Tony Rayns トニー・レインズ
英国の作家、コメンテーター、映画祭プログラマー、映画脚本家、映画評論家。

短編映画『Jury(審査員)』について
 トニー・レインズさんの出演した『Jury』について質問すると、「君は見たのか?」と笑顔で聞いた後「いやー、僕は俳優じゃないからね。見ただろう?ほんとに僕は役者じゃないんだ」とひたすら照れるトニーさん。しかし、話が彼の30年以上の友人でもある、韓国釜山国際映画祭の元執行委員長キム・ドンホ監督の話となると、目を輝かす。トニーさんはキム監督が釜山国際映画祭を立ち上げる時のチームの一員であり、毎年開催される映画祭のアドバイザーでもあった。3年前に退職してソウル近郊の壇国大学に移ったキム監督を訪問した際に突然この映画出演の話が持ち上がった。「びっくりしたよ。72才の新人監督なんて。フェスティバルの歴史の中でも聞いたことがなかった」そして韓国映画界のトップが出演しスタッフとなり、日本の富山加津江さんと一緒にトニーさんも審査員役で参加した。上映前にトニーさんは映画の中と同じ服装で他の映画の紹介をした。映画が始まると画面に写る彼の姿を見て観客は笑った。いかにもトニーさんらしい演出だった。

Dragons & Tigers 賞について
 映画評論家トニー・レインズにドラゴン&タイガー賞について尋ねると、「アートにルールはない、でも心に響くものが必要だ」と答えてくれた。そして「シネマは演劇や、テレビ、本、絵画、音楽とは違うシネマ独特の世界がある。僕が映画を選ぶときはシネマならではの作品であることと、作品が観客に向かって話しかけてくれるようなものであることが大切なんだ」最初トニーさんは池田暁監督の受賞作『山守クリップ工場の辺り』を字幕なしで見た。彼は片言の日本語を話せるが、この映画の日本語はほとんどわからなかったと言う。しかし彼はその中にシネマを見た。池田監督の作ったフレームショット、編集、繰り返しのパターンとバリエーションなどに見入った。「ほら、主人公が同じ場所にもどってくるが毎回何か違う所、あれはとても気に入ったよ」そして2回目は通訳を横につけて観賞した。彼も『かなげジュース』がミステリーすぎてしばらく頭から離れなかったそうだ。 受賞直後、本誌が感想を尋ねると池田監督は興奮の中、「日本よりカナダの観客の方がよく笑ってくれたので自分も驚いた」と答えた。トニーさんの言葉どおり彼の映画はカナダの観客に話しかけることに成功したのであろう。

 映画祭から映画祭へ、映画館から映画館へと忙しく飛び回るトニーさんも今年で65才。気さくで話がおもしろく、また何か始めてくれそうな人物である。

『キッズリターン 再会の時』 (清水浩監督)
あのキッズリターンが17年ぶりに蘇った。今回はシンジとマサルの偶然の再会からスタートする。勝てなくてボクシングを辞めたシンジに、刑務所からヤクザに復帰したマサルが「見返してやろうぜ」とはっぱをかける。傷だらけのふたりに道は開けるのか。

 

 ソフトな笑顔と凛とした表情を見せる清水浩監督。キッズリターンの制作について「いや、僕はたまたまお前やらないかって聞かれて」と笑顔で答えてくれた。前作ではチーフ助監督を務めていた。しかし今の日本映画界ではチーフ助監督まで勤め上げても監督業にたどりつくのは難しい。新人監督は台本を書いてもネームバリューがないので、プロデューサーになぜこの映画を作るのかアピールしなければならない。清水監督自身も映画どころかビデオを作るチャンスすら待っていた。そんな時に一作目「生きない」のオファーが来た。その後海外で数々の賞を受賞してきた清水浩監督にとって、この『キッズリターン 再会の時』は監督作品5作目となる。

 この映画には監督自身のこだわりがある。キャストはプロデューサーが用意した資料に監督自身が目を通し面接をして主人公を選んだ。主人公シンジとマサルの関係性だけを伝え作品に共感してくれる役者を選び、さらに音楽も2人に合うものを選んだ。シンジ役の平岡祐太は3カ月以上に及ぶボクシングのトレーニングで体を鍛えた。監督はシンジの対戦相手全てにプロボクサーを起用した。

