「キリマンジャロの後、8月にユーコンリバーで720キロのカヌー旅行に挑戦。今年は前から考えていたヒマラヤに挑戦することにしました」と言うマイクさん。インターネットで調べて、『トリップアドバイザー』などのレビューを読み、ツアー会社を見つけた。現地にいなくてもインターネットで調べることができる便利な時代だ。しかし、「評判が良すぎたので、念のため、レビューに電話番号も記載されていたオーストラリア人と米国人に電話して確認しました」と言う。レビューどおりに評価が高かった現地会社のトレッキングツアーはマイクさんのEメールでの問い合わせに迅速に回答が来て、好感が持てた。
三人が参加したツアーの期間は、3月30日から4月13日までの15日間だった。ユネスコ世界遺産の文化遺産にも登録されている標高1300メートルを超えるカトマンズ発着だった。カトマンズからエベレストを訪れる際の起点となるルクラまで飛行機で移動した後、エベレストベースキャンプまでトレッキングを続ける。世界中から集まるエベレスト登山隊がベースキャンプを置く場所で、標高5320メートルだ。
「キリマンジャロと比較して、今回のヒマラヤツアーの良かったところは、登山隊やツアー客だけでなく、現地の人が実際に日常使っている登山道を通ったことです」とマイクさんはツアーを振り返る。集落から集落へと、ヒマラヤの山で暮らす人達の生活様式、文化を垣間見ながらのトレッキングは興味深かった。現地の人が『おじいさんは山へ芝刈りにおばあさんは川へ洗濯に』の世界そのままの生活をしているのだ。冷たいと思える渓流で岩場を利用しての洗濯風景をしばしば見かけた。水は貴重だ。自然水の無駄のない利用だ。
道中、ネパール/チベットの美しい民族衣装を身に着けた人たちにも出会った。ネパールは小さな国だが、いろいろな民族、方言があるのも交通機関が限られている為、孤立しやすかった結果だろうか(首都のカトマンズは、車、タクシー、バイク等、交通規則があってないのと同じで道路横断も怖い思いをした)。訪れた村には必ず立派なマニ車があり、我々も旅の安全を祈願しながら手で回した。ツアーのポーターたちは登山のオフシーズンになると、家族の待つ村に帰る。彼らは敬虔なチベット/ネパール仏教徒で、ツアーで稼いだお金を信仰のため寄付する人も多いとか。信仰心は篤く、仏教とヒンズー教がうまく調和されている国の印象を受けた。
一方、面白かったのはIT事情だ。訪れた村には、固定電話は引かれてない所が多いと聞いた。その代わり携帯電話が普及していた。トレイルは山道のでこぼこ道だ。荷物を運ぶのに使うヤク(高山で使われる牛の一種)があちこちに糞(森林限界線を超える高地ではこれを乾燥させ、燃料に使用する)を落としている。我々は足元をしっかり見ないと崖から転落の恐れも有るのに、現地の若者は携帯電話を使いながら足元も見ずさっさと進んで行く光景は驚きであった。そして、若者の携帯電話利用は万国共通だと納得した。また、ツアーではそれぞれの参加者の能力も違いがあり、安全のため、先頭にアシスタントリーダー、最後尾にリーダーが付く。この二人の距離が開くと互いに携帯電話で話し、歩くペースを調整したこともあった。更にリーダーの山小屋との連絡や、ランチの事前のオーダーなど、携帯電話はトレッキングツアーに大活躍だった。
電気と水は貴重で、夜遅くなると、電気が自動的に消えてしまい、ヘッドライトは常にベットサイドに欠かせなかった。途中からシャワーもなくなり、あってもシャワーの温度は低いため、使うのを省くこともあった。我々は現地の水は飲めないので、毎日水を浄化するため、タブレットや液体状の浄化剤を1リットルの水筒に入れて作っておく。高山病の影響を少なくするため、ガイドから1日3リットル近くの水を飲むように言われ、バックパックに常に2リットル以上の水を入れてのトレッキングだった。
最初はTシャツ一枚、最後は室内の水が凍るほどの寒さ、ダウンジャケットの着用と変化に富んだ旅だった。5000メートル近くになると、高山病の影響はそれぞれ違ったが、ほとんどの人が食欲がなくなり、頭痛に悩まされた人も少なくない。最後の目的地ベースキャンプに向かった前後は酸素も平地の約半分と薄いため、一歩進むのに普段の二倍のエネルギーが必要だった。それでも、最終目的地エベレストベースキャンプに到着した時は、疲労も忘れてカメラのシャッターを何回となく切った。「人間の気力、忍耐力、それに三人がお互いに励まし合ったのが成功の秘訣でした」とマイクさんは語る。
さて、山に登った後は当然下山しなくてはならない。その道程も決して楽ではなく、下山の3日目などは11時間のトレッキングで懐中電灯を照らしながら、山小屋に着いたのが夜8時過ぎだった。しかし、下山の標高3000メートル以下になると、満開の石南花を見ながら、川のせせらぎ、小鳥のさえずりを聞くこともできた。そして、近くの段々畑、遠方に見えるヒマラヤ連峰を見渡しながらの下山は、高山病の心配も最早なく、足取りも軽く、最終目的地エベレストベースキャンプに着いた満足感に溢れたものだった。8000メートル級の山々の氷河とむき出しの岩肌を目前にしながらのトレッキングはいつまでも心に残るだろう。素晴らしい経験の一言につきると三人の意見は一致した。
三人が参加したツアーは、オーストラリアからの若いカップル、モントリオールからの一人の合計六人。対して、現地のスタッフはリーダーとアシスタントリーダー、三人のポーターで一見贅沢に見えるが、二人のトレッカーに付き一人のポーターは通常のことらしい。下調べをしっかり行ったことも、楽しい充実した旅になった一因だろう。
(取材 西川桂子 写真 マイク平田)