脚本家
ヒロ・カナガワさんに聞く

〜イプセンの近代劇を、舞台をバンクーバーに移し、
現代劇に転換する意欲作『インディアンアーム』初演迫る〜

4月9日に初演となる舞台『インディアンアーム』。作品の脚本・演出を手がけるのは、ヒロ・カナガワ(金川弘敦―かながわひろのぶ−)さん。俳優、声優としても活躍し、ハリウッド作品にも出演してきたヒロさん。脚本家として生み出した『ザ・パトロン・セイント・オブ・スタンレー・パーク』は2010年から上演され、好評を博し、今回の舞台の脚本家として抜擢されるに至った。

  

北米の演劇界で幅広く活動するカナガワさん(写真提供 ヒロ・カナガワさん) 

   

イプセン作品から生まれた『インディアンアーム』

 この度ヒロさんの書いた『インディアンアーム(Indian Arm)』は、イプセンの『小さなエイヨルフ(Little Eyolf)』を現代作品に作り替えたものであるという。ヘンリック・イプセンはノルウェーの劇作家(1828-1906年)。『人形の家』をはじめとする数々の演劇作品を世に送り出し「近代演劇の父」と称されている。作品は問題劇、社会劇と語られることが多く、その思想は日本の思想家にも大きな影響を与えた。

 イプセンの『小さなエイヨルフ』の舞台を観た人は言う。「なぜこんなにも人間の隠したいものをえぐり出すのだろうか」と。そうした作品を現代に転化し、舞台をバンクーバーに据えた。その舞台準備が大詰めに入っている中、ヒロさんに話を聞いた。

 

演劇『Indian Arm』 の紹介写真。インディアンアームでの本写真撮影の様子がランブルシアターのブログに紹介されている(写真提供 Rumble Theatre)

 

『小さなエイヨルフ』をもとに作品を作った動機やいきさつを教えてください

 『小さなエイヨルフ』を使おうと提案してきたのは劇団ランブルシアターのディレクターであるステファン・ドローバーでした。しかし僕はその提案に不安を覚えました。イプセンそのものに、そして読んだり観たことのないその話に威圧を感じたのです。そうしたイプセンの話の転換よりも、バンクーバーについて何か書きたいと思っていました。その思いから前作の『ザ・パトロン・セイント・オブ・スタンレー・パーク』を書いたわけですが、その作品を書いた後もその気持ちが続いていたのです。

 ここに住み始めてから25年の月日が経って、最近になってようやくここが自分の帰属するところだと思えるようになりました。その一方で、コースト・セイリッシュ(Coast Salish) 族の伝統を引き継ぐ女性と結婚してから、それまであたかも自分が世界で最初の移住者であるがごとく、ここが自分の土地だと主張していた自分自身に、文化や政治的な矛盾を感じ始めました。そうした思いを、僕がイプセンの作品を使って形にできるとは思えませんでした。

 そうこうしてようやく『小さなエイヨルフ』を読むに至りました。その話には金色と緑に輝く森に住む家族の姿が描かれていました。そこで初めて「これをバンクーバーを舞台とした作品にできる」という感触を得たのです。間もなくして、バンクーバーとこの話にいくつもシンクロニシティがあることに気付き、作品にする意味があると確信を得るまでになりました。

 

具体的にはバンクーバーと『小さなエイヨルフ』の両者がどんな点で符合していたのですか

 『小さなエイヨルフ』は氷河のあるフィヨルドの岸辺が舞台で、インディアンアームも氷河で削られた入り江ですね。そしてエイヨルフの意味は、オオカミです。インディアンアームは先住民ツレイル・ウォウトゥス(Tsleil-Waututh First Nation) のテリトリーの一部です。彼らの言葉でオオカミのことを「タカヤ」と言いますが、彼らは自分たちを「タカヤ」の子どもだと思っているのです。そして劇の『インディアンアーム』はツレイル・ウォウトゥスの方たちから様々な支援をいただいて完成させることができました。

 

原作と本作を対比してみて言えることはどんなことですか

 本作はイプセンの作品を忠実になぞったのではなく、原作と共通性を持った作品だと言えると思います。どちらのストーリーでも、登場する人々がひとたび周囲の世界から放り出され、さまよいます。その後、再び周りの人々、そして周りの世界とあらたな意味を持ってつながっていくのですが、そこに至るまでに苦闘する姿があります。また、原作に込められたメッセージに対しては忠実であろうと思っています。