 マサルについて尋ねると、マサルは自分がヤクザの世界でしか生きられないとわかっていて、シンジがボクシングで成功してくれる事が彼自身の夢なのだと話してくれた。映画の中で恐喝してお金を儲けているヤクザ達だが、物事に義理や筋を通すピュアな姿勢も同時に描かれている。そして警察は時代の権力を象徴する。 理想や夢の前に大きく立ちはだかる権力、本当はこうであるべきなのにどこかでねじ曲げられている現実とのギャップなど、「これはボクサーやヤクザだけの特別な問題ではない」と監督自ら語る。

 監督はバンクーバー在住の皆さんにもいろんな事を経験してほしいと話してくれた。「経験にマイナスな事はない、むしろ後で力になってくれる。映画を例にとると、登場人物を描くときに自分の失敗をそこに重ねたり、実際に見た人を登場させたりもできる。そして自分で撮ったものを人に見せると、自分の考えが表現できたか、また自分には何が必要なのかが見えてくる。『キッズリターン 再会の時』は男くさい話だが、同時に戸惑っている全ての人たちへのエールでもある。皆さんにこの映画を見て、明日はやってやるか!という気持ちになってほしい」と監督は締めくくってくれた。

 今回の映画祭では内容の親しみやすさと高度なボクシングシーンなどが高く評価された。清水監督の『時代が変わっても若者の心に響くもう一つのキッズリターン』は、既に独自の道を走り出しているようだ。

 

『ゼンタイ』 (橋口亮輔監督) 女優:岩崎典子、掛川陽子
バンクーバー国際フェステイバルのレッドカーペットにゼンタイコスチュームを着て登場した女優、岩崎典子さんと掛川陽子さん。地元のカメラマンの熱い視線とフラッシュを一気に浴びて、ひときわ華やかな登場となった。インタビューの日は朝だったにもかかわらずコスチュームを着てくれていた。

ゼンタイとは?
 ゼンタイとは全身タイツの略。そしてスパンデックスのコスチュームを着る愛好家のことでもある。岩崎さんは自分の容姿、年齢、職業などすべて隠れるので、普段自分の抱えているものから解き放され、自由な気持ちになれると説明してくれた。掛川さんは、橋口監督から着てみると性格が変わると言われたらしい。実際スタッフの中でも普段おとなしい人が目立つようになりその逆もあったという。宣伝の時は監督やプロデユーサーも率先して着ていたので常に仲間意識があったという。

映画について
 撮影期間3日、制作費220万円、俳優41名、撮影は1~5編が台本のない自由なアドリブ、最後の6編目は監督の書いた台本で締められている。俳優は監督から4~5人のチームずつに呼ばれてはじめて顔合わせをする。おおまかな設定と役を告げられるとカメラが動き出す。俳優は台本のない演技をオチも時間もわからずに進行させる。掛川さんもはじめはどこに向かっていったらいいのか、わからなかったそうだ。髪を黒にしてほしいと言われて自分からいやだと答えている。いつカットと言われるのか予測のないまま延々と演技を続けるチームもあった。岩崎さんはコスチュームで海に入るシーンが息苦しく、肉体的にはきつかったが、撮影期間が短かったのでもっとやりたかったと語る。

仕事について
 岩崎さんは自分の中で何か変わりたいという気持ちでゼンタイに応募したという。役をとろうというより自分の中でここを乗り越えたい、変わりたいという気持ちに集中したそうだ。逆に掛川さんは常に自分がどうしたいかを考え、自分自身に集中して挑んだそうだ。プライベートと仕事の両立について尋ねると、2人とも難しいがどちらも必要だと同意見だ。掛川さんは自分の好きなものの延長線上に仕事がある、岩崎さんはプライベートがあるから仕事があるのだと話す。今回バンクーバーで現地の女優達と話をする機会もあったそうだ。彼女達もオーディションで苦労したりウエイトレスをしたりと、日本の俳優と立場は変わらないと実感し、みんなで一緒にがんばろうという気持ちになったという。

 あどけなく笑ったり真剣に考え込んだりと表情豊かな掛川さんと、ふわっとした不思議な存在感のある岩崎さん。2人とも女優として強い個性をもっているのでこれからの活躍がとても楽しみである。

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。