後進の指導にやりがい

―この30年で、音楽への思いはどのように変わりましたか?

デビューしたときから変わっていないと思います。音楽とは常に真摯に向き合いたいと思ってきましたし、実際にそうしてきました。
10代の頃は、好きなバイオリンをオーケストラやピアノと一緒に演奏できることがうれしくて、一生懸命取り組んでいました。20代はバイオリンとの向き合い方について悩んだ時期でもあり、後半はプロとしてやっていこうと決めた時期でもありました。多くの方の支えを得て、音楽を通じて自分のやりたいことを実現していくことができる喜びを知ったのもこの頃です。
30代では演奏活動、社会活動に加え、後進指導も充実してきたのですが、次々にやりたいことや興味の幅が広がって時間が足らない状況が続いて、今に至っています。

―後進の指導にも力を入れていますね。

“教える”ことより、生徒に“教えてもらっている”ことのほうが多いかもしれませんね。生徒が出来ないところをどうしたら克服できるか、一緒に考えることで新しい発見や解釈につながることも多いですし、教えるにあたって生徒が選んだ曲を私も勉強しますから、レパートリーが随分増えました(笑)。
私が教鞭を取る南カリフォルニア大学(USC)は総合大学なので、いろいろな教授陣や学生と交流が出来、インターディスプリナリー(専門分野、学部・学科観念を超えた関わり)のフィロソフィーを積極的に推し進めているため幅広く影響を受けられ、とてもよい環境だと思っています。
音楽を志す者の経験者である私が、その積み重ねを後輩に伝えていくことは当然のことだと思いますし、やりがいを感じています。その時々によって、生徒の課題克服のための指導方法に悩むことはありますが、それは生徒と一緒に解決していくひとつの楽しみにつながっています。
世界各地で行うマスタークラスでは受講生の皆さんがとても熱心で、こちらも刺激を受けます。

歴史ある場所で演奏会

―日本でのデビュー30周年特別プロジェクトは、全国の神社などでバッハの名曲を演奏されたそうですね。

とても有名な歴史ある神社やお寺や教会で演奏しました。中にはクラシック音楽のコンサートに使われるのは歴史上初めて、というところもありました。普段足を踏み入れることが出来ない場所にもご案内いただいたり、何百年も前の人々の英知が結集して造られた数々の伝統的建物や美術品を見せていただく機会を得て大変勉強になりましたし、それらを大切に守ってこられた方々の思いの深さを感じました。
私がデビューした頃は、全米各地で若手演奏家に演奏の機会を提供するため、コミュニティーの教会やシナゴーグで頻繁にコンサートが開かれていました。クラシック音楽ファンだけでなく地元の方々に温かく見守られ、私も何度もそうした場所で演奏させてもらい、演奏家としてのアイデンティティーを育むことが出来ました。
当時のことに思いを馳せるとともに、私の演奏会がきっかけでより多くの演奏会が開かれるようになればと思います。

アイデンティティーは自分の音

―みどりさんにとってアイデンティティーとは?

活動の拠点はロサンゼルスですが、特に国や国籍を意識したことはありません。
音楽家としてのアイデンティティーはやはり自分の音です。私がこれまで経験してきたことが音として出ていると思うので、私の音は私にしか出せないものだと思います。

―楽器を習う生徒たちにアドバイスを。

私の場合は、母がたまたまバイオリンを教えていた関係で、周囲のおとなも子どもも皆バイオリンを弾いていて、練習するのが特別なことではありませんでした。好きでないと続けられないことだと思いますので、練習が楽しくなるような工夫が大切かな、と思います。

―弟の龍さんもバイオリニストとして活躍していますね。

弟とは17歳離れているので、一緒に遊ぶというよりは思いっきりかわいがりました。今はロサンゼルスとニューヨークで離れて暮らしていますが、たまにニューヨークの母のところに帰ると、3人で食べ物や政治のことなど、本当によく話しますね。

―バンクーバー公演に向け、何かひとこと。

バンクーバーは同じ西海岸で近い感覚があります。今回弾く『ブラームスのバイオリン協奏曲』は、三大バイオリン協奏曲のひとつと言われるほどの名曲です。

コミュニティーに浸透する音楽を

―20年に渡り、音楽を通した社会貢献活動を続けていますね。

1992年に『みどり教育財団(Midori&Friends)』を設立し、毎年ニューヨーク市内の公立小学校の子どもたち1万5,000人以上にコンサートや楽器指導などを提供しています。ほかに『ミュージック・シェアリング』、『パートナーズ・イン・パフォーマンス』(PiP)、『オーケストラ・レジデンシー・プログラム』(ORP)などがあります。それぞれにミッションがありますが、本物の音楽や音楽家がより身近な存在となるような活動を本物の音楽を通じて行う、という基本姿勢に変わりはありません。
レス・コミュニケーションが問題視される昨今、コミュニケーションに必要なコモングラウンドのセットアップ機能がある音楽をコミュニティーに浸透させていくことは、今後の音楽家に課せられた重要な任務だと考えています。

今後は特に将来を担う若手の音楽家に、一緒にコミュニティー・エンゲージメント活動を学び、経験してもらえるようなプログラムを充実させて提供していきたいと考えており、こうした活動の輪が広がることを強く願っています。これからも、時代に先立って新たなプログラムを創造し続けていきたいと考えています。

五嶋みどり

11歳でニューヨーク・フィルとの共演でデビュー以来、世界の著名な音楽家と共演を重ねる。現代音楽の初演、新進作曲家の作品発表、委嘱プロジェクトの推進など、将来を見据えた音楽啓蒙活動も精力的に行っている。
20年にわたり『Midori&Friends』、『ミュージック・シェアリング』、『パートナーズ・イン・パフォーマンス(PiP)』、『オーケストラ・レジデンシー・プログラム(ORP)』などアメリカ、日本、アジア各国で音楽を通じた地域社会を意識した社会貢献活動にも意欲的に取り組み、その先導的音楽活動は、音楽家はもとより社会全体に影響を与え、強い支持を得ている。
2004年より南カリフォルニア大学ソーントン音楽学校弦楽学部「ハイフェッツ・チェアー」教授職。2007年より学部長、2012年には特別教授職となる。2007年、国連平和大使に任命され、貧困、平和、環境、教育等の問題の改善に力を注いでいる。
使用楽器はガルネリ・デル・ジェス「エクス・フーベルマン」(1734年作)。

活動詳細は五嶋みどり公式サイト

www.gotomidori.com/japan

バンクーバー交響楽団

Midori(五嶋みどり)バイオリン / ブラムウェル・トーヴィー(指揮)

1月12日(土)、14日(月)オーフィアム・シアター、8pm

チケット www.vancouversymphony.ca または 604-876-3434

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。