憧れの地カナダで生活するため、思い切って日本での仕事を辞め、心配する家族に見送られ、カナダにやってきた。日本で犠牲にしたものがたくさんあるがだけに、カナディアンライフは満喫するぞと、夢と希望を膨らませていた。だが、実際に待ち受けていたのは、想像を絶する上司や同僚からの罵倒や暴力といった職場でのハラスメントだった。
約半年前に渡加したという井上さん(仮名)も同様、職場でのハラスメントを経験し、今までの経験を綴った日記を片手に、弊紙での取材に答える。言葉の端々からは悔しさと怒りが感じ取られる。
「日本では、飲食業界、特に職人技が要求される現場は上下関係が厳しく、修行という意味も込めて上司が部下にきつく当たることはよくありました。それが仕事内容に関係していることなので、理解も我慢もできましたけど、カナダに来て、今の職場のオーナーの態度は、全く仕事に関係ない個人的な攻撃であって、どうして自分はこんな思いをしないといけないんだろうと・・・許せないです」と過去にあった嫌がらせの例を次々と読み上げる。井上さんの場合、嫌がらせは本人だけでなく同僚たちにも及び、休暇をリクエストすれば「帰ってきたら仕事があると思うな」、まかないをキッチンから取ろうとしたら「勝手に取るな!」といった口頭によるものから、仕事内容を教われなかったり、肩をつくなど身体的な暴力行為であったりなど、多岐に及ぶ。「好きなカナダに来てんのに、泣いちゃいましたね」悔しそうにそう語る。

 

弱いものを狙ったハラスメント
去年の夏、バンクーバー・サンのトップページでも、職場での労働基準法違反について取り上げられた。地元の高校生が夏休みにサーバーとして仕事についたはずだったのだが、トライアル・シフト/トレーニングという名目で数時間タダ働きをさせられたうえ、結局仕事を首になったという内容であった。リンバレーにあるレストラン名も公開し、店側は問題となっていた行為に関して、この業界ではよくあることだと答え、BC州労働基準管理局側は、雇用主による従業員へのハラスメントおよびに労働基準法に反する行為は珍しいことではなく、従業員からのクレームも随時報告されていると話す。
日系社会でもバンクーバーに一時滞在する日本人の若者(ワーキングホリデーやワークビザ保持者)を対象に、労働問題に関しての調査・研究が行われている。代表的なのが国際基督教大学の加藤恵津子人類学上級准教授の10年にわたる研究だ。今回の件についてもBC州労働基準管理局と同様「そう珍しいことではない」と話す。加藤教授によるとハラスメントにあう若者の大半が飲食業界で経験しており、それは「言葉によるもの、身体的なもの、金銭がからむものなど、多岐にわたるが、いずれも雇用主が自分の立場を利用しパワーを誇示する行為」という。
そのなかには井上さんが経験し、また目撃したような「ワーカー〔従業員〕の一挙一動を罵倒する。言動で気に入らない点があると、『これ、どうしようかな』と、就労ビザの申請書をワーカーの目の前でちらつかせる。休みを願い出ると、『君の代わりはいくらでもいる』と脅し、病気や怪我で休みを願い出ても、出勤を強要する」といったものから「『女は早く嫁に行け』といったジェンダー差別発言。『そんな下手な英語では、うち以外では誰も君を雇わない』といった自尊心を傷つける発言。また女性ワーカーの身体に触るといったセクハラ」など職場でのハラスメントの被害にあう日本人も例外ではない。

職場でのハラスメントが起こる原因

加藤教授の研究によると、日本人の一時滞在者たちが職場でハラスメントの被害にあう場合、加害者にあたる雇用主も移民であるケースが圧倒的に多く、それがハラスメントの大きな一因になっている。雇用主が移民であるため、英語能力がまだ不十分でカナダの労働基準法や人権憲章が理解できない。また英語が出来ないため、カナダの主流社会に溶け込めず、『人権』という概念もわからない。そして過去また現在に及んでまで、カナダ主流社会から差別された経験や劣等感があり、より弱い立場の者に対して優越感を持とうとする。これらが大まかな理由として考えられる。そして自営業の場合、雇用主がハラスメントをしても、それを職場内で規制する立場の者がいないので、絶好の機会となってしまうようだ。
加藤教授は「雇われる側にも二次的原因がある」と加える。ワーキングホリデーで来て被害にあった若者の多くが、一年という限られた期間を嫌な思い出で終わらせたくないと、被害にあっても辞職や転職、あるいは帰国などして黙認してしまう。また加害者の雇用主が就労ビザのスポンサーになると約束したため、カナダに住むチャンスを失いたくないとハラスメントを黙認したり、すでに就労ビザのスポンサーになっているためにハラスメントを訴えることでスポンサーシップ破棄を恐れ、現状維持を優先してしまうケースが多い。よって、加害者の思い通りに職場でのハラスメント体制は残ってしまう。それは次にワーキングホリデーや就労ビザでカナダに来る人たちが同じ被害を受ける可能性を高めるのを意味する。

