれるとも。大会を明日に控えた参加者には絶好のタイミングだ。
鈴木さんのアイデアを実現するにあたり、アーティストとの交渉、ポスター作り、バンド作成の手配などをBC-日本地震支援基金(BC-JERF)がサポート。またバンドの製作費については、製作会社、バンクーバー在住の堀田氏、BC観光局東京オフィスのスタッフからの寄付でまかなわれ、売り上げは全額被災地への寄付に回される。


講演後、金氏との記念撮影のために長い列が出来た。京都から参加のご夫婦は「金さんのマラソン解説は他の人の、いわゆる『プロの目線』の解説ではなく、わかりやすく自分たちの走りにも参考になるんです。私たち、実は今回が初海外マラソン、初バンクーバー、何もかも初めてなんですけど、金さんと一緒に走れると思うと、それだけで安心できるんです」と話してくれた。

金哲彦氏のオフィシャルブログhttp://www.exermusic.com/kin/blog/
(平野直樹)

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