国土の広さの違い。飛行機操縦の身近さ。
―「パイロットの教官」という職業そのものが、日本では馴染みのないものですが…。
そうですね。私も、もとはコンピューターのエンジニア。10年ほど前にカナダに来て、トロントの小さな飛行場で、まず自家用飛行機の操縦免許を取得し、その後、ここバウンダリー・ベイ空港で教官の免許を取ったのです。
―日本では航空大学とか航空自衛隊が登竜門のように思いますが、話を聞くと、何か、自動車教習場のような感覚ですね。
やはり国土の広さの違いでしょうか。北米では移動手段やヨットのようなレジャー目的として小型飛行機は身近な存在ですから、免許取得のチャンスも多いですね。
―でも、そうたやすいものではないでしょう?
もちろん、簡単ではありませんが、自動車の教習と同じで、教習の受講時間の長い短いはありますが、ほとんどの人が取得できます。
―どれぐらいの教習時間数で取得できるものなのですか?
個人差がありますが、平均すると65時間ぐらいで単発プロペラ機、いわゆるセスナの操縦免許が取得できます。実地と学科があり、実地は、最初は教官同乗で訓練して、ある程度技術を習得したら単独飛行に出ます。学科は、飛行機のエンジン、仕組みなどの技術、法規、気象、航法などのほか、ヒューマンファクターについて学びます。
危機への対応力を学ぶ、鍛える。
―ヒューマンファクターというと…
ヒューマンファクターには意識、思い込み、錯覚、疲れなどがあり、このことへの対策は、事故を防ぐ上で極めて重要なものです。飛行機事故の多くはヒューマンファクターによるものなのです。そのためヒューマンファクターによって、冷静な判断ができなくなってパニック状態になることを防ぐ訓練を行います。
―その教習は、飛行機に限らず、自動車でも、あるいは、災害時などにも役立てることができそうですね。
そうですね。パニック状態になる前に、できるだけ早く自分自身を冷静な状態に戻す訓練をする。ミスのチェーンリアクションを冷静に断ち切る訓練です。
―しかし、初めての操縦経験をする生徒の横に乗って飛ぶというのは怖いでしょう。
生徒は初めてで緊張はしていても意外に無茶はしないもので、私は結構平気です。また、訓練課程も、簡単な技術からだんだんレベルを上げていくようになっていますので、生徒も無理なく操縦に慣れていけます。私自身は「事故になる前に防ぐぞ!」という強い信念を持つようにしています。この緊張感は、むしろ心地いいものです。
―まさしく「ヒューマンファクター」に関する専門家ですね。でもやはり緊急事態というのは起こり得ることでしょう。
緊急着陸を想定した教習もあります。人気のない農地に向け、緊急着陸の手順を訓練しますが、実際に着陸したりはしません。飛行機は、たとえエンジンが止まってもグライダーと同じで操縦はできますから、緊急着陸は可能なのです。まあ、機体に問題が起きないように準備は十分しているからこそ、の安全なんですがね。
飛行機の安全性には、裏付けがある。
―私は、以前セスナに乗った際、大きく揺れて恐かった経験があります。
機体は揺れますが、安全にはまったく関係がありません。整備、点検は、法律でも決まっていますが、それ以上に徹底しています。定期点検はもちろん、自分が搭乗する前に、たとえ前の人が30分だけしか飛んでいなかったとしても毎回点検をします。整備の人間だけでなく、パイロットも目視点検を必ず行います。少しでも気になるところがあれば、整備し、万全の状態で飛びます。だから機体に関してなら、自動車より安全だと思います。
―日本では、自動車でも乗車前点検をするよう教えられていますが、まず、そんなことをする人はいない。自動車でもそうした点検整備をきちんとやれば、故障もしないでしょうし、長年乗れますよね。
セスナの場合、30年ぐらい経ったものが十分現役で飛んでいます。もちろん、エンジン部品などの消耗部品は、新しいものに取り替えたりしています。そうしたことも点検整備の一環であり、安全性の裏付けです。
―コックピットを見ましたが、計器類や内装は、いかにも手入れが行き届いていて、渋みのある光沢があって、ビンテージの美しさを感じました。ところで、セスナ機は、いくらぐらいからあるんですか?
中古だと4万ドルぐらいからあります。
―そんなにお手軽なものですか?
車のようにはいかないのが、駐機料や整備費の問題ですね。
―それはそうですね。安全上欠かせないものですし…。しかし、グローバル化もあって、日本でも時間と、ビジネスの大きさ、行動範囲の広さでバランスの取れる人は、自家用ジェットを保有する人が増加しているそうです。欧米では早くから積極的に取り入れられていたようですけど。
その傾向は、今後ますます増えることでしょうね。
日本の若い人に、ぜひ挑戦してほしい。
―日本では、飛行機の操縦教習所の広告など見たこともありません。現実的なこととして興味を抱く人も少ないでしょうが、話を聞いていると、カナダへ来てこそ体験できることの一つですね。
そうですね。以前は日本人の受講者も結構いたようですけど、最近は少ないですね。
―経済成長との相関関係でしょうか…外国人では、今はやはり中国人が多いですかね?
それに、インド人が多いですね。彼らは国へ帰って、旅客機のパイロットになることを目指しています。その第一歩が、自家用免許の取得ですからね。
―初めにお聞きした単発プロペラ機を操縦できるようになる入門免許ですね。
次が、事業用免許です。これも単発プロペラ機ですが、200時間の操縦時間が必要です。単発機、セスナにビジネスとして乗ることができます。その後、多発エンジン、計器飛行となっていくわけですが、その資格はパイロットとして採用される国によって異なります。私が教えたインド人で、今や旅客機のパイロットになった人もいます。
―日本でも今後、ビジネスジェットも増加するでしょうし、ますますパイロットの需要は増えるわけですから、日本の若い人にも挑戦してほしいですね。「カナダでパイロットの免許を取得して帰国する」というのもすごい経験ですね。ただ、英語力が問題でしょうが、ここでは、平野さんにサポートを受けられるのですね?
もちろん、私が可能な限りサポートします。飛行機の場合、どこへ行っても英語ですから必須です。しかし、英語と言ってもシーンによって決まった専門用語の英語で、それも文法なしの英語。必要な事だけを管制官に伝え、指示に従います。管制官は、同時に何機もの飛行機をコントロールしていますから、余分な話をしている時間がないので、定型文だけで事足りますが、状況に応じた対応も必要です。
―たとえば、どんな英語を使われるんですか?
そうですね…たとえば、このバウンダリー・ベイ空港に着陸しようとしているときは「Boundary Bay Tower Cessna152 GZKK King Geoge,1500,Indbound Landing,D」というように必要な専門用語を決められた順序で伝えるだけです。
―なるほど・・・パイロットになるための近道だけではなく、案外、英語を覚えるための近道になるかもしれませんね。
誰もが憧れる飛行機の操縦を身近に感じることができたインタビューだった。フライトトレーニングに関心のある人は平野さん(下記)まで問い合わせを。
Pacific Flying Club
住所:Unit4-4335 Skeena Street,Delta, BC Y4K 0A6
電話:604-946-0011
Eメール:This email address is being protected from spambots. You need JavaScript enabled to view it.
日本語でのお問い合わせは778-998-1157。
75ドル(税込み)で30分の体験フライトも可能だ。
(取材 笹川 守)