まほろ駅前狂騒曲の大森立嗣監督

大森立嗣監督の映画はカナダをはじめ世界各地の国際映画祭に招待されている。今年のバンクーバー国際映画祭では『まほろ駅前狂騒曲』が初日から満場となった。これまで日本の下町を舞台に繰り広げられるコメディーはカルチャーの違いから理解されるのは難しいとされていた。 しかし、テンポの速いアクションとユーモアにカナダの観客は大いに笑っていた。今作の製作プロダクション、株式会社リトル・モアで次の作品を準備中の大森監督に話を聞いた。

  

舞台挨拶:左から大森立嗣監督、女優の真木よう子さん、瑛太さん、松田龍平さん、高良健吾さん、永瀬正敏さん(写真提供 株式会社リトル•モア) 

「まほろ駅前狂騒曲」主演の瑛太さんと大森立嗣監督(写真提供 株式会社リトル•モア) 

 

  

コメディーとシリアスを共有する作品

 大森作品といえば、日本映画プロフェッショナル大賞の作品賞や、ブルーリボン大賞の監督賞を受賞した映画、『ぼっちゃん』があげられる。これは秋葉原の交差点で通行人を車ではねるという無差別殺傷事件の犯人を描いた作品である。監督は当初この映画をどうやって撮っていいのか自分でもわからなかったという。単に殺人事件の犯人の話だけだと撮りたくないという気持ちもあった。考えた上で脚本の中に、ある程度のコメディー要素を盛り込んで制作したそうだ。この映画は決して刺激感だけの映画でなく、「ブサイクは何をしても許されないけど、イケメンなら許される」、「私はもてたい。人を愛したい」など鑑賞後考えさせられるセリフやシーンが盛りだくさんの映画である。

 去年のサスペンス映画『さよなら渓谷』もモスクワ国際映画祭で審査員特別賞を受賞し、また国内で『ぼっちゃん』とダブルでブルーリボン賞の監督賞を受賞した人気作品。バンクーバー国際映画祭でもメディア用の特別推薦上映の中に選ばれ、関係者からも絶賛された作品である。主人公は少女期に起こった集団レイプという重い過去を背負っている。しかしこの映画では、若い新人女優をいじめるような不必要な性的描写がない。カメラのアングルや音声で恐怖や悲しみを十分感じ取れるので、女性も納得して不快感なく観られる作品だ。主演の真木よう子さんはとても演技力のある大人の女優であるが、最近はそんな大人の女性、男性を描く映画が少ないと監督は語る。

 

 

真剣にカメラを見つめる大森監督(写真提供 株式会社リトル•モア) 

 

 

心から笑える「まほろ駅前狂騒曲」

 そして今年の最新作『まほろ駅前狂騒曲』は、監督の6本目の映画である。バンクーバー国際映画祭のプログラム・ディレクターのアラン・フレーニー氏はオープニングで日本映画の紹介としてこの映画の名を上げ、「とてもフレンドリーで観る人を大いに喜ばせてくれる作品」と推薦した。観客を驚かせたのは上映前のビデオメッセージ。大森監督は昨年の映画祭からずっとバンクーバーへ行きたかったという。今回も日本での公開と重なりスケジュールが合わなかった。そこでこれまでにバンクーバーで例のない、日本から特別ビデオメッセージが届けられた。大きなスクリーンに映る監督が「バンクーバーへ行けなくてとても残念に思っている。でもぜひこの映画をエンジョイしてほしい」と話し、観客は大きな拍手をした。それだけ観客に語りかけることを大事にしている。

 この映画が観客に喜ばれた理由は一言で語れないが、まず画像だけで十分笑えたのが大きい。特にアクションシーンは俳優たちを見ているだけで楽しく、字幕に頼る必要性がなかった。たとえ吹き替えがあってもオリジナルで観たいとカナダ人に思わせる強さもあった。この作品では監督も主役の2人をずっと見ていたいという気持ちにさせられたそうだ。自分でもう一度観たいと思えるような映画は狙って作れるものではないので、自分の心の奥底にあるものがこの映画に出てきたという感じがした。しかしそれは芸術的に見ると自己満足のおもしろくない映画になっているのではないかと恐れたことでもある。「これは映画監督をやっていて一番怖いことだ」と監督は語る。

