2019年7月11日 第28号

素顔はフレンドリー

 映画『あかし』の女優・監督を務めた吉田真由美さんが、ブリティッシュ・コロンビア州の映画界で活躍する女性を対象にした「スポットライト・アワーズ」の新人賞を受賞した。

 

アワードのポスター 2019© Women in film & Television Vancouver

 

 7月2日の火曜日、ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー市ダウンタウン、イエールタウンにあるラウンドハウス・コミュニティー・センターでスポットライト・アワーズの授賞式が行われた。1999年から続くBCフィルムコミュニティーから特に優秀な女性アーチストを対象に選ばれる名誉ある授賞式。20周年記念となる今年の新人賞に初の日本人女性が選ばれ、地元の日本メディアが集まった。

 俳優、監督、コメディアンなど多くの映画関係者が登場するセレモニー。この日、バンクーバー在住の女優・監督である吉田真由美さんがさっそうとレッドカーペットに登場した。スポットライト・アワーズの新人賞は新しいアーティスト、さらにキャリアチェンジ(例えば俳優から監督に)した人を対象に選ばれる。吉田さんはこれまでバンクーバー在住のアジア系女優としてBC州の芸術に貢献していて、最近はAmazonビデオ『高い城の男』の皇太子妃の役でも脚光を浴びた。今回の短編映画『あかし』は監督としてのデビュー作だが、すでに16の映画祭で上映され、Telus Storyhive(短編映画部門のグランプリ)、NBCUniversal短編映画祭(優秀作家賞)や、バンクーバー国際女性映画祭・短編映画部門のMatrix Award など多数の賞を受賞している。  

 

自然なバイリンガル育ち

 吉田さんには『日本人』『日系カナダ人』という言葉より、無国籍感覚の『アジア』の方が似合っている。それはこれまでの彼女の育った経歴がそうさせるようだ。

 朝日新聞のジャーナリストだった父に連れられて幼少期からワシントンDC、ブリュッセル、東京など海外のインターナショナルスクールで育った彼女。大学も青山学院大学とバンクーバー・フィルム・スクールを卒業。彼女のインタビューに応じる言葉も英語と日本語が半分ずつ自然に飛び出してくる。勉強で身につけた『バイリンガル』というより、子供の頃からごく自然に育ったという明るさを感じる。

 ベルギーのブリュッセルでブリティッシュ・スクールに通っていた吉田さん。そこはとてもインターナショナルだったという。『グローバル』『国際的』というような言葉の響きは重いが、そこでの経験はまさにその言葉どおりで自分を変えたという。例えば友達の一人はイスラム教徒でファスティングをしていた。「今日は何も食べないの」という友達に「あ、そうだったね」みたいな会話がごく普通だったという。

 現に彼女の出演しているドラマを見るかぎり、日本人女優という発想は出てこない。多くの人はこれまで彼女は国籍不明のアジア系アメリカ人女優だと思っていたはずだ。英語を話すピッチとリズムが完璧で、むしろ役によっては黒人女性の持つパワーすら感じさせる。初対面で「日本語でよろしいですか」と思わず聞いたぐらいだ。

 これまでアジアと北米のカルチャー間のスペースを行き来してどちらからも受け入れてもらえたが、自分は浮いているような存在だったという吉田さん。やがて自分の中でそんな自分を素直に認めたという。  

 

映画『あかし』について

 デビュー作でいきなり今回の新人賞や海外の映画祭で受賞に輝いた映画『あかし』。吉田さんは自分で脚本を書いて、監督・プロデュース・俳優を務めた。初めての経験で全てをこなした今は、それがあたりまえになってきていて「4つぐらい帽子をかぶっていないと大丈夫かな」と不安にすらなるそうだ。『あかし』は現在Youtubeで無料配信しているので必見。  

映画の内容

 北米に住む日本人女性・かな(吉田真由美)はボーイフレンドとの関係について悩んでいる。そんな時、日本から連絡が入り祖母が亡くなったという知らせを受ける。日本に戻る中、かなは祖母との過去の会話を回想する。孫が外国に行くのを心から喜んだ祖母。だが海外で生活するのは難しいと悩むかなに、祖母は祖父とのある秘密を打ち明けた。日本に戻ったかなは祖母の過去を自分なりに受け入れる…。回想シーンと現在のカメラワークについひきこまれる女性監督ならではの優しい作品。  

 

監督も女優も物語の語り手

 キャリアを変えての苦労を聞くと、女優から監督になるとまず周りに対するボキャブラリー(語彙)が足りないと感じたという。考える暇もないくらいただやるしかない、という思いで進めた。「ただ今から思えば脚本、監督、女優、プロデューサー、どれもストーリーテラーという点で同じだったんです」と前置きし、「映画のストーリーは特に個人的なものだったので、観てくれる人にこのお話を伝えたいという思いから全てをこなせられたのかもしれない」と締めくくった。

 吉田さんは女優として11月に放送されるTVドラマ『高い城の男』のシーズン4に出演している。監督として4作目の『Tokyo Lovers』は、Nach Dudsdeemaytha監督との共同作品で、この夏8月17 日と18日にロサンゼルスで上映される。東京、京都、神奈川と3都市で撮影したこの作品は恋人のいない女性が特に寂しいといわれるクリスマスを皮肉ったもの。クリスマス頃にバンクーバーで一般上映できたら最高だと語ってくれた。 今月撮り終える最新作は『In Loving Memory』で、20年前に出て行った父親の遺体と対面する女性の話だ。これはバンクーバー在住のDiana & Andrea Bang女優姉妹と監督共同製作していて今年中の上映が期待される。さらに吉田さんが今書いているのは初の長編作の脚本で、今年の終わり頃に撮影・製作に取り組む予定だ。

 「この賞はこれまで誰にも伝えられなかったお話に一生懸命取り組んでいる、全ての勇気あるストーリーテラーに捧げます」と受賞スピーチをした吉田さん。彼女の成功の秘訣は、元気よく話をしてよく笑い、周りに優しいことなのかもしれない。映画界で『アジア』を背負い、自分で企画をして全てを引き受けるのは並大抵のことではない。だが持ち前の明るさで彼女は今後も監督・女優として多いに活躍してくれるだろう。

(取材・写真 Jenna Park)

 

映画関係者が集まったセレモニー

 

レッドカーペットに登場した吉田さん

 

スクリーンで紹介された着物姿の吉田さん 2019© Women in film & Television Vancouver

 

笑顔に女優の華がある

 

『あかし』のポスター、平野弥生さん(左)と吉田さん 2017© AkashiTheMovie

 

インタビューに答える吉田さん

 

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