2020年4月30日 第14号

1970年代のバンクーバーで、日本人移住者が集まってコーラスグループが結成された。さくらシンガーズが誕生してから、半世紀。「音楽が好きなので、50年はあっという間に過ぎてしまいました」と微笑むルース鈴木さん(83)に、カナダ移住、声楽家として、音楽指導者としての人生を振り返ってもらった。

 

2018年の定期演奏会にて。中央がルース鈴木さん。約500人がマイケルJフォックス・シアターに足を運んだ

 

●台湾で受けた日本語教育と音楽

 日本統治下の台湾で生まれた鈴木さんにとって、日本語と音楽は小さなころから慣れ親しんだものだった。日本語で授業が行われる小学校に通い、学校の教員だった父の意思で、一家は日本語で暮らした。

 父からオルガンを習い、10代で教会の聖歌隊に入ると、早くもその才能を発揮。本格的に武蔵野音大卒の先生から指導を受けるようになり、高校生でオペラのアリアを独唱し、台湾放送局のコンクールで1位優勝を果たした。また、日本から訪れた声楽家の五十嵐喜芳氏と『椿姫』の二重唱をするなど、声楽家として歩み始めた。

●家族とともに、新天地カナダへ

 日本人男性と結婚して2人の子供を育てながら、子供たちの将来の教育を考えカナダへの移住を決めた。1967年、長男が10歳、長女が8歳のときだった。

 「幸い1カ月で事務の仕事が見つかったのです。主人より私の方が早く就職が決まったのですよ」と微笑むところに、鈴木さんの茶目っ気たっぷりな気さくさが伺える。

 数カ月後に受けたバンクーバー・オペラのオーディションに合格し、翌年のシーズンではコーラスメンバーとしてクイーン・エリザベス劇場の舞台に立った。同じころ次男を出産すると、日本から義母が手伝いに来てくれた。

 「事務の仕事をしながら、教会のオルガニスト、ピアノの先生、声楽の勉強など忙しかったですが、主人が協力して私に好きなことをやらせてくれたお陰です」

●オペラで得た準主役のチャンス

 「バンクーバー・オペラは年に3つのオペラを4回ずつ公演していました。最初にコーラスで出たのは『トスカ』でした。週に1回集まって音を合わせるのですが、あらかじめ暗譜して自分で勉強していきます」

 コーラスとして出演して5年たったころ、『アイーダ』の1幕で独唱の機会を得た。あなたの声は通るからと、イタリア人指揮者からオーディションを受けるよう勧められたのだった。

 「1972年に『トゥーランドット』のリウ役でニューヨークから来ていた歌手がはしかになったのです。そのころは代役の用意がありませんでしたので、その役の勉強をしていた私に役がまわってきました。チャンスがめぐってくるのはうれしいことですが、そのチャンスを受けるためには準備ができていないといけないわけです。私はラッキーでした」

 見事リウ役に抜擢され、その歌唱力が高い評価を得た。

●さくらシンガーズ結成

 鈴木さんがバンクーバー・オペラに関わっていたころ、日本からの新移住者の間で混声合唱団が結成された。当時のJCCA(日系カナダ市民協会)理事の、故・アルフレッド荒川武夫氏が日本の歌、懐かしい歌を歌おうと呼びかけると、約100人が集まった。

 練習場所のために鈴木さん夫妻は一軒家を借り、地下室を開放して歌の練習を始めた。翌年にはJCCAの敬老会からお呼びがかかり、バンクーバー日本語学校で初披露。1973年に名称を『さくらシンガーズ』と決定。日本から合唱曲の楽譜を持ち帰るなどしてレパートリーを増やし、日系コミュニティーのイベントやシニアホームを訪問するなど活発な活動を続けた。2006年にはBC州認可の非営利団体として登録された。

●金曜日は練習日

 「金曜日の夜をお稽古の日にしたのですが、金曜日は買い物の日なので落ち着かなくて。昔はカナダでは日曜日はデパートもお店もお休みで、金曜の夜だけ夜9時まで開いていたのですよ。そのうち木曜日も夜9時までお店が開くようになったので、金曜日は安心してお稽古に来られるようになったのです」