 また、『まほろ駅前狂騒曲』は前作の『まほろ駅前多田便利軒』と同様、登場人物が非常にユニークだ。これまでにヤクザ、売春婦、レズビアン、人工受精の子ども、町内会の老人、新興宗教のグルなど、タブーでかかわりたくない人物や、社会的に疎外された居場所のない人たちをごく自然に、むしろポジティブに登場させている。 「本物志向」の英国の映画評論家トニー・レインズ氏はこの点を「日本でレズビアンが人工受精で作った子どもを普通に育てている姿など見たことがない」と特に評価した。またレインズ氏によると「これは『誰かに気を使っている』映画でない」と感じさせたそうだ。数多い映画の中には、監督がスポンサーや特定の俳優に気を遣った演出で映画の雰囲気を潰すことがある。今回はそういう無駄なシーンがなく、新鮮で監督や一人一人の俳優が喜んで作った作品のように感じさせた。これも大きな特徴である。

 バスジャック、特に殺されても死なない場面など、バンクーバーの劇場で大いにうけた名場面だが、監督は出刃包丁を振りかざす老人たち、子どもたち、新興宗教のグル、ヤクザと主人公というめちゃくちゃな同乗者でどこに行き着くのだろうと思わせるのが好きだったという。しかし意外にも日本ではあのシーンが嫌いな人もいた。監督はそういう批判的な声にも耳を傾けている。

 

 

打ち合わせをしている大森監督(右)と俳優の永瀬正敏さん(写真提供 株式会社リトル•モア) 

左から、大森立嗣監督、原作者の三浦しをんさん、俳優の松田龍平さん、瑛太さん(写真提供 株式会社リトル•モア) 

 

 

「作品」が「ルール」を作る

  多くのファンは大森作品には独特の雰囲気があると語り、「まほろ駅前」映画を「寅さん」のようなシリーズになることを期待している。俳優たちも大森映画にリピート出演していて、自然で生活感のあるロケーションや人の動きは、ファンはもちろん、ファンでなくてもついその中に引き込まれる。しかし監督は作品によってルールが一つ一つ違うのだと指摘する。決めつけてやると失敗すると思っているそうでこれから先も慎重のようだ。

 大森監督は丁寧に言葉を選びながら、「映画制作ではいつも人の人生に触れたい、できるなら観た人の記憶に一生残るような映画を作りたい。映画にはそういう力があるので常にアプローチしながら作り続けたい」と語ってくれた。次作についてはまだ早すぎる段階だが、自分の中ではハードなものを考えている。ちなみに今書いている脚本は女の子が主人公でシリアスな作品のようだ。これからも観る人に優しく、大いに楽しめる作品をずっと撮り続けてほしい。

 

 

撮影時:左から松田龍平さん、大森監督、瑛太さん(写真提供:株式会社リトル•モア) 

 

 

大森立嗣監督プロフィール

1970年東京生まれ。

舞踏家で俳優の麿赤兒(まろあかじ)さんの長男で、弟は俳優の大森南朋(おおもりなお)さん。

大学時代8mm映画を制作し俳優として舞台、映画などに出演。自らプロデュースし、出演した『波』(奥原浩志監督)がロッテルダム映画祭最優秀アジア映画賞NETPACAwardを受賞。2005年『ゲルマニウムの夜』で監督デビューし、ロカルノ国際映画祭コンペティション部門、東京国際映画祭コンペティション部門など多くの映画祭に出品。2010年『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』で日本映画監督協会新人賞を受賞し、ベルリン国際映画祭フォーラム部門、香港国際映画祭などに正式出品。『まほろ駅前多田便利軒』は、キネマ旬報日本映画ベスト4位に入選。2013年、『さよなら渓谷』がモスクワ国際映画祭のコンペティション部門で審査員特別賞を受賞(日本映画では48年ぶり)と、ブルーリボン賞の監督賞を受賞。また2014年、日本プロフェッショナル映画大賞で『ぼっちゃん』が作品賞を受賞。バンクーバー国際映画祭では『さよなら渓谷』と『まほろ駅前狂騒曲』が2年連続選出、特別招待される。

 

大森立嗣監督 

 

 

(取材 ジェナ・パーク) 


 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。