 

ハラスメントにあっていると思ったなら

  1. 被害者は、公的機関に報告する。「時間の無駄」ではなく、「カナダらしい良い経験」と考える。まずは、総領事館、隣組、CHIMO,MOSAICなど日本語で通じる機関に報告。英語で報告したい人は直接、Legal Advice(Access ProBono、UBC Legal Clinic)、BC州労働基準管理局、BC Human Rights Coalitionなどへ連絡をする。
  2. 雇用主を紹介した人・機関に、被害を報告する。紹介者は、場合によってはその雇用主を紹介企業リストから外す。
  3. マスメディア、インターネットなどを通して、できるだけ冷静に事実を公開し、他のワーカーへの警告をする。
  4. 仕事を探す際は、雇用主の評判をインターネットなどでチェックし、評価の低い雇用主、少しでも疑問のある企業へは最初から行かない。

公的機関へ相談した場合、すべての相談内容は秘密厳守である。多くの被害者に共通して、公的機関に相談することで「自分は日本に帰らないといけなくなるのでは」という不安があるようだ。その理由のひとつとして被害者自体が労働基準法に反する行為に加担しているケースが考えられる。例えば、会社側の減税対策の一端であったり、就労ビザを取得するために必要とされる給料を会社側が支払いたくないために、移民局に報告した給料を下回る給料が支払わられていたり、またビザなしで働いているなど様々である。
公的機関は被害者側の違法行為など他機関に報告する義務はなく、トラブルの相談は聞いてくれるが、ここで注意したいのが、どんなに親切そうな雇用主であっても法に反することに加担させる時点ですでに信頼できる雇用主とは言えない。またそんな雇用主の元で働くこと自体がトラブルのはじまりなのかもしれない。
加藤教授と同様、隣組のコミュニティー・サービス・ワーカーのしほりさんも「仕事の面接などで雇用主側に何かおかしいと思うことがあれば、そこで働くことは最初から辞めたほうがいい」と強調する。たとえ念願の職であったとしても、そこでハラスメントの被害にあい心身共に病んでしまっては、意味がない。またトラブル回避のため「BC州の労働基準法も、たとえ英語ができなくても目を通し、自分の権利を知っておく」ことで自分の身を守ることが大切だという。

 

また本紙5月26日号にも掲載されたが、今後、外国人臨時労働者に対して不当な扱いをした雇用主は、2年間外国人労働者を雇うことができず、CICのサイトにも会社名がリストアップされることになる。これから仕事を探す際はCICのウェブサイトで就職を希望する会社名がリストに載っているか確かめるとさらに良いだろう。

www.cic.gc.ca/english/work/tfw.asp

 

職場でハラスメントを目撃したら
職場でハラスメントを目撃した人たちも同様にできることがある。それは「自分が証人であることを、ハラスメントを受けた同僚である被害者に伝え、精神的に全面サポートする。被害者が公的機関に報告する際、事実の追加などを手伝う。また決して『忘れろ』『我慢しろ』『あなたが悪い』とは言わない。同時に、対処法の決断は、あくまで本人に任せ、自分はそれをサポートする」などが挙げられる。

 

最後に加藤教授は言う。
「雇用主から一時労働者へのハラスメントや違法行為は、どこの国でも起こるものかもしれませんが、バンクーバーの場合、特に日本人から日本人へのそれが『当たり前』となっている現状があります。たとえ一部の飲食業界であっても、そこで働いた若者にとっては、それがバンクーバーの日系人・日本人社会です。その日系社会を『20~30年前の日本のよう』だと言い、移民になっても日系社会には関わりたくないという人も多くいます。これは将来的に、日系人・日本人社会にとって損だと思われます。まずは優良企業が中心となって、日本人雇用主全体のレベルを上げる制度を、考案していただきたいと思います。またワーカーの皆さんも、一件でも多くのハラスメントを、公的機関に報告してください。データがなければ、公的機関も方策が立てられません」。

3月11日に東日本大震災に襲われた日本。いまや日本各地だけでなく世界中に住む日本人たちが団結し救済の手を差し伸べている。それはバンクーバーの日系社会も例外ではない。そんな今だからこそ、今度は私たちの住んでいる身近な日系社会に焦点を当ててみたい。日本人同士、互いに手を取り合い、カナダで生活するにあたり、助け合おうと思うのは自然なことではないだろうか。

(取材 永安晃)

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