 日本の懐かしい歌を歌うだけでは飽きてしまうからと、組曲に取り組んだことも団員にやる気を起こさせた。高音と低音にはさまれたアルトは難しく、パート練習も行う。必要であれば個人レッスンを行い、声が通るようになるその過程を楽しむよう応援してきた。

 2年ごとの定期発表会ではこれまでに組曲『蔵王』『海鳥』『旅』などにチャレンジ。最近では、作曲家・松下耕の組曲『水脈速み(みをはやみ)』を歌った。

 さくらシンガーズと平行しながら、1979年から23年間は、ダグラス・カレッジで声楽を教えた。

●『平成23年度外務大臣表彰』を受賞

 その後レパートリーは250曲を超え、多いときには男性団員が商社駐在員や留学生も含めて12人いたこともある。日本人に限らず、日本に興味のあるカナダ人、中国人もローマ字で書いた楽譜を基に歌っている。

 さくらシンガーズ結成40周年の翌年には、平成23年度外務大臣表彰を受賞。

 「この賞は、さくらシンガーズ全員と一緒にいただくものです。皆さんのお陰です」と語り、家族とともに団員やコミュニティーの関係者を招待して晩餐会を開いた。

 シニアホーム『ロバート新見・日系ホーム』では、月2回の『Sing along with Ruth Suzuki』という午後の集いを過去10年近く続けている。「童謡や唱歌を載せた歌集を作りましたので、私のピアノに合わせてみなさんで歌っていただいています」

●音楽が好きだから

 3人の子供と5人の孫に恵まれ、中でも孫のゼイナンさんは歌を専攻。バンクーバー・オラトリオ・ソサエティの演奏会で独唱したこともある。昨年はバンクーバー・オペラの歌唱コンテストの最終審査でクイーン・エリザベス劇場で歌ったほか、エドモントンにあるオペラ・ミュージカルシアターNUOVAの音楽祭にも出演。その姉のタイシャさんは2019年のミス・カナダ大会で最も写真写りの良い人に与えられる『フォトジェニック賞』を受賞した。

 「孫たちは小さな頃からピアノを習い、家族で集まるときはいつもピアノを弾いて歌って過ごしてきました」と目を細める。

 5月24日に予定していたさくらシンガーズの定期演奏会は9月20日に延期され、童謡メドレー、現代の歌を予定している。

 「昨年は体調の悪い時期もあり、ご心配をおかけしました。これからは元気のある方にさくらシンガーズを頑張ってもらい、アドバイザーとして楽しむことができるよう、歌を続けていきたいと思っています」

 「音楽をやっていると楽しくて、時間が経つのも忘れてしまうのですよ」と話す声はかろやかで、まるで歌っているような印象を受ける。

 

ルース・麗子・鈴木 (Ruth Huang-Suzuki) さんプロフィール: 1936年、台湾生まれ。声楽のレッスンを受け、数々のコンクールで優勝し、独唱会、声楽、五十嵐喜芳氏との二重奏なども行った。台湾で知り合った日本人のご主人(故人)と1967年、家族でカナダに移住。バンクーバー・オペラに参加。ダグラス・カレッジで23年声楽を教えた。日本人移住者とともに『さくらシンガーズ』を結成。現在、音楽監督および理事長。NAVコーラス発足当時のディレクター・指揮者。平成23年度外務大臣表彰。3人のお子さん、5人のお孫さんがいる。

(取材 ルイーズ阿久沢)

 

2018年の定期演奏会で挨拶するルース鈴木さん。後方左手は結成当初からのメンバーの高橋美奈子さん

 

2011年、外務大臣表彰を受賞。受賞式・レセプションに家族と出席

 

さくらシンガーズ結成当初、練習場所のために鈴木さん夫妻は一軒家を借り、地下室を開放し、歌の練習を始めた (自宅のピアノに座るルース鈴木さん。2011年撮影)

 

2010年のさくらシンガーズ40周年記念コンサート

 

 

 

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