2019年5月30日 第22号

バンクーバーを拠点に、マイムアーティスト/俳優として活動する平野弥生さん。去る5月17日、平野さんの舞台『Life as “Comedy”』が、バンクーバーのビジュアル・スペース・ギャラリーで行われた。ダンテの長編叙事詩『神曲』をパントマイムで表現するこの舞台は、全3回の試演会を経て、来年2月に集大成としての本公演を行う長期プロジェクト。今回はその第2回試演会である。

 

(左から)マリーナ・ハッセルバーグさんと平野弥生さん(撮影Yukiko Onleyさん)

 

身体表現が紡ぎ出す物語

 舞台は、平野さん演じるダンテが目を覚まし、「地獄巡り」に旅立つ場面からスタートする。暗い森の中、沼地に足を取られ、植物の棘で血を流し、豹やライオンと対峙する様を、時に力強く、時に繊細なボディワークで表現する平野さん。平野さんが動くにつれて、真っ白なギャラリーの空間に物語のイメージが広がり、表情や動きからは人物の苦悩や葛藤が伝わってくる。舞台が始まると同時に、観客は平野さんの身体から紡ぎ出される『神曲』の世界に一気に引き込まれていった。

 

原作にはないオリジナルの場面も

 今回の舞台で平野さんは、『神曲』の「地獄巡り」のシーンを観客が理解しやすいよう、原作にはない場面を創作して作品に組み込んだ。それが、地獄にいる「嘘つき」「貪食家」といった人々が、生前どのような行いをしていたかを描いた場面である。「嘘つき」の人物像は、ピカソの絵を彷彿とさせる仮面をつけた人物が、口から紙テープを延々と吐き出すことで表現。「貪食家」の場面では、巨大なサンドイッチを貪る人物が観客に絡むというコミカルな要素も取り入れた。「その時に絡んだお客様が、一生懸命そのシーンに入り込もうとしてくれたんです」と平野さん。「そのお客様の反応に応え、さらに私がリアクションを返すなど、とても楽しいシーンになりました」

 

チェロとのコラボレーション

 前回の試演会と同様、今回もマリーナ・ハッセルバーグさんのチェロが、平野さんとの素晴らしいコラボレーションを見せてくれた。マリーナさんの生み出す音は、単なるBGMや効果音の域を超え、物語の登場人物たちに時に寄り添い、時に彼らを翻弄しながら、約1時間の旅路を伴走する。今回は全編にわたって音を使うのではなく、場面によって意図的に音を抑える構成を探ったという。その結果、物語の流れにメリハリがつき、あえて創出した無音の場面では、舞台空間に緊張感や静謐さが生まれていた。

 

パントマイムの魅力とは

 平野さんによれば、パントマイムは言葉による説明がないため、観客が、作り手の考えてもいなかった「見かた」をしてくれることがあるという。今回の舞台では、棒を杖のようにして歩く人物が、その棒に両腕を絡めとられる姿で「Barden(重荷)」を表現した場面があった。すると、終演後に観客から「あの『Barden』という棒は、『支え(杖)』でもあるのですね」という感想が寄せられた。

 「言われて初めて、『ああ、そういう解釈もあるのね』と気づきました。作る側が思いもしなかった発見や発想を観客から受け取れるのも、パントマイムの魅力だと思います」

 

第3回試演会に向けて

 『Life as “Comedy”』は、今回の公演から来年の本公演まで、バンクーバー市からの助成金が下りている。「次回の試演会(10月予定)では舞台に映像を加え、映像が映る中で動くとどんなことができるのかを探ってみたいと考えています」と平野さん。『神曲』は地獄篇・煉獄篇・天国篇の三部構成だが、今回の公演は、ダンテが地獄から煉獄へ辿りつき、やっと光が見えたところで幕を閉じた。次回公演でダンテはついに天国に到達するという。平野さんのパントマイムと映像とのコラボレーションが、どのようなパラダイスを生み出してくれるのか、大いに期待される。

(記事提供  Eri MacGrgeor)

 

観客の笑いを誘った「貪食家」のシーン(撮影Yukiko Onleyさん)

 

煉獄を彷徨うダンテを演じる平野さん(撮影Brian Nguyenさん)

 

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