2017年1月19日 第3号

バレエ・ダンサーとしてカナダのバレエ・ヨーガン・カナダ(BJC)で主役として9年間活躍し、今シーズン、芸術監督の右腕になるようなバレエ・マスターへの転向期を迎えた齋藤浩人さんに今の心境を聞いた。

 

『眠れる森の美女』の演目でオーロラ姫を死なせる呪いをかけた悪魔、カラボス役に扮する齋藤浩人さん 

 

バレエを習ったきっかけや経歴は?

 神戸の地元にある貞松・浜田バレエ学園で7歳の時にバレエを始めました。父親が高校生から大学生にかけて同バレエ学園及びバレエ団で活動をしていたので、小学校2年生の夏休みにスタジオに連れて行かれました。

 最初はバレエを嫌々習っていましたが、89年のローザンヌ・コンクールで熊川哲也さんの金賞受賞をたまたまテレビで拝見したり、数多くの先生のご指導に恵まれ、小学校高学年の時にはプロのバレエダンサーになりたいと思うようになりました。それからは、週に5回はレッスンに行き、中学校を卒業したらバレエ留学をしたいと思いました。家族の転勤が英国になったこともあり、希望通り中学校を卒業後、イギリスのイングリッシュ・ナショナル・バレエ・スクールへ留学し、3年間過ごしました。

 香港バレエ団のオーディションを受けて、99年にプロのダンサーとして活動し始めました。香港で8年間を過ごし、新しい挑戦や、ダンサー及び人間としての成長を求めて、現芸術監督であるベン・ヨーガン氏に直接コンタクトを取り、個人的にオーディションを受けさせてもらい、BJCでプリンシパル・ダンサーとしてのオファーをいただいて、カナダに来ることになりました。気づけば香港時代よりも長い間BJCで活動しています。プロとなって17年になりますが、あっという間でした。

 

浩人さんにとってバレエとは?

 バレエは僕にとっては、まずこの社会において自分が生活していける生業の一つです。これがなかったら、僕はイギリスをはじめ、香港やカナダでも生活はできなかったでしょう。数多くの貴重な経験をバレエから与えてもらいました。BJCでは、バレエとはあなたにとって何か?という質問に答える機会があり、「バレエ及びダンスは、僕にとってはあらゆる境界線(社会、言語、人種、その他いろいろなもの)を越えることができる透明な翼みたいに自由を与えてくれる何か」と答えました。バレエのお陰で、国境を越えて仕事ができたり、想像もしていなかった公演ツアーを体験したり、いろいろな人種の友人たちと出会うことができました。

 

BJCにどのような思いがありますか?

 僕の所属するBJCは、カナダにあるバレエ団の中で一番多くのコミュニティとつながるアウトリーチ・プログラムを行っています。小さい規模である分、大きなバレエ団が行けない地方、コミュニティでの公演が可能なのです。バレエは敷居が高いという先入観がある方もいらっしゃいますが、そのような先入観を捨てて、一度でもうちの舞台を見に来ていただけたらうれしいです。バレエを通じて、豊かな人間性やユーモアや悲劇の悲しみあり、心がほっとするような滋養にあふれた物語の世界に入り込んでもらえると思います。

 また、それぞれのコミュニティでバレエを習っている生徒さんたちに、共に舞台に立っていただくという活動も、バレエ団の大きなミッションのひとつです。彼らに指導することは、バレエという芸術を大きなカナダの東海岸から西海岸まで身近に感じていただき、山の裾野を広げるような活動なのです。バレエだけに限らず文化を広げていくという、とても大きな意味を持つ仕事だと思っています。

 ビジネス・トークになりますが、BJCの舞台のチケットはたくさんの方に見に来ていただけるように、比較的手頃な値段に設定しています。限られた時間の中で劇場にまで足を運んでもらい、現実を一時忘れてもらい、劇場から出た時に「いい時間だったなぁ」と思っていただけたらとてもうれしいです。時々、舞台後にサインをしにお客様の前へ顔を出す時がありますが、その時に、「すごく良かったよ」とか「感動して涙した」などとおっしゃっていただく時は、ダンサー冥利に尽きます。

 

今の仕事でのチャレンジ、やりがい、 希望的な面などは?

