2018年10月18日 第42号
妊娠中や子育て中のママやパパたちはこれから訪れる赤ちゃんとの生活に期待を抱く反面、不安な気持ちを抱え思い悩んでいることも多い。ましてや日本と文化が違うカナダでの妊娠、子育てならなおさらだ。そんな日本人ママやパパたちの悩みを軽減・解消すべく、10月5日、ブリテッシュ・コロンビア州バーナビー市の日系文化センター・博物館でJAMSNET(Japanese Medical Support Network ) Canada 主催のプレママセミナーが開催された。(メディアスポンサー:バンクーバー新報)
薬剤師の佐藤厚氏、歯科医師の小倉由佳理氏、医師の田中朝絵氏の計3名の講師が「赤ちゃんの薬と予防接種」、「乳児の歯の健康」、「カナダでこどもが病気になったら」というテーマで解説した。その概要をここで紹介する。
「赤ちゃんフレンドリー」を合言葉に多少の赤ちゃんの泣き声等は誰も気にせず、終始和やかなムードで講演は行われた
「赤ちゃんの薬と予防接種」 講師 佐藤厚氏
薬剤師らしい話題をいうことで、カナダと日本の薬や、体重を量る際、熱を測る際の単位の違いの説明から、佐藤氏の講演は始まった。
まず、こども用の薬の量り方であるが、カナダではパッケージの横に「teaspoon」(省略形としてtsp)と表記されているのが一般的で、これを日本語に翻訳すると「小さじ1杯」、その量は5ml(5cc)と決まっている。つまり、1teaspoon(tsp)は5ml、2teaspoonsであれば10ml(10cc)ということになる。また、大さじ一杯に相当する「1 tablespoon」(省略形はtbs)は15mlで、2tablespoonであれば30ml(30cc)となる。
カナダでは、こどもの体重を量る際の単位も「lb」(パウンドと発音)と「kg」の2通りがあり、1kgは2.2lbにほぼ等しい。つまり、新生児の体重が6.6lbsであれば3000g(3kg)、8.8lbsであれば4000g(4kg)となる。なお、このパウンドとは、古代ローマで1日に消費する食料として使われた単位で、パウンドを表す記号lbは天秤を意味するリブラ(libra)に由来する。
カナダに住む人の中には、温度を表す場合に摂氏(℃)よりも華氏(℉)の単位に慣れている人もいるので、36.5℃(97.7℉)、37.8℃(100℉)、40℃(104℉)といった値を知っておくと便利である。華氏単位で体温を測る場合は、大体の目安として100℉を超えると熱が高めであると覚えておこう。
予防接種の目的
生まれたての赤ちゃんには、母体から伝わった免疫(母体免疫)が備わっており、これが赤ちゃんの感染を防御するように働いているが、この母体免疫は時間をかけて次第に弱くなっていく。赤ちゃんの免疫力が弱くなった時に感染症にかかると、疾患が重症化する危険があり、最悪の場合は死に至ることもある。これを防ぐために、赤ちゃんは乳幼児期の定期予防接種を受け、また父親・母親が疾患やワクチンついての知識を得ることは、非常に大切である。
予防接種とは、ワクチンを接種することにより疫(=病)から逃れる(=疫)力、すなわち「免疫力」をつけることを指す。これは、赤ちゃんの健康を守るだけでなく、その家族や社会全体を病気から守ることに繋がる。しかし、カナダで予防接種のことを調べても、英語の専門用語が多かったり、安全性に対する懸念等により予防接種を受けないことを推奨するようなウェブサイトにたどりつき、混乱するママやパパも多いという。佐藤氏は、カナダの定期予防接種に組み込まれている疾患とワクチンについて、日本語で詳しく説明した。
