在バンクーバー日本国総領事 岡田誠司氏 特別講演
「グローバルに活躍するための条件」
〜日本人としてアイデンティティを生かしていかに世界で活躍できるのか〜
これからの世界で、グローバルに活躍できる人材とは、どのような人材だろうか。私たちはどのように日本人としてのアイデンティティを生かし、国際社会に貢献することができるだろうか。これらのテーマを探求する日加商工会議所青年部が発足1周年を迎え、6月4日にこれを記念する講演会を開催した。講師は在バンクーバー日本国総領事の岡田誠司氏。世界的に活躍する岡田氏から学びたいという青年部の熱い思いが届き、講演会が実現した。講演に対する関心は非常に高く、多くの若者を含む約100人の参加者がリステルホテルの会場を埋め尽くした。
「グローバルに活躍するための条件」と題して講演する 在バンクーバー日本国総領事の岡田誠司氏
グローバルに活躍する 岡田総領事を迎えた 歴史的イベント
日加商工会議所青年部は、将来の日本のリーダーの育成を目指し、2014年に設立された。メンバーは日加友好関係の増進と地域貢献のため、さまざまな活動に取り組んでいる。青年部の顧問を務めるサミー高橋氏は挨拶の中で、バンクーバーで今一番輝いているグローバル人材である岡田氏を迎えた今回の講演会は歴史的なイベントであり、参加者の記憶に一生残るものになるだろうと語った。講演の中で岡田氏はさまざまな角度から、グローバリゼーションと日本、そしてグローバル人材について説明した。以下に講演の内容の一部を紹介する。
グローバリゼーションは 不可逆的
グローバル化した社会では、情報通信や交通手段の飛躍的な技術革新により、ヒト、モノ、カネ、情報が国境を越えて活発に移動する。そしてその影響は、先進国だけでなく途上国にも広がっている。岡田氏が在ケニア日本国大使館に勤務していた時に出会ったマサイ族の人々は、遊牧民としての伝統的な生活様式を維持しながらも、携帯電話で連絡を取り合っていた。このようなグローバリゼーションの流れは不可逆的であり、これ自体を否定すべきものではない。しかしその一方で、地球規模での格差拡大や環境破壊など、さまざまな問題が深刻化しており、それを一国では到底解決できない状況になっている。多様な価値観を持つ世界各地の人々がコミュニケーションをとり、共に考える必要があるのだ。
日加商工会議所青年部顧問の サミー高橋氏
国際ルールの策定が 大きな課題
グローバルな問題に対処するためには地球規模のルールが必要になるが、そのようなルールを作るのは容易なことではない。岡田氏はかつてGATT(関税貿易一般協定)のウルグアイ・ラウンド交渉に携わったが、これは非常に難しい交渉だった。先進国と途上国が対立し、最終的な交渉結果は先進国の意向を色濃く反映するものだった。これに対する反発は強く、1999年には、WTO(世界貿易機関)の閣僚会議が行われるはずだったシアトルで大規模な抗議デモが起こった。岡田氏もその現場に居合わせ、大混乱を目の当たりにしたという。そして現在、WTOのドーハ・ラウンドは停止状態にある。全世界をカバーするWTOのルールがない中、限られた国や地域の間でEPA(経済連携協定)やFTA(自由貿易協定)が結ばれている状態だ。世界経済において、ルール作りが大きな課題となっていることは間違いない。
グローバリゼーションと 日本人
日本の歴史を振り返ってみると、日本人が古くからグローバリゼーションとうまく付き合ってきた民族だということがわかる。江戸時代には鎖国を経験したが、明治維新により開国した後は積極的に西洋の技術を取り入れ、日本の産業の基礎を作った。一方、バンクーバーでは1889年(明治22年)に在バンクーバー領事館(当時)が開設され、杉村濬(ふかし)氏が初代領事として着任した。これは大日本帝国憲法が公布された年にあたる。日本政府がこのように早くからバンクーバーに領事館を設置したのは、1800年代にすでに日本からカナダへの移民がいたからだ。彼らはまさに、グローバリゼーションの先駆者だと言える。
世界市場に 再び目を向ける日本