 これはファーストネーションの演劇ではありませんが、カナダ人である私たちが、大事な役割を担う先住民の人たちとの関係をあらためて定義しようと、そのために皆で苦しみもがく姿が表現できれば。そんな思いで作った作品です。

 

脚本を書く際に、いつも意識していることはありますか

 観客に感動を与え、自分の生活との類似点を感じさせたいと思っています。

 

今後の抱負や希望を聞かせてください

 家族と一緒に長ーい、幸せな人生を生きたい!

 

最後にバンクーバー新報の読者へ一言お願いします

 バンクーバー日系コミュ二ティの一員であることを誇りに思います。僕のカナダの文化への貢献が、同時に日系コミュニティへの貢献となることを願います。

 

 

ヒロさんが2006年に収録したイギリスBBCのドラマ『Heroes and Villains』で石田三成を演じた際のショット(写真提供 ヒロ・カナガワさん) 

 

インディアンアーム(Indian Arm) 上映情報

上演期間:2015年4月9日(木)〜18日(土)      

オープニングナイト 4月9日(木)午後8時

上演開始時間:火曜日〜土曜日 午後8時 土曜日・日曜日 午後2時  水曜日 午後1時

チケット料金:大人25ドル、学生・シニア20ドル

会場:Studio 16, 1555 West 7th Avenue, Vancouver, BC

ボックスオフィス:www.universe.com

詳細情報:www.rumble.org

 

インディアンアームの上演スタッフ 

 本舞台を作るランブルシアター(Rumble Theatre)は、カナダはもちろん世界中の現代作品を上演する劇団。20年以上にわたり、バンクーバーの演劇界で精力的に活動を続けてきた。

 代表作には『ショーマン』などがあり、ジェシー・リチャードソン・シアター・アワードに41回ノミネートされた実績がある。

 インディアンアームの出演者はジェニファー・コッピング、グロリア・メイ・エシキボックほか。

 

ヒロ・カナガワさんプロフィール

「金川家はもともと会津若松出身で『金川』という苗字は会津では珍しくありません」というヒロさんは、札幌出身。3歳から14歳まで北米で暮らし、高校時代は東京、その後再び北米へ。1990年からバンクーバーに移り、サイモンフレーザー大学在学中から脚本作成やプロの役者として活動を開始した。

<脚本家として>

 最初の一大作品『スラント』は1997年のヘルマン・ボーデン・ナショナル・プレイライティング・コンペティションで3位入賞を果たした。戦争をテーマとした作品『タイガー・オブ・マレー』は2003年に初演となり、トロントやオタワに続き、リッチモンドでも上演された。本作品は旧日本陸軍大将山下奉文の戦争犯罪裁判を扱っている。

 最新作『ザ・パトロン・セイント・オブ・スタンレー・パーク』は2010年にバンクーバーで初演が行われ、クリスマスシーズンの物語として人気作品となった。この作品は、ジェッシー・リチャードソン・アワードにおいて、最優秀オリジナルシナリオ賞にノミネートされた。また、オペラ『蝶々夫人(マダム・バタフライ)』の続編たる作品『トム・ピンカートン』を創作するなど、視点が広範囲にわたる作品を生み出してきた。

<ストーリーエディターとして>

 CBCのドラマ『ダビンチズ・インクエスト』『ダビンチズ・シティ・ホール』『インテリジェンス』を手がけ、最近では『ブラックストーン』に携わった。

<講師として>

 現在はキャピラノ・カレッジで劇作家のコースを教えている。

<俳優・声優として>

 舞台『ア・ビュー・フロム・ザ・ブリッジ』での演技が高く評価されジェシー・リチャードソン・アワードを受賞。『ザ・プラム・ツリー』『アフター・ザ・ウォー』も同様に評価を得てきた。ハリウッド映画やテレビドラマにも幅広く出演し、現在連続ドラマ『ザ・リターンド(The Returned)』(A&E)と『アイゾンビ(iZombie)』(CW)に出演中。今夏、NBCの連続ドラマの撮影も予定されている。

(取材 平野香利) 


 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。