2018年11月8日 第45号

1906年にバンクーバー市のアレキサンダー・ストリート439番地に設立されたバンクーバー日本語学校は、付近がジャパンタウンを形成し日系移民が増加する中で、コミュニティーの行事や活動も担う存在となっていった。1928年に現在の475番地に日系人会館が建てられ日本語学校と日系人会館として拡張された。この日系人会館の90周年を祝うイベントが、10月27日に開催された。

 

ねじめ正一さん(前列右)と、Tasaiの中心メンバーで今回の詩の朗読イベントにも関わった、ゆりえほよよんさん(前列左)、スティーブ・フロストさん(後列左)、高山宙丸さん(後列右)。手にしているのは、ねじめさんの著書

 

世代を超えて受け継ぐ文化遺産

 イベントはバンクーバー沖縄太鼓の演奏で華々しく幕を開けた。VJLS-JHの理事であるローラ・サイモトさんが司会進行を務め、たくさんの来賓が挨拶に立った。まずVJLS-JH理事のデビー・サイモトさんが、カナダ連邦政府のカナダ文化遺産・多文化主義相(Minister of Canadian Heritage and Multiculturalism)パブロ・ロドリゲス氏および、バンクーバー市前市長グレゴール・ロバートソン氏からの祝辞を読み上げた。デビーさんはさらに、VJLS-JHは、第2次世界大戦中、強制収容時に没収された日系カナダ人の財産のうち、収容後に返却された唯一の建物であり、今日まで日本語と日本文化の学びの場所、そしてコミュニティープログラムを提供する場であり続けていると話した。

 続いて連邦政府議員ジェニー・クワン氏(バンクーバーイースト地区)、BC州政府高等教育・技能訓練相(Minister of Advanced Education and Skills Training)であるメラニー・マーク氏(バンクーバー・マウントプレザント地区)がそれぞれ、日系人会館の90周年を祝うと共に、VJLS-JHが当地で日本文化の継承と周辺コミュニティーとの文化的融合を進めてきたことへの謝辞を述べた。次に、在バンクーバー日本国総領事館から中津川貴領事が、総領事代理を務める多田雅代首席領事からの祝辞を読み上げた。今年は日加修好90周年ということもあり、日系人会館90周年と合わせて祝えることをうれしく思うとし、また、日本とカナダが今後よりいっそう友好を深めていくことを祈念した。

 バンクーバー市の歴史的建造物保存団体であるVancouver Heritage Foundationからジェシカ・クアンさん、日系カナダ人の強制収容をカナダの負の遺産として研究するプロジェクトLandscapes of Injusticeで研究員として活動してきた大川栄至博士、バンクーバー沖縄太鼓代表の花城正美さんがそれぞれ祝辞を述べると共に、各団体の活動について紹介した。

 

多彩なイベント

 日本とカナダのアーティスト集団Tasaiが主催するJapanese Poets North of the 49thプロジェクトに招かれた、日本の詩人・文筆家のねじめ正一さんが、詩のワークショップを行った。バンクーバー日本語学校の中学科と高等科の生徒も参加した。動物の「りす」を題材に自由に文を作る課題が与えられた。それをねじめさんが読み上げて講評を加える。カナダで日本語を学んでいる子供たちならではというような自由な言葉遣いと発想に、笑いが起きたり共感の声が上がったりとにぎやかに進んだ。たくさん書いてねじめさんのところに持っていく子供もいて、みな楽しそうに取り組んでいる様子だった。

 今回のイベントはEmerging Heritage Fairとして、日系人の歴史を振り返り、継承していくことを目的としたさまざまな出し物があった。まず前出の大川栄至博士がバンクーバー日本語学校と日系人会館の歴史と、同校で校長・教員を長年務めた佐藤伝・英子夫妻についてのスピーチを行った。次に隣組の理事長であるデビッド岩浅さんらが隣組の新しい出版物「Edible Roots」についての説明をした。その後は、大戦中に日系カナダ人の強制労働があったことを伝える表示板をハイウェイに設置するプロジェクトと、日系人収容の歴史を伝えるタシメ博物館についてのスピーチ等が行われた。

 さらに、この90周年記念イベントは、ダウンタウンイーストサイドのフェスティバルHeart of the City Festivalとの共催イベントでもあり、夜の部では、さわぎ太鼓と先住民のパフォーマンスグループ、ツォカムによるコラボ、ねじめ正一さんと高山宙丸さんによる詩の朗読、ジャズコンサートなどが開催された。

