風景画のような調べ、メンデルスゾーン
オレンジの菊とパンプキンで飾られた祭壇が、すっかり秋の深さを感じさせた教会堂。5年振りにバンクーバーの聴衆の前に登場した下川麗子さんが、メンデルスゾーンのピアノ小曲『無言歌集』より『甘い思い出』を弾き始めた。流れる清流のように続く左手の伴奏に、歌うような旋律がかぶさり、美しいピアノの音色が会場に響き渡る。
賛美歌としても使われている『慰め』の荘厳なメロディー、一般にも知られている軽やかな『春の歌』のあとは、『幻想曲Op.28』。幻想的な雰囲気から徐々に増す力強さと音量。そのドラマティックな表現に聴衆は息を飲んだ。

古典からタンゴまで
休憩の後はフルートの小西千恵子さんが加わり、ふたりの共演。尺八と琴の演奏で知られる『春の海』(宮城道雄)で古典音楽を奏でると、フルートがまるで尺八の音色のように聞こえる。時折ジャズ風にも聞こえた『竹田の子守唄』は、インドネシアのガムラン音楽風のアレンジだという。
躍動的なピアソラのタンゴ・エチュード3番ほか、日本の震災復興への祈りを込め、岩手民謡の『南部牛追い唄』を演奏した。

5年振りの共演
ふたりは2004年にデュオを結成し、2005年の林家笑丸さんとのコラボ『落語とクラシックの夕べ』、バイオリニストの田川徹さんと結成した『トリオ・コン・スピリト』など、バンクーバーで幅広く活動し、2006年の下川さんの帰国を機にデュオ活動を休止していた。
今回の公演は、下川さんの恩師でビクトリア大学ピアノ教授のブルース・フォークト(Bruce Vogt)先生の推薦によるもので、下川さんが小西さんに声をかけデュオが復活した。
連日の公演、移動に加え、ビクトリア大学音楽学部でメンデルスゾーンについての講義を行った下川さんは「人生で最も挑戦的なツアーでした」と話す。「コンサート前は練習のほかに、企画、様々なプレッシャーや事柄をこなしていかなくてはなりません。最終的には体力勝負で、お客さまから“演奏家はアスリートと同じですね”と言われ、まさにその通りだと思いました」と小西さん。
終演後、観客やボランティアらと歓談したふたりは、充実感に満ちた笑顔を見せていた。  

(取材 ルイーズ阿久沢)

 

下川(旧:中務)麗子:第8回カナダパシフィックピアノコンクール第2位。2000年度ヤマハ音楽支援制度受賞。1993年に渡英し王立音大、トリニティー音大、ギルドホールにて研鑚を積む。1999年ハンガリーにてブタペストコンサート交響楽団と共演。カナダ・ビクトリア大学にて修士課程修得。2005年UBC演奏ディプロマ課程修了。カナダCBCラジオ「デビュー」出演。Paul Roberts、Ronan Magill、Dr. Sara Davis Buechner、Bruce Vogt、Lee Kum-Sing他の諸氏に師事。CD『色とりどりの大地の夢の中に』『道化師たちの調べ』リリース。現在、ミュージックアカデミー東京講師。

 

小西千恵子:大阪芸術大学、演奏学科(フルート専攻)を卒業。卒業以降、アンサンブルを中心に活動する。関西フィルハーモニー交響楽団、テレマン室内楽団等のオーケストラと共演。2001年、ニューヨークカーネギーホールに於いて『Enjoy Japan』に邦楽オーケストラとともに出演。現在、バンクーバー地域においてソロや、アンサンブルで活動中。Tom Lee Music Learning Centreフルート科講師。

 

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