パーカー敬子さんが2冊めの翻訳本を出版

 

 

2冊めの翻訳本『説得』を手にするパーカー敬子さん

  

ヒロインの美しさ

 『説得』はヒロインのアン・エリオットと昔のいいなずけとの美しい和解の物語である。そしてパーカーさんにとって『エマ』に劣らない愛読書でもあるという。

「アンは素直な気性で思いやり深く、人の心を汲み取り、実際面で人の役に立つ。これほど内面も外見も美しいヒロインはオースティン作品中でも珍しいですね」

 事実、オースティンは姪キャロライン・オースティンに宛てた1817年3月23日の書簡で「私にはほとんど良過ぎるヒロイン」と告げている。

 オースティンはこの年の7月に41歳で死去。『説得』が最後の完成作となった。

 

8年半ごしの想い

 『説得』は、ラッセル令夫人の説得により結婚をあきらめたアン・エリオットが、8年半の歳月を経て再びウェントワース大佐と結ばれるというストーリー。

「私はこの小説はとても美しい恋愛小説だと思います。「愛している」と口で簡単に言ってすぐに肉体関係に入る昨今の浅薄な ”恋愛“には見られない深みがあります。さまざまな試練を経て再び結ばれたことから来る満足感があります。ほとんど失いそうになった相手同士であるからこそ、より相手を大切にしたいという思いが感じ取られるのです」。

 

18世紀から19世紀の英国

 オースティンが描くのは18世紀から19世紀、英国の田舎の中流階級の女性とまわりの人たち。『説得』で注目すべき点のひとつに、階級の違いから来る礼儀や、人間関係での秩序を尊ぶ世界が描かれていることがあげられる。

 16歳で母を失った長女エリザベスは亡き母親の権利を受け継ぎ、食事時の主役、社交上では父ウォルター卿の正式の同伴者、舞踏会ではダンスの先端を切るなど、一家の女主人としての役割を果たしてきた。そして春になるとロンドンで二〜三週間、俗世界を楽しんだとある。

「上流家庭では自分の所有する広大な土地に邸宅を構えているほかに、ロンドンにも立派な家を持っている場合が多く、ロンドンのいわゆる社交シーズンで観劇、演奏会のほかに晩餐会、ランチョン、お茶、舞踏会などを楽しみました。数週間ロンドンに滞在することが、彼らにとっては最高の富の誇示だったといえます。つまりエリオット父娘は自家の富の程度を考慮することなく、上流階級の真似をしているわけです」。

 

フェミ二ズムの表れ

 オースティンの作品には必ず、結婚相手を探している女性が出てくる。当時は女性の職場が限られていたため、結婚が一番安定した生活保障の道だったことも事実だ。

 そんな中で、アン・エリオットは別の男性から求婚されたときに誰にも相談せずに断わったり、家族とは別行動を取って旧友に会うなど、その時代にはめずらしい自己主張を通す様子も見受けられる。

「ジェーン・オースティンの前に、メアリー・ウォルストンクラフト(1759-1797)という人が『女権擁護』という本を出しました。ウォルストンクラフトはフェミニズム運動の中でも重要と考えられる最初の人です。オースティンの父の牧師館には多数の図書がありましたから、その中からオースティンが『女権擁護』を読んだ可能性は大いにあります」。

 作品の中では、機会あるごとに女性の抱える問題に焦点を当てている。

 

相続権のしくみ

 ウォルター卿には息子がいないため、遠縁にあたるエリオット氏がウォルター卿の後継者と決められている。なぜ長女の婿が継がないのだろうか。

「イギリスでは相続権という制度のため(特に上流、中流階級では)親の所有している土地財産のすべては長男ひとりに受け継がれることになっていました。男子のいない家庭では、一番血縁関係の近い男子が相続します。たとえその家族に次男三男などがいたとしても、長男だけが全財産を受け継ぎます。土地に関して言えば、分割されるのを防ぐという目的があるからです。だからこそイギリスには今でも観光名所になりえるお城、広大な邸宅などが残っているわけです」。

 

実在の地バース

 『説得』では一家の生年月日を克明に記録したほか、実在の地バースについても細かな描写がなされている。バースは南下するエイヴォン川が北西に向って湾曲した地に鉱泉が沸き、治療に集まる人たちで発達した町である。

「登場人物の居住地が実在の場所を使って明記されているのはとても珍しいことです。その意味で、六作品のうち異色です。その上、登場人物の居住地が実に巧妙に選ばれています。それに反してアンにとっては謎であるエリオット氏の住居が明記されていないのは、まさに天才的なタッチだと思います」。

 

謎解きのスリル

 エリオット氏の本性、クレイ夫人の計画など、後半では推理事件の謎解きのような展開が繰り広げられる。

「それもオースティンの小説の深みの一部です。もし健康体であったなら、オースティンはこの辺をもっと展開させていたかもしれません。 謎解きのスリルは『説得』より『エマ』により多く見られます。人物の言葉や心理描写の裏に何かが隠れている、それを見つけ出す面白さがあります」。

 

思わず引き込まれていく

 「オースティンの作品を読んでいるとユーモアに溢れているため、つい微笑することがあります。ところがそのユーモアの裏に鋭いアイロニー(皮肉)が隠されていることが多いのです。収入以上の出費をする無責任なウォルター卿が遠縁の貴族におべっかを使っているのは滑稽でもあり、社会的地位とか表面的な容姿しか口にすることのないこの准男爵に対す鋭い批判でもあります」

 人物がものを言ったり考えたりするときにかぎカッコがなく、言葉や思考の内容がそのまま本文に入るフリー・インダイレクト・スピーチという手法が使われているのもオースティン文学の特徴であるという。

「これによって読者は、人物の考えに思わず引き込まれていってしまいます。この手法をオースティンは実に巧妙に使っています。こんなところにも彼女の文体の魅力があるのだと私は思います」 。

   

『説得』

ジェーン・オースティン作 パーカー敬子訳

 

周囲の反対によって引き裂かれた恋人たち。8年の時を隔てて再会したふたりを中心に、家族・親族のあるべき姿を探り、18〜19世紀英国の海軍軍人の世界を鮮やかに描き出す。

近代文藝社 

定価:本体2000円+税

ISBN978-4-7733-7940-2 C0097

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(取材 ルイーズ阿久沢)

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