 昨年は、2015年末の左膝の半月板損傷からその損傷した部分を除去する手術から始まった一年でした。ダンサーをしていて初めての手術だったのでとても不安でしたが、リハビリをしっかりと行い、また踊れるようになれたのがとてもうれしいです。昨年に限って言えば、そのリハビリとけがの回復のバランスを取ることがとても難しかったです。

 バレエ・マスターという芸術監督の右腕になるような位置とダンサーとしての自分の仕事の配分のバランス、ダンサーたちのマネージメント、日々のスケジュールの調整や、公演のキャスティングをボスと相談して決めるなど、新しい仕事が格段に増えたので、まだまだ追いつくのが精一杯という感じです。今までは踊っているだけでしたが、リハーサルの指導やクラスの指導をはじめ、公演のクオリティーを落とさないための役割等も増えてきて責任が増しました。それはチャレンジングですし、やりがいもありますし、もっともっとこのBJCの若手のダンサーを成長させたいとも思うようになりました。

 バレエ・マスターは本当に大変な仕事で、なかなか難しいなと日々実感しています。それと共に今までご指導いただいた芸術監督やバレエ・マスター、リハーサル・ディレクターに対して感謝しています。先輩方から良い所や悪い所も含め、今までダンサーとして経験してきたこと全てを活用しています。この立場は転換点なので、焦らず慎重に頑張っていきたいと思っています。ダンサーとしてまだ踊っているので、けがをせず、そして、いい踊りをお客様の前でお見せしたいという思いがあります。それと同時に若手に今まで僕がやってきた主役級の役を踊ってもらい、それを指導して彼らに僕よりもうまく踊ってほしい、ダンサーとしても成長してもらいたいという気持ちもあります。

 

仕事以外に趣味や興味があることは?

 最近はバレエ・マスターの新しい仕事が増えたため、家でもなかなか趣味の時間が取れません。休日は家でゆっくりとしています。時々ですが、僕はカラオケが好きなので、日本人の友人たちと時間に余裕がある時に何回か行きました。ストレス解消としては、料理、映画鑑賞や読書をしています。もっと時間が取れたら仕事以外のことにいろいろと挑戦したいです。昨シーズンはサーモン釣りなども経験し、とても面白かったです。カナダは自然やアウトドアの活動に恵まれているので、どんどん経験していきたいです。

 

これからの抱負は?

 プロのダンサーとして踊っていられるのも限度があると思うので、体を大事に今年のシーズンを無事に終えたいです。来年も踊るかどうかはあえてまだ決めていません。まだまだ踊れますし、踊っているのは楽しい。やれるところまでやりたいという気持ちと、一番いいうちに一歩引こうという気持ちもあります。バレエを教える指導者になりたいという強い希望があるので、現在その道へと向かういろいろなオプションを検討中です。決断まで時間がかかる方なので、焦らずにとことん考えて決めたいです。

 家族を持つためにも自分の人生における優先事項のバランスを変えていこうとは思っています。支えてくれる人がいるからこそ、頑張れる自分があります。その人たちへの感謝を忘れずに、どのような道を行くにせよ一歩一歩しっかりと進んでいきたいです。回り道もよし。いろいろなことを経験し、それをバレエという芸術に生かし、次の世代のダンサーたちにつなぐ。そして、教えたダンサーたちが僕よりも技術的にも芸術的にも優れたダンサーになることで、バレエという舞台芸術への愛がいろいろなところへと飛び火していくようになればいいなと心より願っています。

 

 ダイナミックにして繊細な踊りを披露してくれる浩人さんの素晴らしい舞台をここ数年間、鑑賞し続けてきた筆者。今シーズンはダンサー人生の転換期を迎え、舞台人として、また、人間的にも成長した浩人さん。彼の舞台芸術界でのこれからの活躍が大いに期待される。

(取材 北風 かんな / 写真提供 齋藤浩人さん)

 

齋藤浩人さん 

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。