 

ねじめ正一さんインタビュー

— 今日(10月27日)のワークショップはどうでしたか。

 「(子供たちは)言葉が達者だよね。やはり反応がいい。最後に言いましたけど、皆さん楽しんでいたようだし、一言一言をよく聞いているよね。反省としては、子供さんたちに読んでもらう方がもっと良かったかな。(自分で読むことで)その子の書いた気持ちとか、声になってもっとはっきり出るかなと。自分の書いたものを人前で読んだことってあんまりないと思うんだよね。みんなに喜んでもらったり、反応がなかったりとかいろいろあるんだけど、そういうのを体験させてあげれば良かったかなというのは反省としてあります」

— 日本でもワークショップを開催しているそうですが。

 「言葉遊びとか役に立たないようなことをなるべくやらせるようにしてるんだけど、ダジャレとか言葉遊びとか全然出ない子っているんだよね。でも、僕がうれしいと思うのは、子供が一生懸命言葉を引っ張り出そうとして『うーん』となっている瞬間を見る時。来てよかったな、と思うね。言葉遊びのうまい子もいるし、差はありますよね。全体とすれば会話力とかコミュニケーション力はすごいね。本を読んだ時の感想文とかそういうものはうまい。ただ詩は書けないんだよね。言葉を飛ばすっていうのが怖いんだ。きちんと言葉がつながって理路整然としてないと不安っていう子が多いですよね、今。それをどういうふうにほぐしてあげられるのかということです」

 「(ワークショップに際して)大事なのはテキストを用意しておくこと。例えば、金のなる木、フリカケの木とか、いろんな木の詩を作っていって、それを読んでもらう。そうすると子供たちの頭が自由になって柔らかくなっていく。今日は時間がなくてできなかったけど。そうやっているうちに僕が超えられちゃったっていうことになると、うれしさはあるよね。それと、『詩のボクシング』(注)を子どもたちにやらせると喜びますよ。身近なものとかを題材にして3分間考えさせる。考え出せなくても恥ずかしがる必要はなくて、一生懸命考えていたんだから無駄じゃないんだよと言うんです」

— 前日26日には、高山宙丸さんと詩の朗読パフォーマンスを行いました。これは大人向けだったんでしょうか。

 「大人向けとか子供向けとか意識してないですね。(この日に朗読した)『かあさんになったあーちゃん』なんかも、子供のための詩ではなく、大人が読んでもちゃんとわかるもの。これはあーちゃんという女の子がお母さんに(想像の中で)変貌しちゃって、一種ひょういした感じになっちゃう。自分がお母さんになった気分になっちゃって、一生懸命、自分を探しにいくという。(自分自身に)なかなか戻れなくなってしまって、(終わりの方で)やっと戻れたっていう子供の詩なんですよね。でも大人の詩でもあるんですよ」

— 観客の反応はいかがでしたか。

 「すごく良かったんじゃないですか。まったく日本と同じだと思いますよ。(観客は)久しぶりに変な日本語に出会ったんじゃないかな。同時に懐かしさみたいなものを感じてもらえたらいいかなって思っているんです」

(注)詩のボクシングとは、1997年に開始された大会。ボクシングのリングに見立てた舞台の上で2人の朗読者が自作の詩などを朗読し、どちらの表現がより観客の心に届いたかを競う。ねじめさんは初代チャンピオン。

 

ねじめ正一さん
東京都出身。詩人・文筆家。東京の阿佐ヶ谷で夫人の香久子さんと「ねじめ民芸店」を営む。1989年に小説「高円寺純情商店街」で第101回直木賞を受賞。ほか、詩集や小説で受賞経験多数。

(取材 大島多紀子)

 

司会進行を務めたローラ・サイモトさん。デビーさんと共に今回のイベントのオーガナイズの中心を担った

 

挨拶をするジェニー・クワン氏

 

メラニー・マーク氏

 

バンクーバー沖縄太鼓によるオープニング

 

バンクーバー日本語学校と日系人会館の歴史について語る大川栄至博士

 

子供たちも楽しそうに取り組んでいた詩のワークショップ

 

インタビューに答えるねじめ正一さん

 

読者の皆様へ

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