例えば、予防接種で防げる病気の一つにジフテリア(Diphtheria) があるが、発熱、のどの奥の炎症といった症状の他、のどの炎症が悪化して空気の通り道が塞がると、乳児が死亡することもある。また、破傷風(Tetanus)に感染すると、顔の筋肉を動かしにくくなるため、引きつった顔になったり、口が開けにくくなる。このことから、破傷風は俗に「Lock Jaw」とも呼ばれる。破傷風が重症化すると、体が後ろに反り返る後弓反張という症状を呈するが、このとき意識は侵されないので大変苦しい状態となる。破傷風には何度もかかり、背骨が折れたり、呼吸ができなくなって亡くなる人もいる。「Whooping cough」とも呼ばれる百日咳(Pertusis)の初期症状は鼻水と軽いせきであるが、せきの続く時間が徐々に長くなり、10秒以上継続することもある。生後6カ月以下、特に3カ月以下の乳児では無呼吸を起こしやすく危険である。呼吸が止まる場合は人工呼吸が必要になり、合併症として血中の酸素が減ることによる脳症(低酸素性脳症)、けいれん、知能障害、肺炎を引き起こし、時には死亡することもある。
上記の感染症は佐藤氏の説明のほんの一部である。ワクチンを受けると子供が熱を出したり、機嫌が悪くなるので嫌だという親御さんもたまに見かけるが、世界的にみて、予防接種が普及している国と、していない国を比べると、感染症の罹患者数の差は歴然としているという。防げる感染症に対する予防策として、ワクチンの重要性を佐藤氏は参加者に説いた。
「乳児の歯の健康」 講師 小倉由佳理氏
カナダではこどもの歯の健康とともに歯並びを気にする親御さんも多い。参加者の子供の歯に対する疑問や不安を小倉氏は解説した。
乳歯の虫歯
そもそもなぜ虫歯ができるのかというと原因に関しては永久歯も乳歯も一緒である。原因は、①歯、唾液の質。②虫歯の原因菌の数。③口内の糖分。④プラーク(歯垢)の滞在時間、という4つの要素が影響している。よく「乳歯の虫歯はどうせ抜けてしまうから大丈夫では?」と言う人もいるが、次に生える永久歯のタネに影響を及ぼしたり、歯並びに影響することもあるので毎日のケアがとても重要だ。
例えば、食後にガーゼなど柔らかい素材を指にまき歯茎や歯の表面のプラークを取り除いたり、下の歯が生えて歯ブラシが使えそうならば使い始めてきちんとこどもの口内を清潔に保つこと。砂糖や酸性が多い飲み物を哺乳瓶で与えないこと、これは口内に常に糖分が残ってしまうことを避けるためで、ダラダラ飲み、ダラダラ食べはせず、時間を決めて食事を与えるようにすることがよい。また、夜歯磨きの際にこどもが磨きたがる場合も、必ず親が仕上げ磨きをすること。歯が生えてくる6カ月くらい以降は、歯科医のチェックアップに行くことも非常に大切だと小倉氏は言う。
歯並びとおしゃぶり
「おしゃぶりはさせない方がいいの?」「歯並びが悪くなりますか?」という疑問を持つ親御さんは多いが、結論としてダメというものではない。なぜなら赤ちゃんがものを吸いたくなるのは自然な現象で、2〜4歳で自然にしなくなることが多いからだ。おしゃぶりが歯並びに影響を及ぼすかというと、3歳前後までならそこまで神経質にならなくてもよい。無理矢理やめさせてストレスをかけるのではなく、こどもが不安などを抱えていないか生活面に目を向けてみることも大切で、もしもやめることができない場合は歯科医や家庭医に相談するのが良い。また、おしゃぶりと指しゃぶりどちらの方が癖がなくなりやすいかという疑問に関しては、おしゃぶりの方が自然にやめるケースが多いという報告があるが、おしゃぶりを使用の際も適切におしゃぶりの乳首の部分を吸っているか確認する必要があると小倉氏は写真を使って解説した。
「カナダでこどもが病気になったら」 講師 田中朝絵氏
“赤ちゃんに湿疹ができたので小児科に電話して予約を取ろうとしたら、「ファミリードクターから予約してもらように」と言われました。しかも、アポイントメントは1カ月先…なぜカナダではすぐ直接、小児科医に会えないの?”こんな質問をよく受けると田中氏は言う。
そこには日本と違う「ファミリードクター」という制度がカナダにはあるからだ。ここではカナダの医療機関の仕組みについて説明していく。
まず、カナダではプライマリードクター(注)に患者が会い、必要に応じてプライマリードクターが専門医に患者を紹介するのが一般的である。
(注)プライマリードクターとは、ウォークインドクター(外来)、緊急医とファミリードクターの3つのドクターのこと。
日本人に馴染みがないファミリドクターとは?