近年は、日本社会が成熟するにつれ、外国で働くことに対して消極的な日本人が多くなった。日本経済が低迷する中で企業経営も保守的になり、高度経済成長期には世界各地に進出していた日本企業も、国内市場に重きを置くようになった。しかし、その内向き志向が今、変化し始めている。国内市場が縮小し、産業によっては外に出なければ生き残ることが難しくなったからだ。最近、北海道網走市の職員と農協の人々が、長芋、小麦、和牛などのカナダへの輸出を目指し、視察のためにバンクーバーを訪れた。たとえ価格では勝負できなくても、日本の農産物や食品には安全性と品質の高さという魅力がある。今まで外国とは無縁だった農家の人々も、チャレンジ精神をもって、世界市場に出ていく時代になっているのだ。このような変化の中で必要不可欠となるのが、グローバル人材だ。
日加商工会議所青年部発足1周年記念イベントがリステルホテルで開催された
グローバル人材に 必要な語学力と コミュニケーション能力
グローバル人材に求められるのは、まず語学力。しかしTOEFLスコアの国別ランキング(2010年)を見てみると、日本は163カ国中135位と低迷している。国内においてもグローバル人材の需要増が見込まれる中、語学力の底上げは日本にとって重要な課題だ。またグローバルに活躍する人には、語学力に加えてコミュニケーション能力が求められる。例えば岡田氏が外交官として経験してきたような交渉では、単に英語で話せることだけではなく、どれだけ相手を説得できるかが重要になる。同じことを言うにも、さまざまな言い方がある。情報を収集することで相手が何を求めているのかを知り、相手との信頼関係を築き、最も効果的な話し方をする能力が必要だ。
異文化に対する理解〜 「尺度」を たくさん持つこと
グローバル人材に必要な要素としては、主体性・積極性、チャレンジ精神、協調性・柔軟性などを挙げることができる。これはもちろん日本にいても重要な要素だが、グローバルに活躍する人の場合は、異文化の中でこれらを発揮することが求められる。大切なのは「スケール(尺度)をたくさん持っていること」だと岡田氏は強調した。行った国や交渉する相手の国によって、物事の尺度・測り方は違う。例えば日本では「沈黙は金なり」と言われるが、他の国では沈黙は愚かさだとみなされる場合が多い。日本の尺度だけでは通用しないということを、常に意識する必要がある。
約100人の参加者が 岡田氏の講演に熱心に聞き入った
日本人としての アイデンティティ
国際社会に貢献するためにはまず、私たち日本人と諸外国の人々の間の相互理解と友好関係を深めることが重要だ。外国に出ると、日本について質問されることが多くなり、日本に関する自分の知識が乏しいことに気付くかもしれない。それはチャンスだ。最初から知識が豊富な人は誰もいない。人から聞かれ、説明したいと思うことで、勉強するようになる。それが日本人としてのアイデンティティを確立するための重要なステップだ。また、文化交流に積極的に取り組むのも良い。岡田氏はバンクーバーに来てから、人生で初めて御神輿を担ぎ、血のたぎるような感動を覚えた。このように日本の文化に触れることで、日本人としての誇りを再確認できる上、日本の良さを外国の人に紹介することもできる。 どのような問題意識を持って、これからのグローバル社会を生きていくのか。一人一人がそれを考えることが大切だ。今カナダにいる私たちは全員、多様な価値観に触れ、異文化への理解を深める経験をしている。その貴重な経験を今後どのように自分のキャリアパスの中に生かしていくのかを、しっかりと考えてほしいと岡田氏は語った。今回の講演会は特に若い世代の参加者にとって、国際的視野を広げ、将来について考える有意義な機会となった。
岡田誠司氏 略歴
1956年 東京生まれ
1981年 外務省入省
1982年 オタワ在カナダ日本国大使館に駐在
以降 駐米国、駐韓国の日本国大使館勤務などを歴任
2006年 外務省アジア大洋州局日韓経済協力室長
2008年 外務省中東アフリカ局アフリカ第二課長
2009年 在ケニア日本国大使館公使参事官
2010年 在アフガニスタン日本国大使館公使参事官
2012年 在バンクーバー日本国総領事
(取材 船山祐衣)