2016年8月4日 第32号

6月26日、バンクーバーのDDA(デベロップメンタル・ディスアビリティ・アソシエーション)で、発達障がいの子どもの読解力の向上をテーマに講演会が開かれた。主催は発達障がい児を持つ家族のための日系サポートグループ「ファーストステップ」。

講師はスピーチセラピストの高井おさむさんである。

 

 

バレーボールや氷山などの例えを用いてわかりやすく講演

 

目標は読解による 知識や意見の統合

 今回の講演の対象は、単語や文を音読したり、1文の意味を理解することはできるようになった子どもたち。最終目標は、単文理解のその先、文章から新たな知識を獲得したり、文章全体での主旨を理解することなどだ。そうした真の読解を可能にするために、周りの人がどんな工夫や援助をしたら良いのだろうか。

 BC州公認言語療法士の高井おさむさんは、そもそも読む力とは何かに焦点を当てて解説を始めた。言語療法士や教育に携わる人たちが、よりどころとしているナショナル・リーディング・パネル(*子どもたちの読解指導の効果測定を研究するアメリカの組織)の2000年の見解から、今回の講演会の趣旨に合っているものを選抜すると、読む力を構成するのに、「①アルファベットの読み書き」「②単語の知識」「③スラスラ読めること」「④読解の作戦」の4つが主に必要。

①アルファベットの読み書き
 アルファベットの読み書きは、読解の基本となる力。中でも単語の綴りと音の規則性(フォニックス)を知って発音できることは、難しい単語も読み上げられ、韻を踏んだ散文などの文学表現を感じ取れることにつながっている。結果、自分自身でさらに難解な単語や文章をも読みこなして楽しんでいけることへの基礎になり、さらには自信へとつながる。でもここで肝心なのは、音読が正しくできるかだけではなく、音読がいとも簡単にこなせるかどうか。以下に述べる単語の知識やスラスラ読めることを参考にしてほしい。

②単語の知識
 単語の知識、そのゴールの一つは、単語の綴りを見た瞬間に、その発音や意味が自動的に引き出される状態。そのゴールに達していれば、次のことが起こるとして一つのワークを紹介した。

「これからスクリーンに映し出す言葉が何色で書かれているかを即座に答えてください」と高井さんが指示を出し、次々と言葉を映し出した。すると日本語話者の場合、白色で書かれた「赤」の漢字を見た際、その発音や意味に引っ張られて「赤」と答えそうになってしまう。これが第2言語であれば、その様に引っ張られることが少なくなる人が多く、アラビア語などなじみのない言語では引っ張られることは皆無となる。このワークへの各自の反応を見ると、その言語の身についた度合いが面白いようにわかるのである。

 

体験的学習で 語彙力を高める

 単語とその意味は、1対1対応ではない。単語一つ一つに、氷山のように奥深い概念が広がっている。例えば「猫」という言葉を読むと、生き物であること、ペットであること、ニャーという鳴き声など、連なって出てくる概念がたくさんある。読解力の乏しい人は、こうした単語の概念が狭く薄い傾向があるという。では、この概念を広く深くしていくにはどうしたらよいか。ただ個々の言葉の意味を丸覚えさせるのでは限界があり、定着が難しい。その言葉が使われる状況の中で学習すること(文章の中でその言葉を学習したり、猫に触れるなど、実体験の積み重ね)が語彙力向上につながると高井さんは語った。そしてこの豊かな単語の知識や、上記の発音、スペル、意味の強い関係性が、次に述べるスラスラ読むことにつながる。

③スラスラ読めること — 単文解釈のスピードはどうか
 スラスラ読むためには、一文ごとの内容をさっとつかめることが必要だ。その能力を計る検査がいくつかあるという。例えば「屋根は、家の一番上にある。」という文の内容が正しいか誤りかを判定させるテストがある。このテストでは、時間内にどれだけ多くの文の内容を判断していけるかをみていく。このスラスラが、次に述べる読解の作戦を実際に起用できる条件となる。高井さんは子どもたちにこうした読解力のスピードの検査を定期的に受けさせることを勧めている。

④読解の作戦
 人は文章を読むとき、単語を理解し、一文一文を理解しながら、さらに脳の高次の機能の働きによって全体像を作り上げ、文章全体の内容を理解している。その高次の機能を発揮するための条件は上記のスラスラ読めること。そこで「読解の作戦」とは、「内容理解や知識の統合のための鍵・手がかり」と言い換えることができるだろう。