ファミリードクターとは日本にはない制度で、カナダでは一般的にゆりかごから墓場までみるドクターとも呼ばれている。
日本では皮膚が悪い場合は皮膚科など、外科や内科など自分で専門医を探さないといけないが、カナダではファミリードクターがその人の考えや価値観を尊重しながら、症状にあった専門医を探す。
また「赤ちゃんが夜寝ない」、「友達とあまり話さない」といった完全に病気とはいえないことや、「こどもがどの高校にいったらいいか」、「あそこの高校の校長先生はどうなんだ」という個人的な相談もできる。なかには奥さんが逃げてしまいどうしたらいいかわからずファミリードクターに相談した人もいるとのことだ。
カナダで病気になった際はまずファミリードクターに連絡をすることが重要で、もしもまだ自分のファミリードクターを見つけていない場合は、友人のファミリードクターを紹介してもらうのが良いと田中氏は言う。
カナダでは薬をくれない?
「あそこの医者に行ったのに薬もくれなかった」という日本人は多いという。カナダでは薬局で相談して薬をもらうことが一般的で、医者は薬局で買える薬をほとんど渡さないという。つまり、風邪をひいて困った際はまず薬局に行くと良いとのこと。ちなみに薬局では、薬剤師に相談しないと買えない薬もあるので棚にあるものだけから選ぶのではなく、薬剤師に相談しながら選ぶことが大切である。
夜、症状が悪化したら?
カナダでは811に電話をすれば、看護師に24時間いつでも電話相談が可能である。英語に自信がないときは英語で「ジャパニーズプリーズ」と言うと、通訳を交えて看護師の意見を聞くこともできる。また、栄養士と運動指導者には9am〜5pmの間に電話やemailが、薬剤師には薬局が閉まっている5pm〜9amの夜間相談が可能だ。
「夜こどもが熱を出した」「こどもが怪我をしたが何か運動をさせたい」「お医者さんから薬を貰ったが副作用があるか知りたい」そんなときは811を利用することができる。
最後に感染症からこどもを守るには?
感染症を防ぐには基本的なことだが、「手洗いうがい」、「予防接種」そして何より「丈夫なこどもを育てること」と田中氏は言う。スキンシップがあって育った子はDNAが変わりストレスや病気に強くなるという。そのほか大切なのはしっかりと睡眠、栄養、愛情を与えること。「せっかくおおらかなカナダに住んでいるのだから、おおらかで健康的なこどもになるよう育ててください。」と来場者に伝え、計2時間の講演会を締めくくった。
(取材 舛岡雄介)
講師プロフィール
佐藤厚 薬剤師:
新潟県出身。2001年星薬科大学を卒業、2003年に同大大学院修士課程修了。2007年にはカナダで薬剤師免許を取得した。渡航医学認定、糖尿病指導士の資格を持つ。バンクーバー新報でコラム「お薬の時間ですよ」を連載中。
小倉由佳理 歯科医師:
2008年日本大学歯学部卒業。2013年歯学博士、日本保存学会認定医取得。2008年より関東の大学病院、一般、小児歯科医院、東京都江東区公立小学校で学校歯科医として勤務した後2015年バンクーバーに移住。2019年にカナダで歯科医師免許取得予定。
田中朝絵 医師:
日本生まれ8歳の時にバンクーバーに移住、競泳コーチの経験から教える事に対する情熱を持ち医学の道に導かれる。BC州の地方にて非常勤および救急医として勤め、その後バンクーバーに戻り、ファミリードクターとして日本語を話す患者の医療に携わる。NPO日加ヘルスケア協会を通して、広く患者教育と疾患予防に取り組む。
JAMSNET Canadaとは
在留邦人の医療支援を目的として設立されたNPO。言語的・文化的背景の理解が必要とされるカナダ在留法人のニーズを踏まえ、カナダの医療に関するセミナー等を行い、健康増進に寄与することを使命として精力的に活動中。2017年に法人化し、慈善団体としても登録された。
なんと出産予定日が1週間後という講師の小倉氏。自分の実体験を交えながら赤ちゃんの虫歯ケアを熱心に解説した
講師の田中朝絵氏。約30人が参加したセミナーは好評で、終了後も講師と直接話をする人たちが後を絶たなかった
(左)小倉由佳理氏(右)佐藤厚氏