クイーン・エリザベス・パークのスタート地点。優勝候補の参加者らが最前列に並び、何千人ものランナーらが一斉に走り出す光景は圧巻だ

力強く走るフルマラソンの参加者たち(写真提供 佐藤裕則)

 

バンクーバーの魅力が詰まったコース

フルマラソンはコースが大幅に変更されてから今年で三年目。クイーン・エリザベス・パークからスタートし、新緑に彩られた住宅街、UBC、スパニッシュ・バンクス、スタンレーパークのシーウォール、ダウンタウンのオフィス街などを走り抜けるこのコースは変化に富み、バンクーバーのさまざまな魅力を堪能できる42.2キロだ。

 

スタンレーパークを走るランナーたち

 

1万6000人を超える参加者が、美しい新緑に彩られたコースを駆け抜けた

 

日本からも多くのランナーが参加

ゴールデンウィークを利用して、日本からはフルマラソンやハーフマラソンに400人以上が参加。それに加えてカナダ在住の日本人も多く参加しており、ランナーが一堂に集うスタート地点では至る所から日本語が聞こえてきた。初めての海外でのフルマラソンに挑戦した神奈川県の佐藤洋さん・光江さん夫妻は出走前、あいにくの雨模様にも「数日前にコースを下見した時には晴れていたので、その時に見た景色を思い出しながら走ります」と笑顔で語った。

 

フルマラソンを完走し、笑顔を見せる吉川恵二さん(写真提供 斎藤光一)

かぶり物をつけて走る日本からの参加者の姿も

 

それぞれの思いを胸に

茨城県の石原政男さん(80)は、過去にホノルルマラソンを18回完走し、バンクーバーマラソン出場は7回目となったベテラン・ランナー。しかし今年80歳の傘寿を迎え、海外のマラソン大会への出場は今回で最後にすることを決意した。「年齢を重ねるにつれて、筋力や持久力は落ちる。そうすると完走に時間がかかって、みんなに迷惑をかけちゃうからね。だから最後にする。今日はなんとか完走して、同じ世代の人に勇気をあげたい」と出走前に話してくれた石原さん。「MASAO」と刺繍が入った娘さんの手作りの帽子を身につけ、家族のことを思いながら、フルマラソンを見事に走りきった。

 

人生最後の海外でのフルマラソンを走りきった石原政男さん(左)

1994年に石原さんが還暦でバンクーバーマラソンを走った時に、娘さんから贈られた帽子。最後のレースも、これを身につけて走った

 

(左から)柴田尚仁さん、奥本正さん、渡辺秀樹さん。バンクーバーマラソン出場が19回目となった柴田さんは、15回以上参加した人限定の「The Legacy Club」のゼッケンをつけて走った

 

完走した仲間たちで語り合う(左から)鈴木茂三さん、中村明さん、谷口公一さん

 

応援する人との触れ合いがパワーに

苦しさに途中でリタイアしようと思ったという青森県の渡辺秀樹さんは、沿道の声援に背中を押され、走り続けた。完走後、安堵の表情を浮かべた渡辺さんは、「ゼッケンに入っている名前を見て、『ヒデキ!』と名前を呼びながら声援を送ってくれた。やっぱり、応援の人がいるとリタイアできないですよ」と話した。応援に訪れた大勢の市民の中には、足が止まりかけているランナーにハイタッチして励ます人も。また、多くのストリートパフォーマーも音楽やダンスで大会を盛り上げた。

 

 

音楽で参加者を応援するパフォーマー

 

 

さまざまなストリート・パフォーマンスが大会を盛り上げた

 

給水所では日本人ボランティアが大活躍

地元コミュニティにとって一大イベントである今大会は、多くのボランティアによって支えられている。フルマラソンとハーフマラソン両方の参加者が通過するスタンレーパークの給水所では、ワンダーランドツアーズの向井恒次郎さんを中心とした約30人の日本人のボランティアが活躍した。悪天候に負けず走るランナーの一人一人に「Good job!」、「がんばれ!」と声をかけながら水を渡す。縁の下の力持ちとして20年以上バンクーバーマラソン開催を支えてきた向井さんのリーダーシップのもと、初めてボランティアを経験する高校生やワーキングホリデーの若者たちも、大きな声援と笑顔でランナーたちをサポートした。

 

給水所で活躍した日本人ボランティアの皆さん

 

水を渡しながらランナーに温かい声援を送る

 

完走後の大きな達成感

スタートからゴールまで雨が止まない過酷なレースとなったが、その分、走り終えた後の達成感は大きかったようだ。今年日本から参加し、フルマラソンを完走した人は計253人。ベルリンやローマなど、世界各地でマラソンを走ってきたという埼玉県の中島敏夫さんは、初めてのバンクーバーマラソンを走り終え、「すごく良いコースでした。バンクーバーの良いところをたくさん見られた」と晴れやかな表情で語った。応援に駆けつけた家族も、沿道からエールを送った。
柴田尚仁さんは、1993年からほぼ毎年約30人のツアーの添乗員としてバンクーバーマラソンに参加し、今回が19回目の出場。バンクーバーマラソンに15回以上出場したランナーの功績を称えるために今年から始まった新しいプログラム「The Legacy Club」の一員となり、今回は特別なゼッケンをつけて走った。

 

レース時は日本で5月5日(こどもの日)だったことから、鯉のぼりを手に走った中島敏夫さん。完走後は、通りかかった子ども連れの家族にプレゼントした

 

10年以上バンクーバーマラソンを走ってきた鈴木茂三さんは、「スタンレーパークで風向きが変わった。きつかったです」と今年のレースを振り返ったが、「でもそれは自分に力がないだけ」と、すでにさらなる鍛錬への意欲が湧いてきたようだ。走っている時の辛そうな表情が、完走後は達成感に満ちた表情に変わる。自分自身との戦いを終えたランナーたちは、それぞれの思いを胸に、コースを後にした。(取材 船山祐衣)

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