秋山和慶氏が語る指揮者生活50周年
1972〜85年までバンクーバー・シンフォニー・オーケストラ(VSO)で音楽監督を務め、現在VSO桂冠指揮者である秋山和慶氏にとって、バンクーバーはいわば第二の本拠地ともいえる。今年指揮者生活50周年を迎えた秋山氏に話を聞いた。
秋山和慶氏
■バンクーバーの聴衆を感動させた『カルミナ・ブラーナ』
バンクーバー・バッハ合唱団に、東京アカデミー合唱団から来加した36人が加わった大編成の混声合唱にソロ歌手が3人。舞台中央には、向かい合ったグランドピアノが2台。多彩な打楽器を含む大規模なオーケストラは、演奏前から圧巻だった。
5月3日、壮大なスケールの合唱曲『カルミナ・ブラーナ』が終わると同時に観客席はスタンディング・オベーション。拍手の嵐と熱気に包まれたオーフィアム劇場の中央には、VSOが久々に迎えた桂冠指揮者、秋山和慶氏がいた。
東京アカデミー合唱団代表・長谷川潔氏が終演後、次のように語った。 「私はニューヨーク時代に経験していますが、あんな熱気あふれるスタンディング・オベーションは初めてでした。団員にとっても貴重な体験になりました。秋山先生がVSOの指揮者に就任された1972年ごろ、合唱団内では、将来、先生の指揮でバンクーバーで歌いたいなあと言いあったのですが、40年余を経て夢が実現したことになります」。
■秋山和慶氏にインタビュー
バンクーバー・バッハ合唱団と東京アカデミー合唱団が初めての共演ですが、どのようにまとめましたか?
双方ともしっかり練習してありましたので、まったく問題はなかったです。初めてのリハーサルは夜7時半から10時まで予定していましたが、9時過ぎにはもう終わってしまい、きれいにまとまりました。
合唱団とオーケストラを指揮することに違いはありますか?
指揮法にまったく違いはないと思います。たとえばオペラを指揮するときに、ピットの中のオーケストラと舞台の歌手や合唱を指揮するのと同じですから。もちろん、いろいろなところを見ていますよ。
指揮者とオーケストラの関係とはどういうものでしょうか?
指揮者はオーケストラに合わせて踊っていればいいわけですねと言う人がいますが(笑)、そうではなく、一からリハーサルをつけていかなければなりません。特に新しい曲の場合は、出来上がったばかりで弾く方は何も知らないわけです。それを頭に入れて勉強しておき、ひとつひとつ説明しながら組み立てていくという作業が必要なわけです。
そういうことがきちんと短時間のうちに、みんなが納得できるような演奏としてどれくらいまとめられるかということが指揮者の能力だと思います。
そこにコンサートマスターが加わって協力しながらやっていくわけです。
『カルミナブラーナ』リハーサル風景(写真提供:VSO)
1972〜85年までVSOの音楽監督をされていた間に、サブスクライバー(チケットの年間購買者)の数が非常に増えたと聞いています。その理由は?
演奏能力がぐっと上がったということと、バロックから近代・現代の作曲家のものまでレパートリーが増えたということだと思います。
古典音楽は上手だけれど現代音楽はどうも、というオーケストラもあります。やはりインターナショナルに通用するオーケストラになるためには、どちらもきちんとできていることが条件だと思います。
私が初めてここに来たときにはサブスクライバーの数は1万8千人でした。それが7年くらいたったら4万3千人に増えて、当時のニューヨーク・フィルハーモニーのサブスクライバーより数が多くなったわけです。それでバンクーバー・シンフォニーに一躍光があたったというか、脚光を浴びたという感じでした。
その頃からポップスの演奏会もあったのですか?
はい、デューク・エリントンとか、デーブ・ブルーべックとか、トニー・ベネットとか、ポップス界で超一流の人と共演して楽しかったですよ。
この50年間、音楽界で変わったことはありますか?
特に変わったことはないと思いますが、きちんと音楽の教育を受けてオーケストラに入る若い演奏家を育てるということはとても大事だと思っています。特に日本の場合、少子化で音楽をする子どもたちが少なくなっており、音楽大学では学生が最盛期の半分になっているところもあります。
オーケストラ自体も世代交代をしなければならないわけですから、いい人材を育てておかないと、という課題があります。
現在は日本でのお仕事が多いですね。
東京では音大で教えていますし、東京アカデミー合唱団、広島交響楽団の音楽監督・常任指揮者もしております。つい最近までは九州交響楽団でも仕事をしていましたので、バンクーバーより日本にいる比重の方が大きいですね。
本格派鉄道ファンとしても知られていますね。
今年の夏に計画しているのは、ユーコンとアラスカの間を走っている汽車に乗ることです。スキャグウェーから乗車します。大陸横断鉄道でトロントに行ったことがあります。
電車の模型は出来合いのものを買ってきて作って走らせるだけではなく、パーツから自分で作ってハンダづけして、組み立てて走らせるのが趣味です。車輪とかモーターは自分では作れませんから部品を買ってきます。そういうのを組み合わせて自分なりの模型を作り、電気を18ボルトくらいに落としてコントローラーを使って走らせます。日本ではそういう趣味の人たちを『鉄ちゃん』(鉄道ファン)と呼ぶわけです。
東京アカデミー合唱団の団員と秩父の鉄道車両公演で(2012年12月)。右から4人めが秋山和慶氏
電車の中で演奏されたということですが。
広島なのですが市内電車が充分発達していまして、去年新車が来たときにオーケストラのメンバーが乗って、電車にちなんだ曲をアレンジして演奏しました。それを聞いた徳島県が、JRなんですけど、地域の合唱団を乗せてオーケストラ列車を走らせたいということで、来年予定しています。
秋山先生にとってバンクーバーとは?
バンクーバーには40年以上もお世話になり家族も移民して孫もおりますので、ここは第二の故郷だと思っています。町が変わってきてはいるものの豊かな自然も残っていますし人びとも温かいですし、帰ってくるたびにうれしくてのびのびとしています。
VSO終身名誉コンサートマスターの長井明氏とVSO桂冠指揮者の秋山和慶氏
秋山和慶(あきやま・かずよし)
指揮者・音楽監督。1941年生まれ。故・斎藤秀雄のもとで指揮法を修め、1963年に桐朋学園大学音楽学部を卒業。1964年2月に東京交響楽団を指揮してデビューののち40年にわたり同団の音楽監督・常任指揮者を務め、2004年9月より桂冠指揮者に就任、現在に至る。トロント交響楽団の副指揮者(1968〜69年)、バンクーバー交響楽団音楽監督(1972〜85年、現在桂冠指揮者)。広島交響楽団音楽監督・常任指揮者、九州交響楽団桂冠指揮者、中部フィルハーモニー交響楽団アーティスティック・ディレクター/プリンシパル・コンダクター。東京アカデミー合唱団音楽監督。
第6回サントリー音楽賞(1975年)、芸術選奨文部大臣賞(1995年)ほか多数の音楽賞・芸術賞受賞。2001年紫綬褒章受章。2011年旭日小綬章。UBCより名誉博士号授与。ニューヨーク・コルゲイト大学より名誉博士号授与。
(取材 ルイーズ阿久沢)