 その鍵の一つを紹介するために、高井さんはクイズのような文章を参加者に読ませた。その文章はテーマを巧みに隠したもの。「素材ごとに仕分けしてください。一回の量は少なめのほうが良いです…」どこまで読んでも、さっぱり頭に入ってこない。種明かしでそのテーマ「洗濯の仕方」を示されると、参加者から「ああ、なるほど」と声がもれた。内容理解の鍵の一つ、「テーマの理解」がいかに重要な働きがあるかを実感できる体験だった。

 内容理解の鍵にはそのほか、文章の背景にある文化や、文章で扱われているテーマ自体への認識もある。これらを踏まえ、読解力向上のためには、予備的な知識を子どもに与えることが助けとなる。そして前述の体験的学習と重なるが、キャンプに行ったことのない人よりもキャンプに行った人のほうが、キャンプに関する文章を理解しやすいように、さまざまな体験をさせることも、地道ながら有効な取り組みだ。また1度学習した内容を家庭で復習することも効果的だという。

 

スポーツのチームワークとチームリーダーのように

 高井さんは講演のまとめとして、子どもたちが読むことを通じて知識を深め、意見を持てるという読解の最終目標達成に必要なこと、その要素と役割をバレーボールに例えて紹介した。言葉の意味や文法は、それぞれをチームメンバーと見立てて、それらの理解がつながってチームワークに。一文一文をさくさくと理解する、基本的な読む行為自体は、メンバーが洗練された技術を使って巧みにプレーすることに対応。それぞれの言語能力を文章全体の内容把握に持っていく力や読者自身のさらなる知識の統合(高次脳機能)は、監督やチームリーダーが個々試合の勝負どころだけでなく長期的なチームの成長や成功に向けても戦略を練っていることに対応していると語った。

 そして最終目標実現のためには、多数の視点からチーム全体の総合力を分析すること、スラスラ読めるように猛練習の取り組みを促すこと、豊富な単語の知識と文法を習得させること、スピーチセラピーに早めに取り組むこと、良いコーチを見つけ、その子どもに合った作戦(読解の鍵)をうまく身につけさせていくことであると結んだ。

 

読解が困難な子どもたちの頭で起こっていること

 読書障がいのある子どもたちの様子を実感させるために、高井さんは数々の興味深いワークを参加者に体験させた。さらに理解を促すために事例を紹介。例えば、文法が理解できていない子どもにとって、文章で出会う言葉がいかに不規則な言葉の羅列となって文としての意味を成さないか。文章を通じての意味を築きあげることが苦手な子どもが、どのように意味が築き上げられないのか、そしてその結果がどのようになるのか。集中力不足の子どもの場合、いかに目の前のあからさまな情報(例:先生からの指示)すら見逃してしまうかなどだ。

 そして高井さんが講演会で強調したことの一つは「言葉の遅れや学習にトラブルを感じたら、できるだけ早くスピーチセラピストや心理学者などの専門家に相談してみること」。小学校3、4年生段階で、学校から専門家に依頼が来る学習障がいの子どもたちは、その多くが小学校以前に言葉の遅れがみられている。その時点で問題なしと診断を受けた場合でも、その後に学習障がいが現れる可能性は高いのだという。キンダークラスに入る以前でも、言葉に不安を感じたら、いち早く専門家に当たり相談をすること。それが最善の対策につながる。

 

個々の相談に応じて

 参加した人たちは「子どもの言葉の出方が遅い」「すでに十代を迎えているが、今からでも対策に効果があるだろうか」「自分自身が学習障がいを持っているが、子どもにどんな形でサポートができるか」など、それぞれに不安や疑問を持って会に足を運んだ。そのニーズに答えるべく、講演後は、全体での質疑応答の後、講師の高井さんに個人的に質問のできる時間が設けられた。そして今自分がすべきことは何かを尋ねる人々で、高井さんの前には長い列ができ、各自の切実な思いが寄せられていた。

 それと同時に日本語で当地の日本人言語療法士に直接話ができる、この貴重な機会を提供した高井おさむさんとファーストステップの活動に、参加者たちから大きな感謝の声が寄せられていた。

(取材 平野 香利)

 

高井おさむさん
2011年、UBCにて言語療法学修士号取得。現在、同大学の言語科学博士課程在学中。BC州公認言語療法士として個別のスピーチセラピーを行う。

First Step
2013年設立した発達障がい児を持つ家族のための日系サポートグループ。発達障がい児をもつ家族が知りたい情報の提供を不定期に行っている。
連絡先This email address is being protected from spambots. You need JavaScript enabled to view it.

 

 

豊富な資料と体験型のワークで、参加者に読解力の鍵を実感する機会を与えてくれた

 

 

もとより子どもの発達に関心が高く、保育士を経験する中で、健常児よりも障がいのある子どもたちへの情熱が湧き、その思いを生かそうとスピーチセラピストになったという高井おさむさん

 

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